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 19:00。


 昨晩は瑞穂に勢いで引き受けるとは言ったものの、源介の最終許可が下りていなかったので、詳細はまだ聞いていなかった。今日は、瑞穂が20時からシックスに出勤するので、その前に面談をすることにした。シックス近くの喫茶店、「プチ・ルポ」で待ち合わせし、僕達が席に案内されてから、すぐに瑞穂もやって来た。


「お待たせしました、こんばんは〜」


「こんばんは、あたし達も今来たとこなんです」


「夕べは、急に押しかけてすみませんでした」


「いえ、そんな。こちらこそお仕事前にすみません。例のお話、是非詳しくお聞きしたくて」


 僕とリリィは水出しアイスコーヒーを、瑞穂はアイスカフェモカを注文した。瑞穂は、以前のように、逆毛を立てたボリュームのある可愛らしいサイドテールにしている。出勤したら、例のバーテンダーコスチュームに着替えるのだろう。

 先に、今回僕達は、改めて正式に瑞穂の依頼を受けることを伝えた。そして、次の条件を提示した。


 ①.本件は難易度が高いと予測できる為、ユラを見つけ出し、瑞穂に会わせることができた時だけ、成功報酬として二百万円支払ってくれればよい。

 ②.失敗すれば、報酬は一銭も貰わないし、調査費用や経費の請求もしない。

 ③.期限は特に設定しないが、難しいと判断した時は、早期に打ち切る可能性がある。

 ④.危険はないように努めるが、依頼人保護の目的で、調査員が瑞穂のボディガードを行うことがある。


 瑞穂は納得し、少しも迷わずに、調査依頼契約書に署名と捺印を済ませてくれた。リリィが、近くのコンビニへ契約書をコピーしに走り、すぐに戻って来た。


「……あたしは、ユラのおかげで、今こうして生きていられるんです」


 瑞穂が少しずつ語ってくれた。

 彼女は、今年で22歳になる。日本最北の街、稚内(わっかない)で生まれ育ち、地元の高校を出た後、親元を離れ、札幌の美容専門学校に進学した。美容専門学校を卒業してから、そのまま札幌で美容師として働き出したのだが、薄給と激務に耐えかね、すぐに辞めてしまった。


「そこまで、夢って言うほど、憧れがあったわけじゃなかったんです。何て言うか、手に職付けられたらいいなって、軽い気持ちだったんですね」


 アルバイトもしたが、食べて行けるほどのものは、なかなか見つからない。今や一九〇万人都市の札幌と言えどもそこは北海道。東京と比べれば賃金も安く、本当にまともな仕事がないのだ。瑞穂はいよいよ生活に困ったが、地元に帰っても、仕事はもっとない。アパートの家賃を滞納し、携帯も止められ、行く当てもなくススキノをさまよっていた時、ユラに出会った。

 瑞穂と歳も変わらないはずのユラだが、服装は華やかで、明るく魅力的で、自信に満ち溢れて見えた。キチンと自活している、社会人としての余裕があった。


「何で、あたしなんかに声かけたのかなーって」


 ユラは人懐っこく、気さくに瑞穂に声をかけて来たが、もしかしたら瑞穂を見て、放って置けなくなったのかも知れない。

 瑞穂は、三日間、ろくなものを食べていなかった。全国チェーンの安いハンバーグレストランで、ユラからおごってもらったハンバーグセットを食べた時、瑞穂はあまりの美味しさに、涙した。食事が美味しくて泣くことなんて、生まれて初めてだった。


「ユラ、すごく笑ってましたね。可愛いって言ってくれて」


 瑞穂はユラに誘われ、シックスで働くことになった。初めは戸惑ったが、慣れるうちに、この仕事のおもしろさがわかってきた。徐々に生活も立て直すことができた。何より、ユラと同じ店で仕事ができるのが、嬉しかった。

