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ユラは、五稜郭近くの梁川町にある、ニュークラの寮に住み込み、働き始めていた。ユラをどうするか悩んだが、今夜は追加料金を支払って瑞穂の部屋に泊め、明日札幌へ連れて行き、僕達の事務所で保護することに決定した。ユラは、今の職場には、しばらく病欠すると連絡してある。一緒にタクシーで寮に向かい、荷造りをさせた。札幌から逃げて来た時と持ち物は変わらないので、すぐに済んだ。
20:00。
僕はホテルの部屋で一人、ベッドに寝転がって、ひたすら頭を回転させていた。警察に連絡し、ユラを保護してもらうことも考えたが、警察の保護がどれだけ力を入れたものなのか信用できず、不安だった。24時間365日体制で、警察署にかくまって保護なんてしてくれるか?無理だ。あの女なら、隙を見て殺しに来るのではないか。そして、女の逮捕に繋がる情報も証拠も何もない。捜査は必ず長引く。また、ユラの疑いもなかなか晴れないだろうし、容疑者として扱われる可能性も高い。ユラの身が安全ならばその選択もありだが。いやそもそも、ユラの証言を警察はまともに信じようとするだろうか。はなからユラを犯人と決めつけるのではないか。今の僕は、普通の人よりも警察への不信感が強いから、こんな考えになっているだけなのかも知れない。源介にもどう説明したらいい。頭から煙が出そうだ。
「あ〜気持ちよかったーっ!」
リリィが、ホテルの浴衣姿で、顔をほんのり赤くして戻って来た。頭にはバスタオルを巻いていて、微かな色気が漂っている。
「あ、お帰りなさい」
「屋上の露天風呂最高だったよ!夜景も見えたし!オトも行っといでよ」
「温泉に入ったら、いい考えでも浮かぶんですかね。それなら行きますけど」
「いや知らないけど。あんたが勢いで引き受けたんでしょ。いい考えが浮かぶまで考えなさいよ」
「瑞穂さんとユラさんも一緒に入ったんですか?」
「ん?そうだけど?」
何と、リリィは女湯に入っていたのか。竿も玉もあるって言っていたが、どうやって隠すのか。まぁ、胸もあるし、この姿で男湯なんて入ったら大変なことになるだろう。タオルで前を隠せば何とでもなるのか。えっ、て言うかそもそも前は隠せるほどのサイズなのか。
「んああ〜リリィさんのせいで考えがまとまらなくなったじゃないですか!」
「はあぁ!?何であたしのせい?人のせいにすんなよ〜!」
「あっ、すみません、温泉行ってきます」
「そうだよさっさと行って来い!」
13階の屋上露天風呂は、確かに格別に気持ちよかった。見上げると満天の星空。ガラスのフェンス越しに下界を見下ろせば、ライトアップされた金森倉庫群の夜景と、港に浮かぶ船の明かり。濡れた顔に、潮風が心地よい。
何で吾妻は殺されたんだろうなぁ。吾妻よ。おまえは何で殺されたんだ。殺されるようなこと、何をやらかしたんだ。いや、殺す奴が最悪なんだが、どうせおまえも何かやったんだろう。どうなんだ。答えろ。腕を組み、顔の半分まで湯に浸かって、鼻からブクブクと空気を出して、頭の中で独り言を呟く。虚しい。
何で殺されたかはわからないが、何であのタイミングだったんだろう。なぜあの日に、あの場所で。吾妻は半年近くシックスに通っていたわけだから、それまでも狙うタイミングは腐るほどあっただろうに。犯人のバカ腐れマ○コは、それまで吾妻がどこにいるかわからなかったのだろうか。あの日に、偶然見つけたのかな。何でよりによって、僕が尾行した夜に殺したんだ。クソ女め。おかげでこっちは散々だ。女の癖に素手で殺害とか、ミュータントかよ。線香は何の趣味だ、ボケ。指紋まで拭き取るとか、慣れ過ぎだよ。死ね。
ん?待てよ。
殺されるようなこと。
あのタイミング。
居場所がわからなかった。
僕が尾行した夜。
素手。
線香。
慣れている。
頭の中で、それらの複数のキーワードが、複雑に絡み合っていく。何かが大きく弾けた。
「……まさか!?」
僕は、露天風呂を飛び出して、走った。滑って転びそうになったが、何とかバランスを保って、走った。バスタオルで適当に体を拭き、浴衣に急いで袖を通す。帯が面倒だ。何でこんな面倒なものをしなくちゃならないんだ。PHSは、部屋に置いてきた。早く。早く!部屋に戻るんだ。
エレベーターで四階へ降りる。扉が開く。飛び出したら、人とぶつかりそうになって、謝って先を急ぐ。
「キャアッ!」
後ろから、なぜか悲鳴が聞こえた。何が気に入らなかったのか。ぶつからなかったのに。謝ったのに。
ええい、気にしていられない。部屋に着いて、チャイムを連打した。
「リリィさん!開けてください!」
ドアが開いた。
「うるさいなーもぉ……はぁぁ!?」
リリィが、目を丸くしている。どうした!?
