第2話:出会い(Encontro)パート1
20XX年7月28日。
私が生まれた、その翌日のこと。
私の家族は、とある場所へと向かっていた。
上を見上げると雲一つない、吸い込まれるような青空。
その晴天の下に、驚くほど大勢の人が集まっていた。あちこちから、私と同じ赤ん坊の賑やかな泣き声が聞こえてくる。
ーーアソル国唯一の大教会、「イグレーナ」。
この国の赤ん坊なら誰もが通る大事な行事、「誕生式」がここで行われるのだ。
教会のシンボルである巨大な時計が、午前7時30分を指した。
その時。
ーーゴーン、ゴーン……。
重く鈍い鐘の音が、町中に響き渡る。
それを合図に、教会の巨大な鉄壁の門が、ギギギ……と不協和音を奏でながら、ゆっくりと開かれた。
待ちわびていた群衆が、ぞろぞろと門の中へ吸い込まれていく。
その様子を見て、幼いキーナ姉ちゃんが楽しそうに指を差した。
「見て見て! みんな『ソンブラ』に飲み込まれていくよ!」
ーーソンブラ。
それは、父が寝る前に好んで話す童話に出てくる、悪い人たちを飲み込んでしまう『黒い影』の生き物だ。
「いいか? お前たちも悪いことをしたら、ソンブラに飲み込まれちゃうんだぞ」
そう言う時の父は、ソンブラ本人かと思うほど、悪人面で話をしていたのを覚えている。
確かに、巨大な門の奥へと消えていく人々の姿は、まるで影に吸い込まれているようにも見えた。
「ねえ! 私たちも早く行こうよ!!」
好奇心旺盛な姉は、その明るさを象徴するような赤髪を肩で躍らせながら、父の腕を急かす。
(流石は私の姉。子供の頃から、メッチャ可愛い!)
父はお姉ちゃんを持ち上げ、ひょいと肩車をした。
「よし、それじゃあ俺たちも行くか!」
「うん!!」
姉は躊躇うことなく、父と一緒にソンブラの門……じゃなくて、イグレーナの門へと向かう。活発な性格は、間違いなくこの父親譲りだ。
「全く、二人ともはしゃいじゃって。……それじゃあ私たちも行きましょう...どうかしたの、ロン?」
赤ん坊の私を抱えた母が歩き出そうとした、その時。
後ろを振り返った母は、その足を進めるのを止めた。
ロン兄ちゃんが、その場に立ち尽くしたまま、動こうとしないのだ。
そこには、今にも泣き出しそうな――というか、もう完全に半べそをかいている、幼い兄の姿があった。
青く澄んだ兄の瞳は、太陽の光と涙が混ざり合って、宝石のようにキラキラと輝いている。姉とは対称的に、そして母と同じ、青いその髪が、今の沈んだ気持ちを表しているようだった。
「僕、行きたくない……だって、ソンブラが……」
ロン兄ちゃんは、涙声で母に訴えかける。
母は全てを悟った。
私を抱えていた両手を片手に変え、空いた手で兄ちゃんの小さな手をしっかりと握る。
「怖がらなくて大丈夫よ。あの門を潜れば、素敵なものが見れるわ」
グズっていた兄が、不安そうに母を見上げた。
「本当に……本当?」
姉と違って、兄は本当に怖がりだ。
ソンブラの話をする時も、姉が楽しそうな横で、兄は心底怯えながら聞いていたのを、私は知っている。
まあ…
ーー正直な話。
このお兄ちゃんのヘタレっぷりは、半分は父親のせいな気がするけれど。
母は優しく、だが確固たる意志を込めて、兄に微笑みかけた。
「大丈夫よ。ロンは良い子だから、ソンブラも心配ないわ」
「それに……」
「貴方のお父さんとは、後でじっくり『お話し合い』をしないと……ね?」
ーー母の顔は笑っていた。
けれど、その声はガチトーンだった。
それを悟ってか、ロン兄ちゃんの瞳から、一瞬で涙が消えた。
(……お父さん、南無)
母はロン兄ちゃんの手を引き、私を抱きしめながら、迷いなくイグレーナの門を潜った。
そう言って母はロン兄ちゃんの手を取り、私を抱きしめながらイグレーナの門を潜った。




