45.祝福
そろそろ宵闇が降りそうな、紫がかった群青色の空。
その下に灯る明かりが、そこに集う人々の明るい笑顔を浮かび上がらせている。
魔王城の、広々としたテラス。そこに並ぶ黒水晶のテーブルには、大勢の人の姿があった。
大半は魔の国の住人で、下半身が蛇とか、背が大き過ぎるとか小さ過ぎるとか、肌の色が緑とか、翼が生えているとかの個性的な人々だ。
その中に混ざって少数、フェリスと同じ人間もいる。
「お待たせ、魔王の御用達・蜘蛛の巣パフェよ」
フェリスは、手に持ったパフェを黒水晶のテーブルに二つ置いた。
座っているのは、人間の男女だ。
「ありがとうございます聖女様! わあ、すごい! 魔の国っぽい!」
マスカット、いちご、桃、パインなどの色鮮やかなフルーツが、グラスの中に綺麗に入っている。その上に、どうやってなのか紫に色付けされたクリームがたっぷり乗っていた。
さらにそのクリームの上に、みずみずしいいちごがこれでもかと盛られ、その上にホワイトチョコレートで蜘蛛の巣が描かれている。チョコで作られた蜘蛛まで乗っている手の込みようだ。
「こんなの見たことないや。勇気出して来て良かった!」
「んもう、最初は行きたいって言ったら嫌がってたくせに」
「言うなよ!」
丁々発止とやりながら、二人とも顔を輝かせている。
「帰ったら安全だったし、すごく良かったってみんなに言っておいてね」
「もちろんです! 勇者リオン様が安全だって言うから絶対大丈夫だって思ってたんですよね。大聖女フェリス様も住んでいらっしゃるし」
「俺、最初はちょっと怖いと思ってたけど……魔の国の人たちって意外と普通でした」
「そうでしょう」
二人にほほ笑み、パフェへと手をかざす。祝福の聖力を流した。
「さ、ショーの前に召し上がれ」
「ありがとうございます!」
二人がお礼を述べ、パフェに舌鼓を打ち出す。それを見届けて、フェリスは席を離れた。
もう夜になる時間だが、この時間が最も賑わう。その理由は、テラスの端に作られた小さな舞台にある。
(そろそろ時間ね)
ふふと笑みを浮かべ、人々が憩うテラスを眺める。
魔王城は、今やちょっとした観光スポットになっていた。
「見た目はおどろおどろしいけど、めちゃくちゃ美味しい!」
「こんな美味しいもん、食べたことないよ!」
「〈推し活魔王の御用達カフェ〉って言うからどんなのかと思ったけど……これは面白いね」
あちこちから上がる声にほくそ笑む。
マオのスイーツも、メメの食事も、どれも美味しい。なにを出しても喜ばれることは間違いない。
でも、なにか面白いものが一つある方が良いんじゃないか。そう言ったマオに、魔王を推そうと提案したのはフェリスだ。
(あの子が戻って来た時に、魔王という存在が少しでも明るいものになっていたら……)
そうなると良い。そこへ向かっていると思うと、毎日が楽しい。
聖女時代とは全く違うけれど、誰かに喜んでもらえる仕事なのは同じだ。
目の前のにぎわいの向こうに、ふと魔王がいなくなった後のあれこれが浮かぶ。
勇者リオンが魔王を討伐してから、それはもう色々なことがあった。
魔の国は、そもそも魔王が支配していた場所だ。マオが来てからは支配が消え、国としてのまとまりは崩れていた。
それをマオが中心になり——時には圧倒的な力を誇示しなければならない場面もあった——国としての体制を整えるのに五年近くの時間を費やした。
これでも、かなり早かったと思う。
そうして、勇者リオンの口添えと尽力により、聖クリスティア王国と国交を結んだのが半年ほど前のことだ。
魔の国の住人は個性的だ。リリーのように特殊な布を作れたり、メメのように巨体で力持ちがいたり、ベルのように魔法が得意だったり……輸出するものが山のようにある。
さらにリオンが、魔王なき魔の国は全く怖くないどころか素晴らしく豊かな地だという吹聴をしている。もちろん、マオの頼みだ。
魔王城は、希望者を雇い入れ、有り余る部屋を宿として解放した。
食堂だけでなく、テラスにも食事の出来る席を作り、観光客を迎えることにしたのだ。
「はーい、みなさーん! ペンライトの準備は良いですかー?」
カフェ店員の声が響くと、人々はおもむろにペンライトを取り出してさまざまな色に光らせた。
リリーが、色を変えられるように魔道具を改良してくれたのだ。
希望者にレンタルしているが、そのレンタル率はかなり高い。
舞台に光が灯る。そこに上がったのは、両手にペンライトをにぎったリリーと、有無を言わせずガルドを引っ張って移住して来たミリアだ。
