43.光力
「ベル!」
魔王の魔法を避けきれなかったのだろう、ベルが落ちていく。
しめった音を立てて床に落ちたベルに駆け寄った。
大丈夫、まだ息はしている。
「ベルしっかり!」
慌てて聖力を注ぐ。フェリスの横を、メメが走り抜けた。
「メメ! 駄目よ!」
叫び声を上げて魔王へと包丁を向けたメメは、簡単に魔王の闇で弾かれて尻餅を付いた。
「身の程をわきまえろ」
魔王の手にまとわりつく闇が長いものに形を変えて行く。
少しそりの入った、闇色の刀。
「メメぇ! 逃げなさいよぉ!」
回復したベルが飛び立つ。
メメが立ち上がり、逃げようと身体を反転させた。その後ろで、魔王が刀をふり上げる。
「やめろぉぉぉ!」
叫んで切りかかったリオンは、闇魔法で吹き飛ばされた。
そのままふり下ろされた刀が、メメの背中を切り裂いた。
「いやぁっ、メメっ‼︎」
その刀は、倒れたメメの背を二度三度と切りつけた。血が舞う。
魔王がフェリスに視線を向けた。メメから少し離れ、飛んできたミリアの氷の矢を切り捨てる。
「メメ!」
魔王が立っている。それでも、フェリスはメメに駆け寄った。
血の付いた刀ごしに、目が合う。
フェリスの首を刎ねることが可能な場所。それなのに、魔王はさらにメメの背に刀を突き立てた。
メメが声にならないうめき声を上げる。
「やめてぇっ!」
マオが刺された時の光景がメメに重なった。
自分の目の前で、大切な人たちが倒れて行く。
「どうした聖女。回復してやれ」
刀を抜きニタァ……といやらしい笑みが魔王の顔を彩った。そこでやっと、彼の目的を悟る。
魔王は、わざと傷つけフェリスに回復させようとしているのだ。
そして、回復したらまた傷つける。そのくり返し。
だからと言って、回復しないでいられるほどメメの傷は浅くない。魔王を気にしていたらメメが危ない。
メメの傷に手を当て、ありったけの聖力を注ぐ。
「良いぞ、そんなにすぐに傷が治るとはハハッ、さすがは大聖女だ」
魔王が魔法を放った。それが、ミリアの放った炎の矢を撃ち落とし、剣を向けたガルドとリオンを襲う。
魔王が再び闇の刀をふり上げた。
「やめて、やめてぇぇ!」
ざっとふり下ろされた刃が、メメの太ももを切り裂く。
流し続けている聖力で、すぐに傷は小さくなった。そこをまたすぐに刀が突き刺した。
聖力を注ぐことをやめれば、メメの命が危ない。だが、注ぎ続ければ魔王の思うつぼだ。メメをいたずらに苦しめることになる。
(でもダメ、見捨てるなんてだめ!)
魔王はフェリスを最後に殺すと言った。今も、刀の一振りでフェリスを始末できるのにしていない。
ならば、その狂った愉しみに賭けるしかない。
聖力を注ぎつつ素早く立ち上がった。
「やめて、やめなさいよッ‼︎」
叫んで魔王の胸に身体を躍らせる。身体が触れるより一瞬早く、魔王の手がフェリスののどを鷲づかんだ。息が詰まる。
だがそんなことに構ってなどいられない。メメはもっと痛い。もっと苦しい。
素早く左手を魔王の胸に伸ばした。その手ににぎったペンライトを。
「————⁉︎」
ペンライトを通して、魔王の中に聖力を注ぎ込む。
どうか届いて欲しい。マオに、そして全ての闇を背負って泣いていたあの子に。
「ふざけた真似を!」
首をにぎった魔王の手が上がった。足が地面から離れ、あっという間に意識が遠くなりかける。
その瞬間に、放り投げられた。
「フェリス様!」
抱き止めてくれたのはガルドだ。
急激に胸を満たした空気に対応出来ず咳き込む。
こんなことをしている場合ではない。メメを助けなければ。
「お前の相手は俺だぁっ!」
金の光がメメを乗り越え、魔王と切り結ぶ。
魔王の身体を後方に押し込んだリオンに心の中で礼を言い、ガルドに支えられてメメの側に座る。再び聖力を注いだ。
今度こそ回復したメメとともに、魔王から離れる。
すかさず、ガルドが二人を庇うように立った。
「メメとやら、これじゃキリがねぇ! 気持ちはわかるが下がっていろ!」
「ウ、ウン……ご、ごめ……」
わたわたと下がるメメの背を見送る。
メメは戦うためにいるわけじゃない。ベルも、リリーだってそう。
それなのに魔王の餌食になるなんて我慢が出来ない。
(どうしよう、魔王の動きを止めなくちゃ……)
