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 パトカーと救急車が、何台も続いてキャロルの方向へ向かって行く。レッカー車も通り過ぎて行った。少なくとも、僕が記憶している限りで二台の車が事故に巻き込まれている。いつまでもこの付近をウロチョロしているのは得策ではないだろう。

 僕達は、なるべく人目の少ない小道を通って、急ぎ足で事務所へ向かった。歩いていると緊張が緩んだからか、あちこちに痛みが出てきた。リキッドも足を引きずるような、変な歩き方をしている。


「オト、顔大丈夫?血出てるけど」


「蹴られちゃって。口切ったみたいです」


「オト君の右正拳逆突きはなかなか様になっていたぞ」


「あー右ストレートね、やるじゃん」


 忘れていたが、今日も僕は人を殴った。この僕が人を殴るだなんて、改めてどうかしていると思う。本当にこれは現実なのか。そんな思いにふけっていると、突然リリィが顔をしかめた。


「……何か臭くない?」


 しまった。僕だ。情けないが、正直に言おう。


「……あの、言いにくいんですけど、漏らしちゃって」


「はぁぁ!?」


 リリィが、信じられないと言うような顔をした。顔から火が出そうだった。


「実は、俺もなんだ」


 リキッドが、耳を疑うようなことを堂々と言った。


「えっ!?」


 しかし、リキッドのパンツは、濡れているようには見えない。


「勘違いしないでくれ。俺は、ビビったわけじゃないさ。生理現象なんだ。止めようがない」


 まさか。


「はぁぁぁ!?最低ッ!どうすんだよ!?」


「悪いが、シャワーと源介の着替えを貸してくれ」


「おまえのそれ、どこで誰が洗うんだよ!?」


「もちろんこれから事務所で、洗濯機を使い慣れている人だ」


「ふざけんな!帰れよ!」


「無理だ。これでは、タクシーにも地下鉄にも乗れないからな!」


「うぁぁぁんも〜っ!」


「必死だったんでな。背に腹は変えられないだろ。はっはっは」


「離れて歩いてよ!おしっこ探偵とうんこ探偵!」


「君はその何とか探偵の仲間だな!」


「うっさいわ!」


 恥ずかしさと情けない気持ち、申し訳なさで胸がいっぱいになりながら、僕は二人の後に続いて事務所へ向かった。



 21:00。


 事務所に着いた。リキッドは、汚してしまった服を入り口でゴミ袋に入れさせられ、そのままいそいそとシャワーへ向かった。リキッドがシャワーから出るまで、僕は事務所の外で待たされた。リキッドのシャワーが終わると、続いて僕も同じように手順を踏まされ、事務所に入りシャワーを浴びることを許された。当然、脱いでからシャワーへ向かうまでの間は真っ裸であるが、その間のみリリィは二階に退避した。一応、その辺の感覚は女性なのだろうか。

 シャワーを浴びて鏡を見ると、昨日と今日であちこち殴られたり蹴られたりしたので、いくつか痣ができている。顔は、口が少し切れている程度だった。殴りあっている最中は確かに痛いことは痛いのだが、アドレナリンが出るからなのか、大したことはなかったように思う。暴力の恐怖に対して少しずつ耐性ができてきたようだ。喧嘩なんて所詮、相手が素人であればそこまで恐れることはないのかも知れない。少しだけ自信が付いた。だがもし、相手がリリィやリキッドのような本格的な格闘技を使う人間だったら、この程度では済まない。自信も持つことは良いことだが、油断は禁物だろう。そんな風に考えながら浴室から出ると、リリィが不機嫌そうに洗濯機を回していた。


「あの……本当にすみません」


「本当だよもー。まぁ、しゃあないでしょ」


 リキッドは源介のジャージを着て、事務所の入り口に、「クローズド」の看板を立て掛けた。


「腹減ったな!お詫びにおごるから、機嫌を直してくれ。ザンギ弁当でいいか?」


「……しょうがないなぁ」


 リリィの表情が明るくなった。



 21:30。


 リキッドのおごりで、近くの有名店から特上ザンギ弁当の出前をとった。弁当箱の蓋を開けた途端、ザンギの美味そうな匂いが広がり、容赦なく食欲を刺激する。このザンギ弁当の有名店は、ススキノで飲んだ帰りの客や水商売の人達の利用が多く、夜遅くまで営業しているのだ。

