13.光鉱石
魔王城に来てから慌ただしく、最初は気になっていなかった。
しかし、気持ちが落ち着いてくると見えてくるものがある。
「ねえ、メメ。ここって、光鉱石は使ってないの?」
魔王城のキッチン。美味しそうな匂いにつられて入ったそこでは、メメが竈で火を焚いていた。まだ日は高いが、これから夕飯の仕込みをしようとしているらしい。
聖クリスティア王国では、本物の火を使うのはよほどのこだわりがある人だけだ。大体は、光鉱石を組み込んだ魔道具などで代用出来る。
「明かりも蝋燭だし……」
明かりだって、光鉱石さえあれば安全に自由に使える。明かりを付けたり消したりも簡単で、火を使わないから安全だ。
「光、鉱石……は、聖クリスティア王国の、もの。ない」
「あ……そっか」
光鉱石が産出されるのは、世界で聖クリスティア王国だけだ。だからこそ、光鉱石を輸出することで、世界随一の大国になれた。
聖力を込めた光鉱石は、さまざまな用途に利用出来る。光鉱石に聖力を込めるのも、聖女の大きな仕事のひとつだ。
「うーん、そんなこと考えてなかったわ。一つくらい光鉱石をポケットに入れておけば良かったわね」
今となっては後の祭りだ。光鉱石さえあれば、聖力は込め放題なのに。
光鉱石に聖力を込める仕事も、フェリスは休まず行っていた。用事があるとか、体調が悪いとか言う他の聖女や神官たちの分も。なにせ聖力は無尽蔵にある。フェリスが大聖女と呼ばれる所以だ。
そのフェリスがいなくなり、彼らは苦労しているかもしれない。
「欲しいな、光鉱石……」
楽しいとまでは言わないが、自分が頑張ってこなしていた仕事だ。人の役に立つ仕事だとわかっていたから、毎日の単調な作業も苦ではなかった。
その光鉱石は、聖クリスティア王国を出ればほとんどない。あったとしても法外な値段のはずだ。
聖クリスティア王国は、清廉な雰囲気の国名の影で、光鉱石外交をしていた。金に汚い国なのだ。
そもそも、魔の国との国交などもあるはずもなく……。
王都にまで戻らなくとも、聖クリスティア王国に入れば光鉱石は手に入る。
あとは適当な魔道具を買い足せば、もっと生活が豊かになるだろう。
「お料理ありがとうメメ。マオくんに聞いてみるわ」
メメに礼を言い、キッチンを出ようと踵を返して——キッチンを覗いていた女と目が合った。驚いて反射で悲鳴を上げてしまう。
女は、全体が青白く透けていた。透けているのだから人間ではないのだろう。
顔はまだ若く美人でありながら、精気がなく表情も暗い。長い髪は細かなウェーブを描き腰ほどまで垂れている。
女は、フェリスの悲鳴に驚いたかのように、ひゅっと首を引っ込めた。だが、身体を隠すことを忘れているのか、着ているスカートは半分こちらへ出たままだ。
「あ、彼女、は、れ霊子サン」
「霊子さん?」
もしかして、シャイだと言われていたもう一人の住人だろうか。
「霊子サン、ずっと前からここに住んでた……」
「そ、そうなんだ。霊子さん、わたしはフェリス。マオはくんから聞いてる?」
そーっと、霊子が顔を半分だけ覗かせた。無表情のまま一度コクリと頷くと、今度こそスカートの裾を翻した。去って行ったようだ。
なるほど、魔王城の住人たちは個性的だ。
「フェリス様ぁー! どうしたんですかッ‼︎」
遠くからマオの声。そして、バタバタとした足音がキッチンへと走り込んで来る。
「マオくん! 驚かせてごめんなさい、さっき霊子さん? がキッチン覗いてたのに気づかなくて驚いちゃって」
「な、なんだぁ良かった。悲鳴聞こえたからどうしたのかと」
ほっと胸を撫で下ろしたマオが、霊子さん悪い幽霊じゃないんですよとフォローを入れてくれる。
「幽霊、なんだ?」
「はい。透けてたでしょ? ずっと魔王城にいるみたいなんですけど、シャイだし自分のこと喋らないからわからなくて。でも、良い人っぽいですよ!」
にっこり笑ったマオに、フェリスは頷いた。マオがそう言うなら間違いないだろう。
「驚いちゃって、悪いことしたな」
「彼女はわかってくれてますよ」
「でも」
「どうしても気になるなら、あとで謝りましょ。僕が、フェリス様を驚かさないように突然現れちゃだめだよって言ったんですよね。それで覗いてたのかも」
ということは、普段は突然現れたりもするのだろうか。幽霊だからそうなのかもしれない。
「霊子って名前、変わった響きね」
「名前がわからないから、日本風の名前で呼んでるんですよ。彼女もそれで反応してくれるし」
出た、日本。
たしかに、ここら辺では馴染みのない発音だが……。
「ところで、ここでなにしてたんですか?」
「あ、いや美味しそうな匂いがしたから……」
そっとメメを振り返ると、彼の一つ目がぱちぱちと瞬いた。
ウンウンと頷いて、彼は火加減の調整に戻る。
「あ、そうだマオくん。光鉱石が欲しいの。あったら便利だと思わない?」