「えっ!?どうしました?」
とにかく部屋の中に入った。
「そっちの挨拶はいらねーんだよ!変態!」
「あっ!!」
僕の浴衣は大きくはだけ、トランクスの裾からマイサンが恥ずかしそうに挨拶していた。リリィに蹴られ、ベッドに飛ばされた。
「すみませんでした!でも、今はそれどころじゃなくて!」
「何どころだってのさ!」
僕は、慌てながら、源介に電話した。
「おーうお疲れ。どした?」
「あの!ボウズの!柳川一世の!生き残った妹の名前を調べてください!大至急です!」
「……オト、お前何しようとしてんだ?」
「理由は後でちゃんと説明しますから!お願いです!調べてください!とにかく急ぐんです!!」
「お前なぁ」
「源介さん!!」
僕は、怒鳴った。リリィが、驚いている。
「……わかった。わかったから、一つだけ約束しろ。お前とリリィと、依頼人の女の子。間違いなく危険はないんだな?」
「間違いなく安全です!!」
「わかった。約束だからな。急がせるが、今日はいくら何でも無理だ。早くて明日だ。わかり次第連絡する」
「……よろしくお願いします」
源介との電話を切った。
「オト、あんたどうしたの?」
悪いとわかっていながら、リリィの問いかけを無視して、すぐにリキッドに電話をかける。
「セクハラホットラインです」
無視した。
「リキッドさん!すみません急いでます!二年前、高覚寺に一人で入れ替わりの相談に来た若い女性……何歳くらいだったかわかりますか!?」
「どうしたオト君!薮から棒に!」
「お願いだから教えてください!理由は帰ったら説明しますから!」
「いや、ただ若い娘さん、とだけしかなぁ。住職は80過ぎだぞ。そんな爺さんからしたら、女は全部若い娘になるぞ!ハッハッハ」
「急いで年代を確認してください!リキッドさん明日非番でしたよね!?明日朝一で!それから、夕方も空けといてください!仕事です!体使いますから、大人用の紙オムツでお願いします!!」
「おいおいちょっとオト君!様子が変だぞ!?」
一方的に切った。
「……オト、あんた」
部屋を飛び出し、隣の瑞穂とユラの部屋のチャイムを鳴らす。
「はーい」
瑞穂がドアを開けてくれた。
「ユラさん!あの女が電話で外に出た時のこと!女がかけようとしたのか、かかって来たのに出ようとしたのか、どっちか覚えてますか!?」
ユラは、部屋の奥から慌てて顔を出した。
「あの時は、え……と。誰かから女の携帯に、かかって来たんです。女は、舌打ちして、外に出てました……」
「それはいつ頃でしたか!?」
「部屋に着いてから、割とすぐだったので……時間で言うと、20時過ぎ頃だったような……」
「ありがとうございます!」
ノートPCから、ススキノのキャバクラ・ニュークラ総合情報サイトを検索する。明日の、各店のキャストの出勤スケジュールを確認した。見つけた。恐らく、このキャストが。この女が、コノハだ。明日は出勤だ。しめた。後は、虻川をどう使うかだ。
「リリィさん、明日朝一で函館を出ましょう。札幌に帰ったら、夕方から夜にかけて、仕掛けます。まだ確定ではありませんが、恐らく、間違いない。コノハを……吾妻を殺してユラさんを脅した女を、捕まえます」
「……マジで言ってるの?」
「マジです。明日、札幌に戻る途中で、源介さんとリキッドさんから情報を得て、僕が間違いないと確信したら、やります。虻川も利用してみせます。協力してくれますか?」
「……失敗したら?あたしは自分の身は自分で守れるよ。きっとリキッドも。でもあんたとか、瑞穂ちゃんやユラちゃんは?」
「瑞穂さんもユラさんも、安全な場所で待機してもらいます。僕の作戦なら、間違いなく大丈夫です」
「いや、だからあんたは?」
リリィが、いつになく厳しい口調になる。
「僕は……」
僕の頭に描くこの作戦。今さら、急に恐怖が襲って来た。素人との殴り合い程度の恐怖だったら、もう克服できたと思っていた。しかし、この恐怖はそれとはまた違う。相手は、殺人犯だ。
ススキノで、目の前でリリィがガキ共に絡まれた時に襲って来た、例の固く冷たく重たい鎖が、僕をまたがんじがらめにしようと、背後から近付いて来ている。
「……そうだと思った」
リリィの険しい顔が、困った笑顔に変わった。
「もう仕方ないから、あたしがオト、守る。だから、作戦、説明して?」
鎖が消えた。
「……リリィさん」
「聞いてやるから、その幼虫をしまえっての!」
「あっ!また!すみませんでした!!」
僕は、慌てて成虫をしまった。




