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「あ、それで、これ!シュークリーム、皆さんでよかったら、召し上がってください!」


 瑞穂は、取っ手付きの可愛らしい箱を差し出した。店名のロゴが入っている。僕でも知っている有名店のものだ。最近、夕方の札幌ローカルニュース番組でも見たが、ススキノの北西にあるデパ地下で、行列ができるほど人気のシュークリームらしい。箱の表面がうっすら汗をかいているので、ちゃんと保冷剤が入っているのだろう。


「あっ……こんな高価なものを!本当にお気を使わせてしまってすみません」


「いえいえ、全然なんですよ。だけど美味しいので、是非どうぞ!」


 ありがたく受け取り、キッチンの冷蔵庫にしまった。瑞穂に出すコーヒーを持って、また戻る。


「その……なかなか、進展がなくて、本当に申し訳ありません」


「いえ、最初から、難しいと仰ってましたもんね。まだ何日も経ってないですし。でも、浜田さん達ならって……あたし、信じてますから」


「はぁ……」


「それに、浜田さんや皆さん、危ない目にあわせてしまって、こちらこそ、ごめんなさい」


「あぁ、あんなの、大したことないんですよ、この仕事では、いつものことですから!慣れっこです!」


 僕は、つい得意気にそう言ってしまった。


「浜田さん、やっぱり見た目どおり、強いんですね!」


「あ、いや。普通より、少しだけ、ですかね」


 調子に乗ってそう答えたが、正直今の僕は、弱くはないと思う。強くもないが。源介のタフな体と、リリィの稽古のおかげだろう。リリィとリキッドは、文句なく化け物のように強い。


「……浜田さんみたいな人と一緒にいたら、安心できますね」


 また、瑞穂の耳が少し赤くなった。一緒に、とはどういう意味だろう。脳みそをフル回転させ、一瞬の間に考えた。もしかして、瑞穂は僕に気があるのか。いや、そんな勘違いは後でガッカリするだけだ。女性が僕を好いてくれることなんて、ありえないことだ。そんなことは、あったとしても交通事故にあうくらい、珍しいことだろう。しかし、僕はそれよりさらに可能性が低いと思われる人間落下事故に巻き込まれたわけだから、ありえなくもないか。あっ。そうだ僕はそのせいで、体は源介なわけだ。以前のような気持ち悪い姿形をしてはいない。それなら、女性に好かれることも普通にありえるのではないか。これは期待していいのか!?スロットのドラムがぐるぐる回転し、瑞穂の顔が三つ、横一列に揃う。横一列に揃った瑞穂が言った。


「……浜田さん?大丈夫ですか?」


 僕は、我に返った。


「……はっ!あっ、すみません、疲れてるのかな、あはは」


「何か、今ブルブル顔を揺らせてましたけど」


 しまった。そんな気持ち悪い動きをしていたのか。


「えっ!あっ!なんだろう、風邪かな?ははは」


「浜田さん、お店でもそうでしたけど、やっぱりたまにちょっと変わってて、おもしろいです」


 瑞穂が、笑った。瑞穂の笑顔は、可愛らしい。その時、瑞穂の携帯が鳴った。


「あっ、すみません、あれ、知らない番号だ……」


 僕は、右手で「どうぞ」の仕草をした。瑞穂は、軽く頭を下げてから慌てて外に出て、携帯を耳に当て、話し始めた。驚いているように見える。ガラス越しに見ていると、何やら大きく身振り手振りをしながら通話をしているようだ。

 男かな。もしかして、彼氏だろうか。でも、知らない番号だから、違うか。それとも、しつこい客だったりして。そう考えると、急にさっきの自分勝手な妄想が恥ずかしくなった。瑞穂くらいの女の子なら、男なんて沢山寄って来るだろうし、選びたい放題に決まっている。わざわざ、仕事を頼んだ探偵なんかに恋するほど、飢えてるわけがない。客としても、一回ついてもらっただけだ。勘違いしちゃいけないな。

 僕は、冷静になった。瑞穂は、今は僕の仕事の客だ。逆に、僕が瑞穂の店に行ったとすれば、今度は僕が客だ。どこまで行っても、その関係は忘れてはならない。公私混同は、すべきではない。そう考えると、何だか自分が真面目でかっこいい男にでもなったようで、愉快だった。一線を引く男。何を偉そうに。ニートだったくせに。