「……たしかに。さすがフェリス様、冴えてる! フェリス様がいれば使い放題……!」
光鉱石に込められた聖力は、使うごとに減っていく。また込め直せばいいが、それにはお金もかかる。
その点、有り余る聖力を持つフェリスがいれば消耗を気にしなくてもいい。
「光鉱石があっても消耗品だからと思ってましたが……そうだ、光鉱石でペンラを……」
ぶつぶつと何事かつぶやきながら考え込むマオの手を取る。
「買いに行きましょう光鉱石!」
「そうですね。ありがとうございますフェリス様! 光鉱石があれば、メメも楽になるし、明かりも不自由しないし、冬になれば暖も取れる。他にもなんでも出来ますね。良いことだらけ!」
ひっしと手を握り合い、頷く。
「王都からちょっと離れた街に行きましょう。リオンたちにも邪魔されないと思いますし」
「決まりね!」
「はい! 推しとデートイベントですね!」
「デートイベント……」
はっとしてマオの手を離す。そうだマオは大人。フェリスと同い年の十九歳だ。子供の見た目に騙されてはいけない。
マオの姿が闇に包まれた。その姿が歪み、縦に伸びた。闇が晴れると、そこにいたのはあまりに美しい美青年魔王。
「フェリス様。僕がエスコートします」
離れた手を大人マオがすっと掬い取る。真紅の瞳と目が合い、鼓動が跳ねた。
別タイプのイケメンであるリオンとは仲が良かったと思っていた。だが、さすがに手を取り合ったことはない。
「あ、ありがとう……」
いくらマオといえど、大人の姿だと男性を意識しないではいられない。
これまでずっと仕事ばかりに集中していた。だから、リオンとガルド以外の男性とは、事務的な話しかしたことがないのだ。
こんな距離感は、初めてだ。それに、リオンに感じるものとはなんだか、違う気がする。
「じゃあメメ、行ってくるよ。ご飯は帰ってから食べるから、君たちは先に食べといて」
マオがメメに笑いかけた。その笑顔すら絵になる美しさだ。マオはそのことに気づいているのだろうか?
フェリスの気も知らず、メメがウンウン頷くのを確認してマオは歩き出した。フェリスの手を握ったまま。
「い、今から⁉︎」
「善は急げですよフェリス様! これでペンラふれます、うふふ……」
* * *
「どうしたんだ急に!」
馬を走らせながら、ガルドががなった。そのガルドの後ろでは、ミリアがふり落とされないよう必死にガルドにしがみついている。
そんな二人を横目で見ながら、リオンは馬の足をゆるめることはしなかった。
「二人は王都に残っていてくれていい!」
「んだよ、水くせぇな」
「俺にもよくわからないんだ!」
魔王とフェリスの襲撃に備えて、王都に居るべきだと思っていた。それなのに、急に行かなければという衝動に駆られたのだ。
今、自分がどこへ向かっているのかもよくわからない。ただ、なにかに導かれるかのように進路を決めていた。
「ははぁん。それはきっとあれだ、フェリス様探知能力じゃねェか?」
「馬鹿な」
「わかんねェぞ。お前、伊達に勇者やってるわけじゃねえだろ?」
勇者。神に選ばれし運命の子。
リオンは生まれた時から、圧倒的な光を内に持っていた。それは、勇者という伝説の存在と同じ特徴を示していた。
さらにはなにをやらせても人並み以上、剣技に至っては右に出るものはいない。
「おおおお姉さまがどこにいてもわわわかるって言ってたよね。だからいいつも待ち伏せ、ししして……」
「変質者みたいな表現はやめてくれミリア」
ただ話したかっただけだった。近くにいる様子なら、少しだけ。そんな気持ちだ。待ち伏せみたいな仰々しいものではない。
勇者として、世を脅かす魔王と戦うリオンのことを、皆が特別扱いしてくれていた。それが、少しだけ窮屈だった。
フェリスもまた、特別な存在だ。それなのに、彼女は気さくで話しやすく、そして真面目に働いていた。人の役に立つことを喜んで行う、本物の聖女。
特別な存在同士、等身大で話が出来る相手だったのだ。
「まァ、王都には聖職者がわんさかいるからな。もし魔王が来ても少しの間ならなんとかなるだろうぜ」
「しかし……」
「オレは、リオンの勘を信じる。ま、なにもなかったら別嬪さんでも拝んで帰ろうぜ」
「そそそういうのは、良くないっ!」
両手を離せないせいか、ミリアはガルドの背中に頭突きで抗議し出した。その様子に、少しだけほほ笑ましい気持ちになる。
魔王から自分達を救ってくれたフェリスを、この手にかける。フェリスは祟ると言っていたが、本当にそうしてくれたらどんなに良いだろう。
「恩に切るよ」
「仲間だからな!」
力強く言い切ったガルドに、心の中で感謝した。そうだ、ガルドとミリアがいるから、この辛い役目にも立ち向かえる。一人じゃないから。
(この先にいるのか? フェリス様……)
* * *