リリーは黄色、ミリアは紫色。
二人の名を呼ぶ声が上がり、客席のペンライトも黄色と紫に染まる。
ギターやアコーディオン、マラカスなど多種多様な楽器を持った従業員たちが舞台の脇に集まった。
軽快なメロディが流れ出す。
それに合わせて、リリーとミリアが真顔でペンライトをふり出した。運動は得意ではないとは言え、腐っても勇者一行。ミリアの動きにはキレがある。
真顔でペンライトをふるというのはマオの指示だが、これがなんだかじわじわ面白い。
カフェに何度も通ってくる人もいて、彼らはこのショーが目当てだ。
ショーを主に担当してくれるパフォーマーも、何人か雇った。そのみんなに、ファンが付いているようだ。
「ヒュー! ミリアちゃんこっち向いてくれ〜!」
「リリーちゃんパーフェクト!」
観客は、思い思いに叫びながら、ペンライトをふっている。
ひゅんひゅんと光を描くペンライトが、夜の空を駆け抜けた。
その背後で、小さいながらも綺麗な花火が上がる。魔法で花火を出しているのは、もちろんベルだ。
みんな楽しそうだ。
この場所が、これから明るく幸せを紡ぐ場所になって行く。それが心底嬉しい。
自然と笑みが浮かぶ。そのまま、テラスから城の中に入った。
そこで、声がかかる。
「よお、フェリス」
「ガルド! おかえり」
ガルドは魔王城に移住し、国としての組織作りに尽力してくれている。ああ見えて、魔の国の住人からの人望は厚い。
そのガルドの隣には、金の輝き。
「やあ」
「リオン! 来てくれたのね!」
聖クリスティア王国と国交を結んで以来だから、半年ぶりくらいだろうか。久しぶりに会うリオンは、相変わらずマオとは方向性の違う格好良さだ。
年齢を重ねた分、なんだか色気がある気さえする。
「ああ。やっとまとまった休暇が取れたんだ。あちこち行かされるから、なかなか長期の休みは取れなくてさ」
「聖クリスティア王国も相変わらずね」
「君はこんな事もこなしていたんだよな。全く、恐れ入るよ」
「勇者に褒めてもらえるなんて光栄よ」
勇者リオンは、さすがに自由に移住とは行かなかった。
魔王を打ち倒した勇者は、今は聖クリスティア王国の広告塔となっている。あちこちで勇者の功績を伝え、聖クリスティア王国をアピールしているのだ。
元々は大聖女だったフェリスが行っていた仕事のひとつだ。
「ま、世界をひとつにするのも勇者の務めってやつだな」
ガルドがリオンの背中を叩く。それに、リオンはまんざらでもなさそうに頷いた。
聖クリスティア王国の広告塔として、リオンは国内外を飛びまわっている。そこでリオンが伝える話は、人々の心を繋いでいた。
もう、世界の負を引き受ける存在はいない。リオンは剣ではなくその勇者の光で、世界を照らしているのだ。
「腹が減ったなァ。リオンも来たばっかで食ってないんだろ?」
「空いてる席に座っていいわよ。なにか持って来させるわ」
「ありがとう。さ、ミリアの勇姿を見ようじゃないか」
リオンがガルドの背を押し、テラスへと向かう。二人を見送り、フェリスはテラスに背を向けた。
呼び止められる。
「ん? どうかした?」
ふり返ると、リオンが戻って来た。フェリスの前に立つ。
「フェリス、元気だったか?」
「ええ、とても」
「そうか」
リオンがほっとしたように笑った。
いつでもフェリスを心配して、気遣ってくれていた。フェリスにとって、大切な友人だ。
「ミリアが手紙を寄越してくれてたからさ。フェリスに、これを渡したくて」
リオンが差し出した右手の上にあったのは、銀の小さなスプーン。
柄には、慎ましく可憐な聖花の意匠があしらわれている。
「……ありがとう」
フェリスの手のひらよりも小さいそのスプーンに込められた祈りを、確かに受け取る。
「わたしにも、こうやって銀のスプーンをくれた人がいたのかしら」
「そうだろうな。孤児院時代は食事に困ることもあっただろうけど、聖女になって以降困ることはなかっただろ?」
「そうね。孤児院時代も、結局飢えることはなかったもの」
銀のスプーンは、一生食べ物に困らないよう贈られる縁起物。
フェリスは孤児だった。だけどその誕生が祝福されたものだったのなら……そう考えると胸があたたかくなる。
美味しいものに囲まれて、みんなが笑っていて、そういう星の元に生まれたのだとしたら素敵だ。
ずっと、美味しいスイーツを食べて生きて行ける。スイーツは、フェリスの心を幸せにする小さな魔法だ。
「じゃ、また明日にでも」
「うん。ありがとうリオン!」