天井を見上げる。そこにいるのはリリーだ。
小さく頷くと、リリーも腕を上げてそれに応えた。
いつでも出せるよう、聖力を練る。
「ガルド! もう一回よ」
「あいよ」
視界の端でリリーが動く。魔王の真上だ。
気づいたリオンが後ろに飛んだ瞬間に、リリーの蜘蛛の糸が魔王に降り注いだ。
糸が魔王に絡みつき、その自由を奪う。
「だめっリリー!」
次の瞬間、魔王から吹き出したのは闇の炎だった。それは拘束する糸に一瞬で燃え移った。糸はまだリリーと繋がったままだ。
リオンが再び魔王と切り結ぶより早く、炎は糸を焼きながら天井にいるリリーへと疾走した。
ミリアの放った氷の矢が糸を切ったが、炎が燃え移るほうが一瞬だけ早い。
「ぎゃぁぁぁぁ」
空気をつんざく悲鳴。闇の炎がリリーを瞬時に飲み込む。
身をよじらせたリリーが天井から落ちた。床に叩きつけられ、それでも生きながら焼かれ暴れている。
肉が焼ける嫌な臭いが広がった。
「リリーっ!」
炎を消さなければと駆け寄るも、触ることすら出来ない。
と、頭上に水滴が浮かんだ。それがどんどん大きくなって行く。とっさに身を引いた。
大量の水がリリーにふり注ぎ、炎を消し止める。
「おおおおお姉さま早く回復ぅぅぅ」
「ありがとうミリア!」
魔王とリオンが剣を交えて戦っている。その音を聞きながら、リリーへ急いで聖力を注ぐ。
魔王はこうやって、延々と自分たちを苦しめるつもりなのだ。もう殺してくれと懇願するまで。いや、その後もしばらくは無駄に、そして残虐に苦しめられるのだろう。
「ごめんなさいリリー、わたしのせいで」
フェリスが、リリーの糸で魔王の自由を奪えると思った。それを、リリーも読み取って行動してくれた。
その結果がこれだ。
「うう、フェリス、ごめん!」
聖力で回復したリリーが身体を起こした。一瞬だけフェリスに抱き付き、側にガルドが付いたのを見てまた壁へと移動する。
(どうしよう、マオくんを助けられないかも————)
一瞬よぎったその考えに、手が震えた。そうなったら、自分はどうなるだろう。
もし、魔王が倒せたとしても、フェリスにとっては絶望だ。
だからといって、相手に手加減したまま戦い続けてもだめだ。それくらいわかっている。
自分たちが負ければ、この世界に勇者はいなくなる。魔王は今度こそ、世界を滅ぼすだろう。
一か百なら、百を取るべきだ。わかっているのに。
「マオくん……マオくんっ‼︎」
泣いている場合じゃないのに、あっという間に瞼が熱くなり、涙が浮かぶ。
視界がにじんだ。
「マオくんッ! 返事してよッ‼︎」
魔王が放った闇の炎が、ミリアとベルの放った炎とぶつかりあちこちで爆散する。
咄嗟にフェリスを庇って抱きしめたガルドの背に、炎が襲いかかった。
ガルドのうめき声が鼓膜を打つ。
「ッ‼︎ ガルド‼︎」
炎はガルドに燃え移る前に消えたものの、ダメージは大きかったようだ。一瞬ガルドが力を失い、その体重がフェリスを押し潰す。
必死で聖力をガルドに注ぐ。ガルドはすぐに身体を引き起こし、フェリスを立たせた。その表情は厳しい。
「そろそろ潮時じゃねェか、フェリス様よォ!」
魔王はリオンと切り結んでいる。その力は拮抗しているように見えた。
しかし、そうしてリオンと激しい攻防を繰り広げながらも、魔王は息をするように魔法を放っている。
ミリアとベルの魔法は、正確に撃ち落とされていた。その撃ち落とす場所が、どんどん二人に近づいて行く。
「マオくんッ‼︎」
リオンが圧倒的な力で聖剣を弾かれ、バランスを崩した。その左腕に、魔王の刀が走った。
血が飛ぶ。
後ろに飛び退き魔王から離れたリオンの顔が歪んだ。みるみる間に、その腕が血に染まって行く。
魔王が、刀をふり上げた。
「マオくん‼︎ いるのよね、お願い応えてッ‼︎」
「ッち、時間切れだ」
飛び出そうとしたガルドを、リオンが手で制した。その視線は、真っ直ぐに魔王を見上げている。
ふり上げられた腕が、止まっている。
リオンがさらに後ろに下がり、聖剣を構えた。その刀身が、まぶしく輝き出す。
「……っ、フェリス」
魔王の口からもれた声は、小さく、それでいてはっきりとフェリスの耳に届いた。
なんの邪悪さもない、その声。魔王と同じでありながら、全く違う————。