 ザンギとは、北海道の唐揚げである。本州の唐揚げとは何が違うかと聞かれると、決定的な違いを説明するのは難しいが、主に味付けの濃さだろう。鶏肉そのものを、卵を混ぜた醤油ベースの甘辛いタレに漬け込んでから揚げる。ニンニクや生姜がふんだんに使われる。見た目も、衣がキツネ色よりもさらに濃い茶色の場合が多い。当然ニンニクの匂いが強いので、人と会う前に食べ過ぎるのには注意だが、ご飯が驚くほど進む。ビールのつまみにも最高だ。

 この有名店の特上ザンギ弁当には、鶏肉だけではなく、タコとホルモンのザンギも入っており、食べ飽きることなく楽しめるし、ボリュームも満点なのだ。僕は嬉しくなって、冷蔵庫からよく冷えたサッポロクラシックの500ml缶を三本取り出し、テーブルに置いた。


「お疲れ様〜!」


 リリィとリキッドと、乾杯をした。ビールが、体に染み渡る。


「っかぁぁ!」


 僕は、ついそんな声を出してしまった。リキッドとリリィが、僕を見て笑った。人と接することが嫌で、食事なんて部屋で一人で、粗末なもので済ませることが当たり前だった。酒なんて、気が向いた時に、安い発泡酒を飲むくらい。特に、ものすごく美味いと感じることもなかった。だが、今はこうしてリリィ達と食事し、酒を飲むことが、楽しい。昨日も今日も、とんでもない目にあった。これからも、危険なことはたくさんあるのだろうが、それでも良いと思えた。揚げたてのザンギは美味かった。いつまで、この生活は続いてくれるだろうか。


「コノハとかいう女、ヤガミはあまりよく知らなそうでしたけど、下っ端なら知ってるんでしょうか?」


「そうかも知れんが、奴らは今頃、警察に一網打尽にされてしまっただろうな。皇心は、これで壊滅だろう」


 ヤガミは当然だし、あのガキ共のほとんどが薬に関わっていただろう。店にいたガキ共も、未成年飲酒の現行犯だ。店側関係者も、同じく罰せられるに違いない。バイクの無免許運転なんかもあるかも知れない。


「鑑別とかネンショーから出て来るの待ってても時間かかるし、出て来た子探すのも面倒くさいよね〜」


 リリィは、ザンギを美味しそうに頬張りながら言った。


「そうだな。わかっていることは、コノハっていうススキノで水商売をやってる女ってことだけだな。わざわざ族の集会にひやかしで顔出すようなヤンチャな娘だ。年も若いだろうな」


「……あの、ススキノの女達って、横の繋がりはどうなんでしょうね。聞いてみたらわかるもんでしょうか?」


「聞くって誰に?」


「吾妻の件の、美奈さんとか」


「うーんどうだろね。そのコノハが、有名なキャストなら、知ってるかも知れないけど。ススキノだけでキャストなんて何百人、何千人いるのかしらね」


 コノハを探すのは、骨が折れそうだ。しかし、コノハにたどり着かなければ、ユラの行方はわからないままだ。どうすればいい。


「とりあえず、人海戦術しかないかな〜。あっちこっちのお店で聞き回るしか。美奈ちゃんは、とりあえずこの瑞穂ちゃんからのユラ探しの依頼とは関係ないから、相談するのはまだとっとこう」


 元はと言えば、美奈からの吾妻探しの依頼が、この件のきっかけになった。だが、その件とこの件は、別件だ。吾妻が死に、居合わせた女が失踪したことは、美奈はよく知らないし、関係ないことなのは間違いない。そして、美奈の依頼には応えられなかったこともあり、何だか相談を持ちかけるのも申し訳ない気もする。最悪、美奈に協力をしてもらうことになれば、謝礼も包まなくてはならないだろう。


「しっかし、大して知らない女のデタラメなんて、よく信じるよね〜」


「まぁ、同感ではあるんだがな。統合失調症だと、そう単純じゃないんだ。俺は、ヤガミの精神状態を知っていて、うまく吹き込んだコノハの方が、ヤバい奴なんだと思ってる」


 そんな狡猾な奴が、本当に若い女なのだろうか。皇心の下っ端のガキ共は、ヤガミの病気を知っていたのだろうか。だとすれば、どんな気持ちで、ヤガミと接し、その指示や命令に従っていたのだろうか。キャロルでのリキッドとのやり取りや、僕達が去ろうとした時の、あの言葉。下っ端達を、多少は気にかけていたような気がするが。皇心會の内部の人間関係。それは今となってはもう、わからない。

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