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「仮にあんたの推理が当たってたとして、どうやってあたしを捕まえるの?」


 そうだ。この女が素手で吾妻を殺したなんて、警察は絶対に信じない。そして何より、証拠がない。唯一証拠となり得るものと言えば、ユラのアパートで僕から着信を受けた携帯くらいだろうか。しかし、容疑者のものでなければ、警察は位置情報の確認まではしないだろう。この女を、何とかしてまず容疑者に仕立て上げ、捜査の対象にしなくてはならない。

 瑚乃葉が犯人であることは間違いない。反応からして、図星だ。自信がある。「あなたが犯人だ」と、僕は瑚乃葉本人に向かって言い当ててみせた。だがこれだけではダメだ。瑚乃葉には絶対に捕まらないと言う自信がある。瑚乃葉にとっては、自分が犯人であることが僕にバレても、捕まらなければ痛くも痒くもないわけだ。そこを崩せなければ、僕の負けだ。


「って言うか。あたしが、その柳川瑚乃葉だって言う証拠は?そんな昔の轢き逃げ事故と、何で突然あたしが結び付いたの?」


 今、瑚乃葉は「轢き逃げ」と確かに言った。さっき僕は「轢き殺し」としか言ってない。絶対に知っているじゃないか。このクソ女め。


「吾妻は半年もシックスに通っていて、店で殺されるならいつでもそのチャンスはあったはずだ。なのに、よりによって僕が尾行した夜に殺された。あなたの依頼を受け、僕達が吾妻を見つけた夜に。あなたを疑うのは当然だ」


「ふーん。それって証拠ではないよね?」


「ユラがあなたに監視されてる時に、あなたの携帯に着信があって、舌打ちして外に出たらしいな。僕からの着信だ。履歴なんて消してるだろうけどな。何が円山のレストランだよ」


「はいはい」


 完全にバカにしている。


「あなたの兄は、伝説のボウズだ。それはもう調べがついてる。ボウズが轢き逃げされて死んだ時、命からがら生き残ったのは、妹であるあなただ。現場の線香から、ボウズの影響が見て取れる。兄の敵討ちなんだろ」


 瑚乃葉が、手を叩いて笑った。


「ボウズの妹と、あなたの年齢も一致する」


 汗が、頬を伝った。


「ちょっと苦しいんじゃないのそれ?」


 苦しいか。


「革ゲンさん、どうしちゃったのかな。アハハおかしい。飲み物頼んでいい?」


 今更、キャストの接客に戻ろうって言うのか。ふざけやがって。


「勝手にしろよ」


 瑚乃葉は、やって来た黒服に鍛高トニックのお代わりを頼んだ。頭に血が上るのがわかった。


「僕も。ウイスキー。このハウスボトルじゃなくて。何があるの?」


 瑚乃葉に触られた酒を飲みたくなかったのと、酒の力で勢いを付けたかったのだ。


「はっ。ラフロイグの十年などございますが」


 よくわからない。何でも飲んでやる。


「じゃあそれで」


「飲み方はいかがいたしますか?」


「ストレートで。氷も水もいりません。このタンブラーになみなみ注いでください」


 僕は、テーブルの上にあったエイトオンスタンブラーを手渡した。


「……はぁ、かしこまりました」


 黒服は、やや驚いた様子だったが、納得して厨房に走った。


「お酒()強いのね。それとも、自暴自棄?」


 瑚乃葉が、不敵に笑って挑発した。こいつは、勝ち誇って、僕を舐めている。怒りが、恐怖を上回る。少しはうろたえて見せて欲しかったが。白旗をあげてくれると思ってたが。僕が甘かった。もう小手調べはやめだ。


「いただきまーす!」


 美奈を演じる白々しい瑚乃葉の声。僕はその声を無視して、タンブラーいっぱいに注がれたラフロイグとか言うウイスキーを、一気に三分の一ほど飲んだ。煙臭さが、鼻を突き抜ける。食道から胃の底へ向かって、火が灯る。アリバイ崩しなんて後でいい。驚かせてやる。




