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13:00。
僕はリリィと二人で、オオシマ医院に来ていた。
「ふざけんな、絶対にダメだ」
右腕と左足をギプスで固定され、可変式のベッドに上半身を起こして寝ている源介が、強い口調で言った。
「そう言うとは思ったけどさ。二百万だよ!」
リリィが食い下がる。
「金の問題じゃねえって。おまえらの身に何かあったら、俺は責任が取れねえ」
「それはわかるけどさ。失踪人を探すだけじゃんかよ」
「そのいなくなった女と、ボウズが無関係だと言いきれるか?」
「言いきれない」
「じゃあダメだ。危ねえからな」
「危なくなったらすぐ身を引くよ。依頼人に迷惑かけないように、完全成功報酬制で。調査費用は、もらったオマワリの裏金をあてるから。持ち出しゼロ!ね!?」
「仮におまえらが安全だったとして。依頼人が危ねえ目に会ったらどうすんだ?」
「……そうならないように、守る」
源介が呆れてため息をついた。
「ガキがダダこねてるんじゃねーんだからよ。聞き分けろ」
「だって、もう引き受けちゃったもん」
「勝手に引き受けてんじゃねえよ!ルール違反だ!」
依頼は、全て源介が窓口になり、受ける、受けないの判断をする。それが大原則だ。まずルールを破ったのは僕で、続いて最初はたしなめていたはずのリリィも、共犯になってしまった。
「オト。てめえもだ」
勝手に私用の携帯番号を、事務所の名刺に書いたことだ。
「……すみません」
リリィが独断で依頼を受けてしまったのは、作戦だろう。受ける前に源介に相談しても、許可してもらえないことは明白だ。しかし先に受けてしまえば、客に迷惑をかけまいとして、ゴリ押しで何とかなる可能性がある。
「危ないことなら今までもやって来たくせにさー」
「危なさの度合いの問題だ」
「この前だって、闇金ので源介死ぬところだったじゃん」
「だから俺一人でやっただろ」
「それで、できなくて、あたしらに助けてもらって、このザマじゃん」
「ぐう」
「それは良くてこれはダメでって、よくわかんないけど!」
リリィが押している。いいぞ。最初からこれを言うつもりだったのか。リリィには勝算があったのだ。
「今そんな具合で、仕事はあたしらに任せっきりなんだから。あたしらのワガママも聞いてよ!」
「ぐう」
「受けた以上はぬかりなくやる。自分達の身も、依頼人の身もしっかり守る。約束するよ」
「……」
源介がぐうの音も出せなくなった。勝った。
「仕方ねえな。殺しの犯人探しじゃなくて、失踪人探しだぞ。間違えんな」
「オッケー」
「後、なるべくリキッドと動け。最悪なことになっても、あいつがいれば何とかなるだろ」
「えぇ〜!やだよ!あいつトイレがめんどくさいじゃん」
「そこはうまくやってくれ。腹の調子のいい時だけでいいから」
「わかったよ!ったく!」
「後は、そうだな。並行して別の奴に、ボウズのその後について、ちょっと本腰入れて調査させる。そっちが詳しく把握できれば、少しはおまえらの調査が安全になるからな」
「それこそ危険そうだけど。そんなこと調べられるもんなの?」
「まあ、そっちの筋の専門家にあたってみるさ」
詳しいことはまだこれからだが、昨晩、警察がユラ探しに苦戦している理由を瑞穂が少し話してくれた。
ユラの本名や住所などの個人情報は、そのほとんどが偽りのものだったのだ。シックスに保管されていたユラの履歴書は、全く捜査の役に立たなかったそうだ。店の給料は手渡しだったので、口座の情報もわからない。今の時代にそんなことがあるかと疑ったが、個人経営の飲食店や夜関係の店では、珍しいことではないそうだ。そんな店であるから、当然彼女を採用した時も、昼仕事の一般企業と違って、厳重な確認などいちいち行っていなかったのだろう。
一体なぜ、ユラはそこまで徹底して素性を隠し、シックスで働いていたのか。これはまだわからない。しかしユラの親友である瑞穂だけは、ある程度までではあるが、ユラのことについて知っていると言う。瑞穂は警察から聴取を受けた時、ユラがもしかしたら逮捕されてしまうのでは、と不安になり、つい何も知らないと突っぱねてしまった。