「マオくんッ⁉︎」
魔王の顔が歪んだ。邪悪さが現れ、すぐに消える。それを繰り返した。
ふり上げた腕が震えている。魔王の中で、魔王とマオが戦っているのだ。
「くそ、雑魚の分際でッ……リオン、今のうちにっとどめを刺すんだッ」
「だが君は⁉︎」
「良いんだ、フェリスが守れるなら……僕ごと討つんだリオン。君たちが……そうはさせるかッ、フェリスにそうする気だったようにッ」
「いやぁぁぁぁ‼︎」
フェリスはかつて、魔王に汚染されたら、自分を魔王ごと討って欲しいとリオンたちに頼んだ。
その頼みを、彼らは叶えてくれようとしていた。
フェリスにはわからなかったのだ。その頼みがどんなに、残酷なものだったのかが。
「フェリス……君の聖力、届いたよ。ありがとう……僕、もう、思い残すこと……は、ありますけど……後悔はないです。推しが、尊いので……墓に入ります、ね……」
「馬鹿! なに言ってるの嫌! わたしを一人にしないで‼︎」
「ひとりじゃ、ない、でしょ……魔王城のみんな、も、リオンたち、も、いる、でしょ……」
苦しげな表情を浮かべつつも、マオが笑った。いつもそうしてくれたように、優しく。
「俺は光の勇者リオン!」
聖剣が輝きを放った。腕から血を流しながらも、リオンが魔王の前に立つ。
リオンを止めようとして動いた身体は、すぐにガルドに押さえられた。
「光力を、解放する!」
それは、勇者が生まれ持つ勇者たる所以。ガルドもミリアも、光力は持っている。だが、それを外に出せるほどではない。
聖力は、神官や聖女たちも持つ一般的な力。だが、光力はそうではない。
以前魔王の魂と戦った時は、光力を持ってしても難しかった。
光力は勇者の生命力だ。一度解放すると、聖力で回復しても立てないほど疲労する。素早く仕留めないと先にリオンが倒れてしまうことになる。前回は、そうなってしまった。
だが今は、魔王は肉体に閉じ込められ、マオに動きを封じられている。
今しかない。それはわかるのに、心が付いていかない。
「マオくんッ‼︎」
「闇を世界から消すことは出来ない。だが、その闇はこの世界に生きる全ての者が負うものだ。だからお前の背負わされたものは、俺が解放する!」
聖剣の輝きがさらに増し、刀身が伸びたかのように光が伸びた。
魔王の身体の前に、青白い光が浮かぶ。霊子だ。
リオンをじっと見つめ、魔王の胸を指差した。その霊子に、フェリスの中で突如としてある考えが浮かぶ。
フェリスの胸を気にしていた霊子。もし、そうなら————。
「ここ」
「引き受ける!」
魔王の脇に動いた霊子が、いつも通りの陰鬱な視線を魔王に投げた。
リオンが両手で持った聖剣を後ろに引く。
「いや駄目よリオン! 霊子さん良いの⁉︎ 止めて、霊子さん止めてぇぇぇ‼︎」
霊子が小さく首をふった。
リオンの光力に包まれた聖剣が、魔王の胸を貫こうと突き出され——その光が胸を刺し貫いた。
魔王の手から刀が離れ、闇に溶けて消える。首と両手が力を失い下に垂れた。
「フェリス様!」
リオンが叫ぶ。その声にガルドの腕が離れた。
「マオくんッ‼︎」
駆け寄る。その胸を貫いているのは、光のみ。聖剣の切先は、魔王の前で止まっている。
魔王を貫く光は、背中から闇とともに吹き出していた。その闇は、あっという間に光に包まれて消えて行く。
世界の闇が魔王の身体から払われているのだ。
「フェリス様ッ‼︎ あいつらを、救えるか⁉︎」
「リオン……!」
リオンは魔王を聖剣で貫けば、それで良かった。それが勇者の役割だ。
魔王は討伐され、世界の闇の押し付け先がなくなる。そうして、人は新たな世界を生きていくことになる。そういうゲームなんだと、マオは言っていた。
それなのに、フェリスにチャンスをくれているのだ。魔王と、そしてマオを救うための。
「やってみる!」
魔王を貫く光に重なるように、聖力を注ぐ。
霊子の手が横から伸びた。触れないはずの霊子の手が、フェリスに触れたような気がした。
「連れて、行って」
「ええ。行きましょう、約束だもの」
頷き、光力と聖力の流れに意識を集中した。
ふわりと意識が浮き上がった。今度こそ、霊子の手を取る。
そして、魔王の深淵へと身を踊らせた。
* * *