 出会ってから約二年の間、私生活でも、仕事でも、ユラは親身になって、いつも瑞穂の力になってくれた。


「ユラと会って、二年も経ってたんだなぁ……」


 二人のこれまでの様子は、だいたいわかった。話しながら、瑞穂はよく我慢したが、それでもやはり目を赤くして、潤ませている。


「えと、瑞穂さん、ユラさんの自宅……場所、わかるんですね?」


 焦ってしまっているのか、リリィより先に質問してしまった。


「はい。恐らく、あたししか知らないかも」


 瑞穂は少し鼻をすすって、思い出の中から現実に戻って来た。


「事件から、え〜と、ユラさんの自宅には行ってみましたか?」


「はい……何度か。でも、やっぱり居なくて。郵便受けに、チラシとかダイレクトメールみたいなのが溜まってました。携帯は、電源が入ってないです」


「事件の夜から、やっぱり一度も帰ってないのかな……」


 リリィが言った。僕もそう思う。


「あの、瑞穂さん、これから僕達、そこへ行って見てもいいですか?」


 まずは少しでも手掛かりが欲しい。ユラの自宅のドアだけでも見てみたい。


「……お二人だけで、ですか?」


「もちろん、勝手に警察に通報したりしません。守秘義務があるので、依頼人からの情報は、外には漏らしません。約束します」


 リリィが関心したような表情で、僕が説得する姿を見守ってくれている。ここは任せてくれるのだろう。


「わかりました。本当はあたしも同行したいのですが、残念ながら仕事なので。お二人にお任せします」


 瑞穂は、紙ナプキンにユラの住所をメモして渡してくれた。



 20:00。


 タクシーで創成川に沿って北上し、北三条通りを右折する。ススキノから北東に向かって進んでいる。


「オトも、何だかんだらしくなってきたよね〜」


「はぁ。そうですかね」


 少し嬉しい。


「それとも、瑞穂ちゃんだから張り切ってんの?」


「だから!」


「でもナンパしたよね?携帯書いてさ」


 それを言われると反論できない。

 やがて、重厚で巨大な赤レンガの建物が見えてきた。明治時代に、サッポロビールの前身であった「開拓使麦酒(ビール)」の醸造工場として稼働していた建物だ。現在は外観はそのままに保存され、建物内は、映画館や温泉まで設備された、大型のショッピングモールとして生まれ変わっている。このすぐ近くに、ユラのアパートがあるのだ。

 タクシーから降り、ショッピングモールに入る。ショッピングモールは、大きな建物と建物の間に、ドーム型のガラス屋根を渡し、広大な全天候型の庭園を作っている。噴水や花壇、人工芝で彩られ、ファストフード店やカフェが立ち並んでいる。この庭園を突っ切り、また外に出た。


 スマートフォンのナビゲーション機能を使いながら、目的地へ向かう。アパートはすぐに見つかった。アパートは、ぱっと見たところでは、三階建ての12世帯くらい、鉄筋コンクリートだろうか。小さなマンションと言った方が適切かも知れない。

 道路に面したアーチ状の門をくぐると、広い中庭のようなスペースがあり、綺麗に手入れされた花壇や、中庭の中央には白樺の木が植えられている。この中庭をコの字型で囲むようにして、アパートは建っていた。直線的なデザインで、壁はコンクリート剥き出し、窓枠や入口ドアはブラックで統一されている。若い女性が好みそうな、手頃な築浅のデザイナーズ物件だった。


 敷地に入ってすぐ右手にある、集合ポストを確認してみる。ユラの部屋は二〇二号室。表札はないが、二〇二号室だけポストからチラシが溢れ出ており、地面に沢山落ちていた。たった二週間でこれほどの量のものがたまるとは思えないので、元々から放っておかれていたのだろう。あまり帰宅していなかったのか、だらしないのか。

 外階段を上がり、ユラの部屋の入口前までやって来た。ドアの郵便受けにも、やはり入り切らないダイレクトメールが無理矢理押し込まれており、全く回収された様子がない。ユラの部屋で間違いなさそうだ。

 郵便受けからダイレクトメールの山が爆発しないように、慎重にどんなものが来ているか確認したが、くだらない広告やアンケート、ユラが利用したと思われる店からのものばかりで、彼女の情報に繋がりそうなものはなかった。

 わかっていたことだが、ここに来ても中に入れるわけではない。


「なるほどねぇ」


「中は一体、どうなってるんでしょうか」


「瑞穂ちゃんに許可貰って、ピッキングする?」


「えっ!そんなことできるんですか?」


「できるよ。ただ、瑞穂ちゃんから許可貰うったって、調査手段の許可なだけであって、この部屋の借主はユラだから、不法侵入。犯罪は犯罪だけど」


「つまり、瑞穂さんに犯罪の共犯者になってくださいって頼むようなもんですよね」


「そうとも言うね」


「……警察なら、合法的に堂々と中に入れるんですよねえ」


 改めて探偵の無力さを痛感した。


「町の鍵屋に頼んでも、借主と管理会社の立会いが必須とか、身分証の提示とか、絶対無理だけど、うちはこれの専門家も一人いるからさ」


 ピッキング専門家か。本当に源介の仲間には、色々な専門家がいるものだ。源介の事務所が繁盛していたのは、源介一人の力ではなくて、有能な仲間達のおかげだということが、今更わかってきた。そんな仲間とは、どうやって知り合うのだろう。僕が今まで何一つ成せずに社会のゴミとして腐っていたのは、他人と繋がろうとしなかったからだろうか。勇気を出して他人と接していれば、少しは違ったのか。


「ここでモジモジしてても怪しまれるし、とりあえず次どうするか。帰って考えよ」


 歯がゆい気持ちで外階段を下り、門を出て道路に出た。タクシーを拾うため、ショッピングモール側、北三条通りへ戻ろうとした。

 その時。突然後方から、眩しい車のヘッドライトが僕達を照らす。咄嗟に、僕達は道路脇、民家の塀に体を寄せて、道を空けたつもりだった。黒塗りフルスモークのワンボックス車が、通り過ぎずにタイヤをキュッと短く鳴らし、僕達の前で急停車した。


 ──しまった!──


 源介が頻りに言っていた「危ない」という言葉が、脳裏をよぎった。

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