テラスへ出て行くリオンの背を見送り、キッチンへと向かう。
結局、闇堕ち聖女と転生推し活魔王は、勇者一行のおかげで世界を滅ぼすことは出来なかった。
でも、それで本当に良かったと思う。こうして、心からの幸せを噛み締めることが出来るのだから。
キッチンにいた従業員に、リオンとガルドに食事を出して欲しいと頼む。
二つ返事で引き受けてくれたことに礼を言い、目当ての人物を探した。
キッチンには、いない。
「マオ様なら、フェリス様を捜しに行くって出て行かれましたよ!」
「あら、入れ違いかしら」
パフェを運んだ盆を置き、テラスの方へと引き返す。
その途中で、向こうから歩いて来たマオと出会った。
「あ、フェリス! さっきリオンが到着して————」
「会ったわ!」
小走りに駆け寄る。優しく細められたマオの瞳に、フェリスの胸が鳴った。
毎日一緒にいるのに、ふとした瞬間にときめいてしまう。
それは、スイーツよりも甘い誘惑。
「見て、これをリオンが」
スプーンをマオの前に差し出す。それを見て、マオが嬉しそうに、そして少しだけ悔しそうに笑った。
「リオン、趣味が良いんだよなぁ……」
「ふふ、そうよね」
「勇者ってやっぱり勇者だよね。格好良いなあ」
マオがスプーンを受け取り、優しくなでる。その瞳がフェリスをとらえ、ぐいと近づいた。
額にふいうちの口付けを落とす。
「ひゃ……」
「あはは、フェリスかわいい」
「も、もう!」
ほおが熱い。
マオがフェリスに甘いのは最初からだったが、それは変わることがない。
本当に、愛してくれている。その実感が、毎日毎瞬フェリスの胸を幸せで満たす。
「フェリスはもう交代の時間だよね?」
「ええ」
「じゃ、ちょっと来て」
マオがフェリスの手を取り、歩き出す。
もうラストオーダー分は出し終わったから、マオも終わりのはずだが、どうしたのだろう。
いつもは、なんだかんだ言いつつ後片付けも楽しそうにやっているのに。
「今日も、聖クリスティア王国から観光客が来ていたわよ。マオくんのスイーツ、すごく喜んでたわ」
「えへへ、良かった」
「まさか、魔の国の王様が自分で作ってるなんて思わないでしょうね」
魔の国をとにかく早くまとめるために、マオは一旦王を名乗ることにした。
だが、それも暫定的なものだ。マオはこの国に、王ではなく民が主権の議会を設けようとしている。
完全な移行には、もちろん時間がかかるだろう。周辺諸国にも、そういう体制の国はなかったはずだ。
それでも、王族ではなく国民の代表が国を動かすという新しい思想は、人々の心を動かした。
そのために、ガルドやミリアも尽力してくれているのだ。
「早くスイーツだけ作っていられるようになりたいよ。スイーツ食べて、みんなが笑ってくれたらそれだけで幸せだし、それに」
にこにこと笑ったマオが、部屋の扉を開いた。中へとフェリスを誘う。
見慣れた二人の寝室だ。
「フェリスが美味しいって笑ってくれたら、それが一番嬉しい」
扉を閉じた途端に、マオの腕がフェリスを抱きしめた。その顔を、フェリスの髪に埋める。
「んん〜、いい匂い」
「マオくんどうしたの急に」
「上書き」
マオの唇が、そっとフェリスの唇をついばんだ。
「やきもち?」
「少し」
素直に認めたマオが、フェリスのほおをなでる。熱を帯びた瞳と視線が交わる。
いつかマオが言ってくれたように、これはもうイベントではない。日常の風景。
「僕、ずっとフェリスを推すよ。まぁその、推しは、増えるかもしれないけど……えっと、でもフェリスが世界で一番の推しだよ。僕の最推し!」
「うん。ありがとう、マオくん。わたしも、同じ気持ち」
「えへへ」
ふにゃりと笑ったマオが、再びフェリスに口付けた。今度は深く、深く。
窓の外が輝いた。遅れて、大きな破裂音が耳に届く。
花火だ。ショーの終わりに大きなものが上がる、それが夜空を彩っていた。
スプーンを持ったマオの左手に、フェリスの左手を重ねる。二人の薬指には、お揃いの指輪が光っている。
マオは蒼玉、フェリスは紅玉。
マオの前世では、指輪を愛の誓いの証にしていたらしい。
「フェリス、大好き」
「わたしもマオくんが大好きよ」
「愛してる」
「うん、知ってる」
ほおを寄せ合い、その体温を確かめる。
マオもフェリスも、もうシナリオにはない人生を歩いている。自分の人生を、かけがえのない家族と共に。
あまりにも、幸せだった。そしてきっと、これからも————。
【闇堕ち聖女と転生推し活魔王は、今日も世界を滅ぼせない・完】




