後編
友人たちの証言
Q1:仲が良かったようですが、最近は距離を置かれているとか。愛ちゃんと何かあったんですか?
A1:
【友人A】愛ちゃん、最初は面白い子だなって思ってたんだけど、行動や言動がなんかぶっ飛んでて……というか、ちょっと人間性を疑うようなことが多くてついていけなくなっちゃって。
【友人B】そうそう。一緒に買い物に行って会計してる時、店員さんが商品を渡してくれたから、私が「ありがとうございます」って言ったんです。そしたら横から愛ちゃんが「なんでお礼言うの? 客はこっちで偉いんだから言う必要ないじゃん」って真顔で言い出して……。
【友人C】あれはちょっと引いたよね……。誰かがやってくれたことにお礼を言うのがおかしいって、この子は普段どんな生き方をしてるんだろうって怖くなった。
【友人A】大学のレポートだって、いつも自分はギリギリまで何もやらないで、私たちが書いたやつを丸パクリするんですよ。教授にバレて内容が丸々同じだからってペナルティ受けて、私、単位いくつか落とされたんです。本当に最悪だった。
【友人C】あー、言ってたね……。
【友人B】あと、街中を歩いてる時も見ず知らずの女の子の服装をジロジロ見て「うわ、ダサ。何あの服」って大声でバカにしたりするんですよ。あの子、聞こえてて可哀想だったな……。
【友人A】あの子でしょ? 眼鏡をかけてた、大人しそうな感じの。
【友人B】そうそう。なんか、一緒にいる私たちまで同類だと思われてるんじゃないかって、恥ずかしくて嫌になっちゃって。
Q2:それは酷いですね……。そういう身勝手な行動が積み重なって、距離を置かれたんですか?
A2:
【友人B】まあ、それもそうなんですけど……。
【友人C】極めつけは、やっぱり「あの事件」だよね。
【友人A】うん、あれね。大学のラウンジに集まってた時の。
【友人C】あれだけは、本当に一発アウトだよねって話になって。
Q3:そのラウンジで、一体何があったんですか?
A3:
【友人C】その日、大学のラウンジでみんなで待ち合わせをしてたんです。そこに愛ちゃんが遅れてやってきたんですけど……。
【友人A】ちょうどその時、たまたま同じラウンジにいた別の女子学生……、眼鏡かけた子でした。その子と愛ちゃんがすれ違いながら部屋を出ていこうとしたんです。そしたら、愛ちゃんがいきなり。
【友人B】その子の足を、自分のヒールの踵で思いっきり踏んづけたんです。それだけじゃなくて、わざとすれ違いざまに、その子の耳元で何かを囁いて……。
Q4:愛ちゃんは、その女子学生の耳元で何を囁いたんですか?
A4:
【友人A・B・C】「キモい」って──。
*
元カレの証言
Q1:僅か一週間で別れたそうですが、何か大きな喧嘩でもなさったんですか?
A1:別に喧嘩なんてしてないよ。ただ、あいつにこれ以上ついていけないって思っただけで……。
Q2:ついていけなくなった、と言いますと?
A2:とにかく束縛が異常だったんだよ。男友達と遊びに行くだけで「浮気した!」ってヒステリックに騒ぎ立てて、手が付けられないくらい暴れるんだ。付き合ってまだ2日とかでそれだからさ。完全に地雷女だと思ったよ。それに、あいつさ、街中を歩いてる時も事あるごとに他人と揉めるんだ。
Q3:他人と揉める、ですか?
A3:何でかは知らないけど、街中とか大学のキャンパス内で「眼鏡をかけた大人しそうな女」を見つけると、わざわざ近づいていって、すれ違いざまに足を踏みつけに行くんだよ。何度も俺が慌てて止めに入ったんだけど……。楽しそうに踏みにいっちまうんだ。
Q4:なぜ、そんな理不尽なことを……?
A4:そんなの俺が知りたいよ。本人を問い詰めても、「あいつは踏まれて当然の存在だから。何が悪いの?」って、平然と言い放つんだ。話が通じる相手じゃない、本気でヤバい奴だって察したから、関わり合いになりたくなくて速攻でブロックして別れたんだよ。
*
元バイト先の店長の証言
Q1:アルバイトとして雇ってすぐにクビにされたそうですが、彼女の何が問題だったのでしょうか?
