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翌日の「全北報知」朝刊では、暴走族少年の一斉検挙が一面を飾っていた。通行人への暴行と、少年達の薬物所持が主な話題になっており、警察が僕達を探しているような文面はなく、ホッとした。通行人とは、僕達のことだろうか。
それから四日後。
ユラ探しだけに集中するわけにもいかず、僕達は各々で細かい案件をこなしつつ、コノハについての情報を集めようとしていた。これと言った決定的な情報はなく、僕はヤキモキした。皇心會が壊滅した今、もう一度ユラの部屋に潜入することも考えたが、もしかしたらまた別の罠がはられている可能性も捨てきれなかったので、やめた。
今日は午前に、事務所に来た依頼客との面談を二件、僕が受けた。いなくなった飼い犬探しと、地方芸能プロダクションの、新人ローカルタレントの素行調査だ。後者は、なかなかおもしろそうだった。できれば、僕に担当させて欲しいと思った。
13:00。
僕は一人で昼食を済ませ、出払っているリリィとリキッドが戻って来る前に、事務所の掃除をしてしまおうと立ち上がったところだった。すると、業務用のPHSが鳴った。源介からだ。
「よーお、お疲れさん」
「お疲れ様です。どうしました?」
「事務所か?」
「はい、面談を終えて、留守番です。掃除でもしようかなって」
「いいね、その仕事を自ら探す姿勢は。体が戻ったら、普通の仕事もできるんじゃねーか」
源介が僕をからかった。僕達は、本当に元に戻れるのだろうか。
「よくわかんないですけどね。源介さんこそ、体どうですか?」
「体な。異常に回復が早いって、医者に褒められたぞ。おまえの体はすごいな。予定よりかなり早く退院できるだろうってな」
「へぇ、そんなもんなんですね!」
「ただな、ものすごく腹が減るんだ。食欲が止まらねえ。いや、医者が言うには良いことらしいんだけどな……」
やっぱり、僕の体になると、僕の胃袋になるわけだから、そうなるよな。
「それでな。ボウズのことだ」
源介が、仲間にボウズの調査をさせていたことを思い出した。
「……外でこの話は絶対にするなよ。危ないからな」
「は、はい」
そんな話をわざわざ外ですることはないだろうが、一応用心することにした。
「どうやら、ボウズなんじゃないかと思われる男の、交通事故の記事が見つかったんだ。今、コンビニにファックスしに向かわせてる。10分くらい、そこから出るなよ」
「大丈夫です。やっぱり、死んでたんですか?」
「あぁ。百パーセントボウズだと言う確証はないんだが、色々調べさせたら、可能性はまあまあ高いな」
その時、事務所の複合機が、音を立ててファクシミリの受信を始めた。
「あれっ、もう今届きましたよ」
「おっ、あいつ早いな」
複合機に向かい、印刷された記事を見た。ざっと読むと、内容はこうだ。日時は、今から二年前の、七月八日午前2:19。札幌市東区元浦町の住宅街の狭い交差点で、轢き逃げ事故があった。犯人は一時停止を無視し、かなりの速度を出したまま歩行者をはねたらしい。被害にあった歩行者は、28歳の男性と、一緒に歩いていた18歳の女性。男性は即死、女性は重体。歩行者の二人は、現場近くに住む兄妹だった。犯人は捕まっていない。
「……読みました。凄惨ですね。この被害にあった歩行者は、名前が載らないんですね」
「あぁ。事故ってのは、被害者は遺族や関係者が希望すれば、名前を伏せてもらえるんだ」
「随分と歳の離れた兄妹ですね」
「その、兄貴の方が、ボウズじゃないかって話な」
「はぁ。だとしたら、意外に若いんですね。妹がいたり、名前を伏せるように言ってくれる遺族がいたり。何か、始末屋っぽくないですね」
「それが、ボウズの表の顔なんだろ。普段は、なに食わぬ顔で社会に溶け込んで暮らしてるわけだからな」
「この人がボウズだと思った根拠は、何ですか?」
