表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/45

39

 19:20。



 ビルを出て、何度も後ろを振り返りながら信号を渡り、よろけて人とぶつかりそうになりながら、公衆電話を探した。喧騒にまみれた歓楽街の中にいるのに、自分の心臓の音が聞こえる。体中の血管の中を、ラフロイグが流れている気がした。少し飲みすぎたかも知れない。あんなにも流暢に、それでいて攻撃的に喋ることができたのは、酒のせいなのだろうか。それとも、頭に来ているからだろうか。歩いていると、小便を漏らしたことを思い出した。悔しくて情けなくて堪らない。

 公衆電話を見つけ、急いで骨董品のようなテレホンカードを差し込み、中央警察の番号を押した。こうしている間にも、ボウズがもう店を飛び出して、僕を探しているかも知れない。僕はこの後、どうなるんだろう。大きく、ゆっくりと深呼吸した。


「はい、中央警察です」


 若い警官の声だ。


「えぇと、刑事第一課の工藤警部、もしくは虻川警部補はお願いできますでしょうか?」


 息があがり、声が震えた。


「あの、失礼ですが、どちら様ですか?」


 やはり、匿名で取り次いでもらうのは難しいだろう。もう正直に名前を伝えよう。わざわざ公衆電話など探さずに、初めからPHSを使っても良かった。いや、虻川達にPHSの番号を知られなくて済むから、これで良い。


「……浜田源介と申します、先日お話したことで、どうしてもお伝えしたいことがありまして」


「事件か何かのことですか?」


「はい、先日、そちらで捜査に協力させていただいた者です」


「あっ、そうでしたか。ん~、この時間ですからねぇ、署の中にはいないかも……確認して参りますので、少々お待ちください」


 保留の音楽が流れた。時間が、異常に長く感じられる。ボウズが来る。いないなら、いないでいい。

 早くしてくれ!何分くらい待たされただろうか。突然、音楽が途切れた。僕はハッとした。


「虻川です」


 ため息混じりな、面倒臭そうで、そしてぶっきらぼうな低い声。オールバックの憎たらしいニヤけ(づら)が思い返される。お電話代わりました」だとか、「お待たせしました」の一言もない。相変わらずだ。

 途端に、声の震えが止まり、呼吸が落ち着く。ラフロイグが全身を駆け巡る。僕は、嫌いな相手にだけ饒舌になれるのかも知れない。もっと昔からこうして人に立ち向かえばよかった。ここからが、仕込みだ。いや、賭けだ。


「浜田です。先日はお世話になりました」


 精一杯の皮肉だった。


「はっ。どっちが」


 この言葉の意味が、「世話になったのはこっちの方だ」と言う意味なのだとしたら、この男は少なくとも、先日の僕の反抗に屈辱を感じているのかも知れない。それなら気分が良い。


「突然申し訳ありません。お忙しいと思うので、単刀直入に。ドラッグの話です」


「……何だと?」


「先日のことはもう気にしていません。しかし、僕達がそう言った目で見られてしまっているのなら、やはり身の潔白は証明しておきたい。探偵業を続ける為に、あなた達に疑われ続けるのは、得策でないと思うのです」


 気にしまくってるけどな。


「革ゲン、てめえどういうつもりだ?」


 すぐに虻川の語気が強くなる。


「言い争いをしたくて電話したんじゃない。落ち着いて話せないものでしょうか」


「何だ」


「先日、ススキノで皇神が一斉に検挙されましたね。ドラッグで」


「だから何だ」


「皇神の子達にドラッグを流していたのは、ススキノのキャストだ」


 虻川が沈黙した。


「南五の西三、サンセットビルの二階、ルアージュというニュークラの、美奈って女です」


 僕は、ハッタリをかました。これは推理と言うにはあまりにお粗末で、妄想に過ぎないかも知れない。ボウズが瑚乃葉と名乗って、皇神に出入りしていたのは事実だが、何をしていたかは正直わからない。薬のやりとりは証拠がない。総長のヤガミも、瑚乃葉についてはよく知らないようだった。皇神はドラッグの売買をしているわけだから、ドラッグを卸してくれる相手を知らないわけなんてない。僕の推理が当たっていたとしても、ボウズのことだ、神経質になってそれらの痕跡は消し去っているだろう。だが、そんなことはどうでもいい。最悪、外れだったとしても、「勘違いでした」で通してやる。これは、僕の用意した虻川達への巻き餌に過ぎない。そして、これからボウズを別の現行犯で逮捕させてやる。来い。かかってくれ。