A1:もう、問題だらけでしたよ。特に接客態度が最悪でね……。ちょっとしたことで、すぐに自分からお客さんと揉め事を起こしてしまうんですよ。
Q2:具体的にはどんな揉め事だったのですか?
A2:レジ打ちをさせればお釣りの渡し忘れが異常に多くて、毎回のようにお客さんから指摘されるんです。それなのに、あの子は謝るどころか、相手によっては「カスハラだ!!」って逆ギレして大騒ぎする。電子決済の操作ミスで会計を詰まらせても悪びれないし、本当に毎日がトラブルの連続でした。
Q3:それは確かに大変ですが、まだ新人の時期ですし、それだけで即クビというのは流石にやりすぎでは?
A3:入ったばかりですし、仕事のミスだけならこっちだって大目に見ましたよ。でもね、信じられないことに、彼女は店に来たお客さんの足をわざと踏みつけるんです。それも、決まって「眼鏡をかけた、大人しそうな女性」の来店客を狙ってね。
Q4:そんなことをしていたんですか? 酷いですね……。
A4:酷いなんてもんじゃないですよ。何度注意しても、逆に「何でやったらいけないんですか? あいつが悪いのに」って全く話を聞かなくてね。おかげで口コミに『あのコンビニには足踏み女がいる』って書き込まれて客足は遠のくし、お店の信用は丸潰れです! しかも、踏みつけた後に耳元で「キモい」なんて暴言を吐いて、楽しそうにニヤニヤ笑ってるんですよ。もう完全に異常者だし、店が潰されると思って、一刻も早く出て行ってもらいました。
*
霊媒師たちの証言
Q1:彼女は、自宅での怪奇現象に悩んで相談に来たそうですが、皆さんはその依頼を断っていますよね。その理由は何でしょうか?
A1:
【霊媒師A】私は彼女の放つオーラを一目見て、本能的に「関わってはならない」と判断しました。
【霊媒師B】私の場合は、背後についている守護霊から強く止められましたね。
【霊媒師C】私も同じです。神仏からのお告げで、この件からはすぐに手を引きなさいと。
Q2:彼女が秘めていた「障り」の正体は、一体何だったのでしょうか?
A2:
【霊媒師B】私の守護霊が言うには、あれは完全な「因果応報」だと。身から出た錆なのだから、他人が手を貸して祓ってはならないと厳しく言われました。
【霊媒師A】ええ、まさにその通りだと思います。彼女の魂の周りは、どす黒い怨念の煙で覆い尽くされていました。あれは、尋常ではない数の一面的な人間から、凄まじい恨みを買っている証拠です。日常のちょっとした人間関係のトラブルくらいでは、あそこまで酷い状態にはなりませんよ。
【霊媒師C】生霊の類ですね。人から深い恨みを買って引き起こしている霊障だからこそ、本人が心から過去を反省し、悔い改めるまでは絶対に祓ってはいけないのだと、強くお告げがありました。
【霊媒師A】それに何より、彼女に私たちを紹介した仲介人の方から、「相当に業が深いから、関わらずに断った方がいい」と事前に助言を受けていましたから。
Q3:事前に、ですか? その仲介人というのは一体どなたですか?
A3:
【霊媒師A】Rちゃんという、若いけれど類を見ないほど強力な霊力を持った、本物の霊能力者です。
【霊媒師C】まだ十代だというのだから、本当に大した才能です。
【霊媒師B】その彼女が「自分は祓わない」と判断して私たちに回してきた案件ですから、まあ、お察しの通り相当なものですよ。
Q4:「祓わない」という言い方ですと、「祓える能力はあるけれど、敢えて祓わずに放置した」というニュアンスでしょうか。
A4:
【霊媒師B】ええ。彼女は、事故のように予期せず取り憑かれてしまった被害者なら、惜しげもなく助けてくれます。けれど、面白半分で心霊スポットに行って憑かれたとか、自業自得な罰当たりをして祟られたというような質の悪いものは、決して除霊しませんから。
【霊媒師C】意外とドライなのよね、彼女……。
【霊媒師A】ええ。見た目は大人しそうな普通の女の子に見えるのにね。
【霊媒師B】もし、あの「足踏み女」の件をもっと深く知りたいのであれば、直接Rちゃんに取材なさってはいかがかしら? 彼女なら、私たちが見たものよりも、もっと多くの真実が見えていたはずですから……。
*
【実録!!】巷を騒がせた「足踏み女」の軌跡を追う!!