「全部はおまえにも話せないが。ヤバい筋から聞いたこととかもあるからな。まぁ、ボウズが死んだと噂される時期に、札幌市内の交通事故で死んだ男をやたらめったら調べさせたんだ」
「……はい」
「それっぽいのが一人だけ。施設で育って、16で盃もらって組に入って、何年かしてから破門にされて、それから一切何をしてるかわからない経歴の奴がいてな」
「それが、この記事の死んだ男ですか?」
「そうだ。記事には載っちゃいねえけどな、名前は、ヤナガワイッセイ。木のヤナギに三本川、漢数字の一に世界のセだ」
柳川一世。
僕は、頭の中で字を書いた。
「しかも、そいつが盃もらったのが、征龍会の関係の所だ。前に話したろ」
「でも、破門になったんですよね?前の話だとボウズは、征龍会角貞一家保坂組に雇われてたヒットマンだったんじゃ……」
「専業でガチの汚れ役やらせるから、表向きは縁切って部外者にしたんだろ」
「……あっ」
「俺は、この柳川がボウズだと思う」
源介の情報収集力と人脈はすごい。僕も、そう言われるとそうなんだなと思うしかなかった。
「よし、もういいな。記事、シュレッダーしろ」
何だか極道の世界の話が恐ろしくなって、言われた通り、すぐに記事をシュレッダーに突っ込んだ。記事は、バリバリと音を立ててシュレッダーに吸い込まれて行く。
「でも、と言うことは、ボウズはもうこの世にはいないってことですよね」
「俺のその推理が当たってたら、の話な。自信はあるけどよ。調べさせてる奴も、特に今のところ危ない目にはあってない。しかし、まだ油断はできねえよ。用心は、どれだけしても損じゃないからな」
「少しだけ、気が楽になりました」
とりあえず、ユラ失踪の黒幕と思われるコノハという謎の女と、ボウズの伝説とは関係がなさそうなので、不安のタネが一つなくなった。
「今おまえらが追っかけてるコノハって女も、それはそれで気持ち悪そうだから、そっちも気を付けてくれよ」
「はい、用心します」
「この話は、リリィとリキッドにも後で伝えてくれ。くれぐれも話す場所に注意して。メールなんかではやめろ」
「了解です」
「じゃあな」
通話を切ろうとした。
「あっ、オト!」
「あっ、はいもしもし?」
「……おまえ、よく喋るようになったな」
「へ?そうですかね?」
そうなのだろうか。通話を終えると、吾妻の死体が目に浮かんだ。犯人は一体なぜ、吾妻を殺したのか。何の目的で、現場に無造作に線香をばらまいて行ったのだろう。コノハとは、どんな女なのだろうか。ユラは、生きているのか。生きているとすれば、今はどこで何をしているんだろう。ぼんやりと考えながら、僕は掃除機のスイッチを入れた。
15:00。
広い事務所を一通り掃除すると、かなりの重労働だった。インスタントコーヒーを飲みながら、ピースで一服する。
ふと入口を見ると、ガラス越しに、誰かが事務所に近付いて来るのが見えた。客かと思って出迎えようとすると、瑞穂だった。笑顔で手を振っている。急いで入口を開けた。
「浜田さん、こんにちは!」
「あ、瑞穂さん、いらっしゃい。どうしたの?」
瑞穂を迎え入れ、応接スペースに案内した。
「あの〜、お仕事中なのはわかってたんですけど、ちょっと、近くまで来たので」
「あ、あぁそう。ちょっと待ってね、今、お茶……」
「あっそんな、お構いなくです!」
さっき源介に会話の上達を褒められたが、やはり若い女の子と一対一だと、滑らかには話せない。
慌ててキッチンに走り、コーヒーメーカーをセットした。マグカップは汚れていないか、チェックした。大丈夫だ。また、応接スペースへ戻る。
「ごめんね、掃除してたもんだから、何かバタバタしちゃって」
何だその言い訳は。もう掃除は終わってただろう。
「あっ、お邪魔しちゃってごめんなさい!」
「いいいいやいや違くて!あの、来てくれて、嬉しいんです」
頑張った僕。頑張ると、それだけ汗が出るのが人体の不思議だ。
「えっ……そう、なんですか。あたしも、源介さんに会えて、嬉しいです……」
瑞穂は、明らかに耳が赤くなった。奇病か?