「そんなホラを吹いて何を企んでる?」


 来た。手応えありだ。虻川は今、揺れている。


「ホラじゃない。捕まった皇神の子達の供述を確認してみてください。瑚乃葉と名乗る20歳前後の女が、よく集会に来ていたはずだ。この瑚乃葉が、そのルアージュの美奈の本名だ。フルネームは、柳川瑚乃葉」


 受話器の向こう側で、何やら動きがある様子が感じられた。もしかしたら警察署のことだから、僕のこの声をビジネスフォンか何かの設備で、複数の警官がモニタリングしていることもありえる。そういうシーンを、刑事ドラマなどで見たことがある。


「何であんた(・・・)がそんなこと知ってる?」


「てめえ」ではなく「あんた」に変わった。もう少しだ。


「たった今、そこで飲んで来た。女が自分からバカ笑いして僕に喋ったんだ。金になってたのに、皇神が捕まってもう小遣い稼ぎができないってね。まだ店にいますよ。僕としてはとばっちりだったから、ムカムカしましたよ。それ以上詳しいことは知らないです。これは通報です。是非調べてください。早い方が望ましい」


「……なるほどな。確かにあんたの言う通り、そんなようなことをガキ共が吐いてる。皇神のアタマを袋叩きにした奴らってのは、やっぱりあんた達だったってことか」


「何のことですか?」


 僕はとぼけたが、今はそのことにはさして興味は持たれないだろう。


「まぁいい。その話はまた今度だ。皇神は暴走族とは名ばかりで、今はもう葉っぱなんかをさばいてた。アタマの奴の指示でな。だが、気になることがあった」


 そこまでは知っている。気になることとは何だろうか。


「下っ端のガキ共が、アタマの奴に内緒で、勝手に別のドラッグ売ってやがったんだ。単価も高い、危ねえ奴だな。それを流しに集会に来てた若い女がいる。あんたが言ってるのは、その女のことなのか?」


 そう言うことだったのか。僕は心の中でガッツポーズをした。


「恐らくその女で間違いないと思います」


「……ふーん」


 虻川は、きっと今にも飛び出して調べたいのだろう。この男は、薬と聞けば目の色を変える。見境がなくなる。冷静でいられなくなる。それは僕が身を持って体験したので、わかる。しかし、もう一押しが必要な気がする。まだ僅かに僕を疑っている。


「気にはしてないってさっき言いましたが。大人の誠意も見せてもらったし。あなたを強請(ゆす)ったりだとか、そんなつもりもない。けれど、これだけは言わせてください。僕達に対してあなたはあれだけ荒く疑ったんだから、通報を受けたなら、動いて当然ですよね。通報は受けたのに重い腰が上がらないんだったら、先日のはただの暴力と暴言になる。僕、間違ったこと言ってますか?」


 言い過ぎた。最後の方のは余計だったか。


「おい、あんた調子に乗るなよ、貰うもん貰っといて偉そうに」


 しまった。機嫌を損ねた。もう、ゴリ押ししかない。


「言い方が気に障ったなら謝ります。調子に乗りました。だけど、本当に調べて欲しいんだ。今、その女が店にまだいるんだ。明日になって酒が抜けたら、冷静になってしまうかも知れない。隠れられてしまうかも知れない。急いで欲しいんです。ダメですか?」


 焦ってしまった。これは不自然だ。イライラする。さっさと言うとおりにしてくれ。ボウズが僕を探し出してしまう。店から消えてしまう。その時、また受話器の向こう側でザワ付いているのがわかった。


「……革ゲン、あっちこっちチョロチョロしてるだけあるな」


 よし。押し切った。


「それはあまり関係ない。偶然です。とにかく、急いでください」


「まだ近くにいるのか?この公衆電話は」


 警察なら、どこの公衆電話からの着信からか、わかっているはずだ。


「近いですよ」


「わかった。あんたもまだ帰るなよ。付き合え。そんなに言うんだからな。あんたが本気で女を捕まえたいんだったら、協力してくれ。俺も本気で調べる。いいか、帰るなよ。俺は間違ったこと言ってるか?」


 この野郎。しかし、どうせ僕はこの後、ボウズをハメる為にまだここでやらなきゃいけないことがある。


「……ええ、いいですよ」


 結局、嫌々ながら、僕のPHSの番号を虻川に伝え電話を切った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