瑞穂が隠していたユラについての情報を、僕達はこれから面談によって聞き出す予定だ。ただの探偵に過ぎない僕達が、警察も知らない重要な情報を手に入れることになるのだ。
瑞穂としては、ユラを信じている。なので、まずは見つけ出して、話をしたいと思っている。もし、望まない辛い現実が待っていたとしたら、その時は、ユラに自首して欲しい、自首させたいと考えている。何とかして警察より先に、ユラと会って話をしたい。だから、無理を承知で、私立探偵の浜田源介を頼ったのだ。大金を躊躇なく投げ出せる程の、瑞穂とユラの絆とは、一体どのようなものなのか。その話も聞いてみたい。
僕とリリィは、オオシマ医院を後にした。
「どーよ!オト!」
「リリィさん、さすがです!これで堂々とユラ探しができますね」
「でっしょー。瑞穂ちゃんに面談のアポ取って、詳しい話聞かなきゃだねー」
中島公園駅から地下鉄に乗り込む。午後の車両はとても空いていた。リリィと並んでシートに座り、揺られながら豊水すすきの駅へ向かう。
「ちなみになんだけどさ」
「はい」
「オト、瑞穂ちゃんが好きなの?」
「どどどどういうことですか?」
「いや、だからそのまんまの意味の質問だよ。どうなの?」
「す、好きとか嫌いとか、そんなんじゃないです!」
「ふーん」
リリィがニヤニヤしている。
「リリィさんこそ、好きな人いるんですか!?」
リリィの顔から、笑みが消えた。しまった。地雷だったか。
「……いや、あの」
「あたしね」
リリィが、車両の床を見つめながら、ポツリと言った。
「うらやましいんだ。恋愛って」
「えっと、それは?」
「あたしさ、無性愛なんだ」
無性愛者。聞いたことくらいはある。男にも女にも、恋愛感情や、性的な欲求を抱かない人、だったと思うが。
「……えっ」
何と返していいか、わからなかった。
「何となく、想像はできるんだよ。でも、本質はわかんないや。あたしの最初で最後の恋は、小学校二年生の時。それからは、もうずっと……」
リリィは、寂しそうに言葉の最後を濁して、言うのをやめた。
「リリィさん……」
かける言葉を探すんだ。何をどう言えばいい?考えろ。
「あたしはね、以前に男だって言ったけどさ。本名だって聞いたと思うけど、男の名前なんだよ。でも本当のところは、男か女か微妙でさ。戸籍上も、『性別留保』ってなってる」
確かに、思い出すとムカムカしてくるが、虻川からリリィの本名を聞いた。男か女か微妙?性別留保?どういうことだ?
「インターセックスって奴なんだよ。困ったもんだよね」
インターセックス。半陰陽と呼ばれる、あれか。男と女、それぞれの身体的特徴を併せ持つらしいが、詳しいことは全く知らない。
「ええと、つまり、リリィさんは、男でも女でもない、という……」
「そだね。気持ち悪いだろ?」
不思議と、リリィのその言葉に、僕はイラッとした。
「気持ち悪いなんて誰が言ったんですか!?」
考える間もなく言葉が出ていた。車内の人々が僕を一斉に見た。鬱陶しい奴らだ。僕はおまえらの方なんて絶対に見ない。
「……オト」
リリィが驚いて、僕の目を見た。
「大事なこと、教えてくれて……ありがとうございます。でも、その、気持ち悪いとか、そういうこと、も、もう言わないでください」
呼吸が荒くなった。虻川の一件以来、僕は感情的になりやすくなっているのだろうか。良い事なのか、悪い事なのか。
「オト、お昼まだだよね。何食べて帰る?」
リリィの驚きの表情が、優しい笑顔に変わった。よかった。その方が絶対にいい。ずっと、そうしていて欲しい。
「……何でもいいですよ」
「何でもいいっていう回答、女の子に嫌われるよ」
「えっ、じゃあ、蕎麦とか」
「やだーそんな気分じゃないし」
「はぁ!?じゃあ聞かないでくださいよ!」
「決めて欲しいけど、気分じゃないのも色々ある感じ」
「何ですかそれ」
僕達はいつものように豊水すすきの駅で降り、あれこれと昼食について議論した。結局、ラーメンにした。