 一人でキリッとした顔をしてみたり、情けない顔をしてみたり、また気持ち悪いことをしている自分に気付いた。気を抜くと、こういうことをまたさっきみたいに瑞穂の前でやらかすので、今後は気を付けなければ。引きこもっていた時の、悪い癖だ。今は他人と接して生活しているのだから、こんな脳内での一人劇場なんて、やめよう。虚しくなるだけだ。

 僕は、気分転換で、またピースに火を着けた。いつの間にか、全く口の中に葉が入らなくなった。

 我ながら、上手に吸えるようになったものだ。コツは、口をすぼめて、唇の外側の乾いた部分で咥えることだ。


「浜田さん!」


 瑞穂がそう叫んで、慌てて戻って来た。携帯を握り締めて、泣いている。


「瑞穂さん……どうしたの!?」



「……ユラから。ユラが生きてた」



 ──本当か!?──


 僕は、口を開けたまま、声も出せずにソファから立ち上がった。突然、瑞穂が僕に飛び付いて来た。もう、僕の顔のすぐ真下に、瑞穂の頭があった。女の子の、髪のいい匂いがした。一瞬の出来事で、何も言えない。瑞穂は、僕の胸で声をあげて泣いている。どうしていいかわからない。ドキドキしたが、それよりもとにかく困ってしまった。仕方なく、僕は瑞穂の肩に手を置いて、ポンポンと叩いてあげるしかできなかった。こうすると、泣き止んでくれるような気がしたからだ。はっきりといつの時、と言えることではないが、僕も子供の頃泣いていると、誰かがこうしてくれたのを思い出した。


「……ユラ。良かった。本当に」


 下を向いているので見えないが、きっとクシャクシャな顔で泣いているのだろう。


「良かったですね。とにかく、安心できましたね」


 僕がそう言うと、瑞穂は今度は声を押し殺し、黙って泣き出した。突然の、激しい通り雨。外からザァッという大きな音が鳴り響き、瑞穂の鼻をすする音すら聞こえなくなった。しかし、体を伝ってわかる、泣いているという確かな感覚。しばらくの間、瑞穂は泣き続けた。僕は、話を聞きたかったが、焦る気持ちを我慢して、待った。



 15:30。


 雨はすぐに止んだ。瑞穂はすっかり落ち着いて、ソファに座っている。たくさん泣いたので、目は腫れている。でも、晴れやかな顔だ。


「……本当に、失礼なことしちゃいました、ごめんなさい」


「いやいや、気にしないでください、その、何て言うか、感極まっちゃったんですよね?僕も映画とか見ると、すぐです」


 今日は口が良く回る。そうだ。女の子に恥をかかせないように、だな。テンションが上がっているからだろうか。


「……はい。すごく安心して、涙が止まらなくて」


「じゃあ、お話、今の電話の。聞かせてもらっても、いいですか?」


「あ……もちろん。えっと、どこから話せばいいのか」


 良いことを思い付いた。


「えーと、瑞穂さん、今日は何時から?」


「仕事ですか?休みです」


 しめた。


「そうなんですね、え〜と、じゃあ」


 僕は、入口に走り、クローズドの看板を立てて戻った。瑞穂が、不思議そうに見ている。キッチンに走り、冷蔵庫からサッポロ黒ラベルの350ml缶を二つ取り出して、また走って戻った。


「大人の麦茶です!今日はもう面談の予約も入ってないので、こうしましょう!この方が、話しやすいでしょ?」


「……え!大丈夫なんですか?」


「いいんですよ、ウチは適当ですから!めでたい、嬉しいことがあったんですから」


 僕は、今日は調子がいい。嬉しいこととは、ユラが無事だったことと、瑞穂が僕に抱きついて来てくれたこと。恐らく、僕が陽気になって他人に酒を勧めるのは、これが人生で初めてだろう。リリィが戻って来たら怒るかも知れないが、すぐにこのことを話せば、一緒になって飲み出すだろう。問題ない。いや、抱きつかれたことは話さないが。


「じゃ、乾杯してから、お話聞かせてください」


「……すみません、いただきます」


 笑顔で、僕達は乾杯した。焦らずゆっくり飲みながら、ユラからの電話の内容を聞きたい。きっとこれから瑞穂はユラに会いに行こうとするだろうから、念の為に、僕達がボディガードとして付いて行く方が良いだろう。

 あれ。待てよ。ユラの無事が確認できたのはいいが、この場合、報酬はどうなるんだろう?


「浜田さん!また、顔ブルブルさせてる!」


 瑞穂が手を叩いて笑った。

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