「ふーん……、『足踏み女』とは言い得て妙ですね」
彼女は開口一番、記事の仮タイトルを読んでそう言った。「愛ちゃん」の愛称で呼ばれていたという「足踏み女」の取材資料だ。
「足踏み女」は、N県S市で通行人の足を突然踏みつけ、「キモい」と耳元で囁くという奇行を繰り返し、警察に逮捕された女の名称である。
取材を進めていく中で、「足踏み女」が深刻な霊障に悩んでいたという情報を得た。除霊を依頼されたという霊媒師たちに取材協力を求めたところ、一人の仲介人の存在が浮上した。その仲介人もまた類稀なる霊能力の持ち主で、「足踏み女」と直接の面識があるという。
一体、「足踏み女」こと「愛ちゃん」の身に何があったのか。その真相を突き止めるべく、私たちは仲介人である「Rちゃん」への取材を取り付けた。
最初こそ非協力的だったRちゃんだったが、根気よく交渉を重ねると、本当に、本当に嫌そうな態度を崩さないまま、最終的に取材を了承してくれた。
現在、私たちはN県S市のとあるコワーキングスペースで、Rちゃんへのインタビューを行っている。
「Rちゃん」こと「りんちゃん」は、足踏み女の霊視を行い、プロの霊媒師たちへ紹介した張本人だ。
時間が惜しいので、早速取材を始めようと、私はボイスレコーダーの電源を入れた。
「今日はご協力ありがとうございます。それでは始めさせていただきます。世間で『足踏み女』として有名になってしまった愛ちゃんですが、彼女は逮捕前に、深刻な霊障に悩まされていました。最初に相談を受けたのはりんさんだそうですが、その際はお断りされていますよね。その理由は何だったのでしょうか?」
「……別に、大した理由じゃないですよ。あれは『祓うべきじゃない』と判断したからです」
「祓うべきじゃない、というのは?」
「あなたは、祟りを信じますか?」
「祟り、ですか?」
突然オカルトめいた話になり困惑したが、私はとりあえず答えることにした。
「あるんじゃないですかね。私には霊感がないのでよく分かりませんが……」
「愛ちゃんのあれは、完全に祟りです」
「じゃあ彼女は、神社やお寺で賽銭泥棒でもしたんでしょうか」
「いえ、違います。祟りといっても、神社仏閣で罰当たりな行動をすることだけを指すわけではありません」
「そうなんですか? 例えば、他にはどんなことで祟られるのでしょう?」
「泥棒や詐欺を始め、あらゆる悪質な行為によって祟りが引き起こされることがあります」
「なるほど……」
「ええ。愛ちゃんの場合は──」
一瞬、りんちゃんは言葉を止め、その眼鏡の奥にある鋭い瞳をこちらに向けた。
「幼少期の、いじめです」
「ほう……」
「いじめ」という単語の重さに、私は息を呑んで彼女の続く言葉を待った。
「私が愛ちゃんに初めて会った時、彼女はテーブルの下で、私の足を執拗に踏みつけていました。私の容姿も、眼鏡をかけていて大人しそうな見た目ですから、彼女の加虐心を刺激したのでしょうね」
過去の記憶を呼び覚ますように、りんちゃんは目を伏せてさらに続ける。
「その瞬間、私に視えた映像があったんです。それは、同級生と思しきセーラー服姿の女の子の足を無理やり踏みつけて、耳元で『キモい』と囁く愛ちゃんの姿でした。そのいじめられていた女の子も、眼鏡をかけた大人しそうな子だったんです」
「被害に遭った女性たちの特徴と、完全に一致しますね……。つまり、そのいじめられていた女の子が愛ちゃんを祟った、ということですか?」
「というよりは、その女の子を守っている守護霊が、愛ちゃんに罰を与えているんです。相当強い守護霊だったのでしょうね」
「自業自得ですよ」と付け加え、りんちゃんは用意されたペットボトルのお茶を一口飲む。
「悪意を持って、何の罪もない人を侮辱し、傷つけた……。その代償として、あの衝動を抑えられなくなる呪いをかけられたんです」
「しかし……、他人の足を踏みつけにする行動自体は、いじめっ子だった頃の愛ちゃんの行動そのものですよね? なぜそれが、彼女への『祟り』になるのですか?」
「……考えてみてください。他人の足をいきなり踏みつけて暴言を吐くような真似を、平然とやってしまう人間が目の前に現れたら、あなたならどうします?」