「……僕、間違えてましたね。柳川一世さん」




 瑚乃葉がカッと目を見開いた。さっきまでは見せなかった、隠されていた凄まじい殺気。ダメだ、漏らす。しかし、負けるわけにはいかない。効いている。


「轢き逃げされた時に、あなたは妹の瑚乃葉と体が入れ替わったんだ」


 瑚乃葉の顔から血の気が引くのがわかった。


「そして、あなたは瑚乃葉の体で生き残り、瑚乃葉はあなたの体で……亡くなったんだろ。違うか?」


「……てめえ、ただの探偵じゃねえな」




 瑚乃葉は、その姿からは信じられないような低くドスの効いた声でそう呟いた。間違いない。僕の目の前にいるこの女の姿をした化け物は、ボウズだ。




「どうせ誰も信じちゃくれない、誰もわからない。だからバレない。そう思ってたんじゃないか?」


「……どういうことだ?」


「あなたならわかるだろうから、ぶっちゃけてやる。僕は革ゲンじゃない。デブで不細工で引きこもりのニートだ。僕だからあなたの正体がわかった。あなたと同じだ」


 ボウズは、ハッとした。


「……まさか、てめえも?」


「絶対に捕まらなかった伝説の始末屋のボウズともあろうお方が、ただのニートに正体を見抜かれる気分はどうだ?」


「……野郎」


「二年前に東区の高覚寺に相談に行っただろ?体が入れ替わった、どうしたらいいですかってな。藁にもすがる思いだったか?あなたは必死に自分の体に起こったその怪奇現象について、一生懸命調べて、高覚寺にたどり着いたんだ。図書館かどこかで明治時代の文献を見たんじゃないのか?」


「……てめえ、さっきまでグダグダ下手な理屈並べやがって。最初から俺の体のこと気付いてて、犯人だってわかってたな」


「下手な理屈並べてるうちに白旗あげて欲しかったけどな」


 ボウズは、ワナワナと震えた。


「僕も大変だった。いまだに信じられないさ。どうやら、ものすごい衝撃が関係してるらしいな。あなた達も、とんでもない衝撃だったろう。車の。瑚乃葉……妹さんが亡くなるくらいのな」


「……」


「若い女が素手で男を殺すなんて、まぁ無理だ。だけど、きっとあなたなら。ボウズが若い女の体で生きていたとしたら。やっぱりそうだったんだな。そして線香だ。律儀にそんなもん残さなきゃよかったのに。あなたのこだわりらしいけれど」


「……」


「妹さんの、敵討ちなのか?」


 ボウズの震えが止まった。


「伝説の始末屋のあなたが、暴走族の子供達を使いっぱしらせてたのだけは、よくわからないけどな。やっぱりあなたでも自分の手汚れるのは嫌だとか?若いチャラチャラした女のフリして族に潜り込んで、薬の商売をやらせて、売り上げから上納金(カスリ)を取ってたとか?ユラに叩きつけた大金も、そういう金かな。知らないけど。ヤガミはあなたがそんな奴だとは気付いてないようだったな。あぁこれはもうどうでもいいや」


 自分でも信じられないほど、次々と言葉が出て来る。勝った。勝ったと思った。


「……それで?言いたいことは、だいたい終わったか?」


 ボウズは不気味に笑って、続けた。


「俺を縛れるのか?無理だろ。俺は捕まらない。そして、探偵。いや、ニートだったか。俺は捕まらないが……そこまで知ってるてめえは、俺は必ず殺すぞ」


 ボケへのツッコミで日常的に使われる「殺す」ではない。本当の、嘘偽りない、文字通りの「殺す」宣言。パンツが濡れるのがわかった。いや、こんなに人が大勢いる場所で、ボウズは僕を殺せるはずがない。犯行を目撃したユラを、神経質に脅すくらい慎重な奴だ。僕はまだ生きていられる。さらにラフロイグを三分の一、飲み込む。


「今ここでか?やれるもんならやってみろよ」


 腹を決めてそう言ったが、すでに顔は汗で、下半身は小便でびしょびしょだった。


「てめえ、名前を言えよ。怖くて言えねえか?」


 僕は、残ったラフロイグを一気に飲み干し、空になったタンブラーをテーブルに叩きつけた。



「あなたはもう捕まるんだ。怖いわけないだろ。僕は、横山音栄。オトって呼んでくれ。牢屋の中からな」


 売り言葉に買い言葉で、本名を言ってしまったことを死ぬ程後悔した。どうにでもなってしまえ。


「横山……覚えたぞ。そのツラも」


「じゃあな、ボウズ」


 僕は、万札を三枚テーブルに置いて、逃げるように小走りで店を出た。背後に、ボウズの本物の殺気がまとわりついて来る。奴は、この後すぐに僕を殺しに追って来るだろう。ここからが、本当の勝負だ。

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