「そりゃあ、本気で引きますし、すぐに距離を置きますよ。……あ! ってことは……!」
「そうです。『周囲の人間との良い縁をすべて強制的に断ち切る』ことこそが、彼女への本当の罰なんです」
「なるほど、そういうことですか……!」
「愛ちゃん自身は、自分の身に起きる不運をすべて怪異のせいにして被害者ぶっていました。確かに霊障の仕業ではあるんですけど、全ては自分の身から出た錆、と言った方が正しいですよね」
「確かにそうですね。それほどの悪行をした人間なら、プロの霊媒師たちが誰も助けたがらないのも納得です」
「でしょ? でも、愛ちゃんと私の共通の友人が見かねて、また相談に来たんです。だから仕方なく、もう一度『絶対に祓わない』と断言した上で、愛ちゃんの家に泊まらせてもらって、夜な夜な起こるという怪奇現象の正体を調べたんです」
「その正体は、一体何だったんですか?」
「彼女の相談は、『夜中に耳元でキモいと呟く不気味な声が聞こえて眠れない』というものでした。でもね、その声──愛ちゃん本人が、寝惚けながら自分で呟いていた声だったんですよ」
「え!? じゃあ、愛ちゃんは自分で呟いていた声を自分で聞いて、怪奇現象だと思い込んで恐怖していたんですか!?」
「そういうことです。自分の過去の罪悪感が、無意識のうちに自分の声を呪いに変えていたんでしょうね」
「なんというか……、本当に闇が深い話ですね」
*
取材を終えて帰路についたりんちゃんは、先ほどの記者のことを思い出していた。
「ま、わざわざ言わなくてもいいか……」
りんちゃんが、あの記者に隠した真実は二つある。
一つは、愛ちゃんのことだ。
愛ちゃんは過去にいじめていた女の子の守護霊から祟りを受け、あのような奇行を繰り返した末に自滅した。だが、その「いじめていた女の子」の正体こそ、何を隠そうりんちゃん本人だった。
「愛ちゃん、最後まで全然気が付かなかったな……」
かつて、彼女がなぜ自分をあそこまで執拗にいじめたのか。理由は単純だった。単に愛ちゃんが、りんちゃんのことを激しく目の敵にしていたからだ。
スポーツ万能だった愛ちゃんは、極度の運動音痴だったりんちゃんが許せなかった。体育の授業やチームプレイのスポーツでりんちゃんがミスをするたび、ルールに疎い姿を見せるたびに、愛ちゃんは苛立ちを露わにした。
そして、すれ違いざまに足を踏みつけ、耳元で侮辱の言葉を吐き捨てる。当時のりんちゃんは、ただそれに耐えるしかなかった。
だがある日、愛ちゃんの放った悪意が、そのまま本人へと跳ね返って呪う瞬間を、りんちゃんは目撃してしまった。
中学校を卒業するまで愛ちゃんからの加害は相変わらず続いたが、高校に進学した後、愛ちゃんが別の場所でも「足踏みと侮辱行為」を繰り返しているという噂が耳に届いた。
(まさか、今になってこんな形で再会するとは思わなかったな)
りんちゃんは小さく息を吐き、今度は先ほどの記者の男へと思いを馳せる。男と会った瞬間に視えてしまった「映像」のことを。
りんちゃんは、相手を視界に捉えるだけで強制的に霊視ができてしまう。当然、今日の取材で彼が目の前に座った途端に、すべてが視えてしまっていた。
その映像は、自分を守護する神獣が見せてくれるものだ。愛ちゃんの呪詛を跳ね返し、狂わせたのもこの神獣だった。りんちゃん個人に憑いているというよりは、古くから彼女の一族を守るために存在する、強大で厳格な神獣なのだ。
神獣が見せてくれたのは、あの記者が数日以内に死んでしまう未来だった。
「死相も凄かったけど……。見ず知らずの人にいきなり、あなたもうすぐ死にますよ、なんて言うのは失礼だよね」
神獣は「忠告してやれ」という意味で見せてきたのだろうが、りんちゃんは自分の意思でそれを却下した。
なぜなら彼に視えた死もまた、これまでの人生で積み重ねてきた因果応報による、自業自得の結末だったからだ。
──この二日後。「足踏み女」の事件を追っていた記者が自宅で突然死したというニュースが、静かに世間を騒がせることになる。
最後までお読みいただきありがとうございました。




