12.魔王城の住人たち
「まあ!」
立ち上がり、メメの前に歩み寄る。強面だが、悪意は感じられない。
なにより、ちゃんとコック服を着ている姿がユーモラスだ。
「料理をそのおっきな手で作ってくれているの?」
「ウ、ウン……」
巨体の割に小さな声でメメが頷いた。その大きな一つ目が、パチパチと瞬く。
サイクロプス。存在は聞いたことがある。魔の国に住む鬼だと。
確かに、見た目は鬼と言われればそうだろう。しかしメメは繊細で美味しい料理を作り、フェリスに出してくれていたのだ。
「ありがとうとっても美味しいわ!」
「ヘヘ……魔王サマ、の、推しに、褒められた……」
メメの表情にはあまり動きがない。しかし、一つ目は忙しなく瞬き、声が少しだけうわずっている。
「彼はずっと魔王城にいるの? それともマオくんが連れて来たの?」
「僕じゃなくて、フェリス様が討伐に行った魔王の方ですけど、その魔王の頃からいたみたいですよ」
「そ、そうなんだ⁉︎」
ウンウンと大きく頷いたメメには、闇も邪悪さも感じない。
「でも、あんま、覚えてない……」
「操られてたみたいです」
「そう……」
たしかに、魔王は手下を連れて攻め入って来ていた。そのせいで被害も多い。
なんと言っても、魔王が引き連れてくる手下は、人間と比べて頑丈で力もあり、体力気力ともに恵まれている。勇者でもないと対抗出来ない。
「僕が転生して来て、みんな洗脳が解けたみたいで。もう自由だから好きなとこ行って良いって言ったんです。でも、ここに残ってくれた人達もいて。メメもその一人なんですよ」
「そうだったのね。おかげで、人生で一番美味しい食事が取れているのね」
復讐するなら、闇の軍勢とというのは魅力的ではある。でも、メメのような善良そうな存在を操るのも、それはそれで違うだろう。
それに、食事は大切だ。孤児院時代も聖女時代も、いつもお腹が空いていた。お腹が減っては戦は出来ない。
「今の、魔王サマ。メメにいて良いって。だからいる」
「いてくれて嬉しいわ! 次はあなたも一緒に食事しましょうね」
コクコクと頷いたメメに笑いかける。その時だった。
「マオっち〜呼んだ〜?」
妙に艶っぽい女性の声がした。フェリスの耳が悪いのでなければ、頭上から。
見上げて、そこにいた存在に感嘆の声を上げた。
そこに浮かんでいたのは、小さな女性だった。体つきはむっちりした大人のものだ。
赤い髪を揺らすのは、背中に生えた透明な羽の羽ばたき。
上にいるせいで、顔はよく見えない。
「呼んだ呼んだ。フェリス様に紹介しようと思って。フェリス様、彼女はピクシーのベルだよ」
ベルと呼ばれたピクシーが、高速で羽ばたきながら降りて来た。メメの肩に座る。
その顔を見た瞬間、フェリスの脳裏に魔王が王都に攻めて来た時の記憶が蘇った。
「あーッ! あ、あなた……!」
露出多めのセクシーボディと、その身体に似合わない品のいい整った顔。
その顔にフェリスは見覚えがあった。
「ん? あなたがフェリス様?」
「ええ。あなたにとっても! 苦戦させられたわ!」
フェリスの言葉に、マオが驚いて目を丸くしている。
「んん? 戦ったことなんかあったかしらぁ?」
「覚えてないの……? 空から王都を襲撃した魔王があなたを連れて来ていて、リオンたちに魅了の魔法を……」
「あ〜、操られてた時かしら〜?」
ベルは小さく首を傾げて、至近距離でメメと顔を見合わせた。
「そ、そっか……あの時は操られてたんだ……そうね、わたしも闇堕ちしてなかったし……」
魅了の魔法は、リオンにもガルドにもフェリスにもかからなかった。ただ、よりにもよってミリアにかかってしまったのである。
そこからはもう大混乱だった。王都の広場にミリアを誘い出すのには成功したが、正気を失くしたミリアはどんどん魔法を放ちまくったのだ。
フェリスは聖力で防壁を張って、なんとか人々や出来る限り建物を守った。
やっとガルドがミリアに峰打ちを食らわせて気絶させた頃には、ほとほと疲れ切っていた。怪我人が出なかったのが不幸中の幸いだ。
その後、フェリスの聖力を込めた魅了耐性の腕輪をミリアに付けさせたのは言うまでもない。
「まあ、いいじゃなぁい過去のことは。闇堕ちオメデトウ聖女様。アタシたちとイイコトしましょお?」
「……えーと、そ、そうね……?」
あの時は敵だったが、フェリスはすでに闇堕ちした身。マオの元にいる彼らとは仲間だと言える。
「ベ、ベルは魔法、得意」
「あら! 教えてもらおうかしら!」
魔法に長けたミリアを魅了した存在だ。そりゃあ、魔法は得意だろう。
「えぇ〜めんどう〜」
「まあまあ。ベル、フェリス様に闇魔法教えてやってよ」
「ん〜。まあ、マオっちがそう言うなら〜?」
くねくねとしなをつくりながら、ベルが髪をいじった。その様子は、あざとくも可愛らしい。
(前に戦った時は憎たらしく思ったけれど、操られていたんだし……なんだか不思議な気分だわ)
まさか自分が世界を滅ぼす側になるなんて、考えてもいなかった。
「あ、やっとリリーが来たわよぉ〜」
ベルがふわっと飛び立ち、食堂の入り口の方へと飛んで行く。そこに現れたのは、蜘蛛女だった。
「ひっ」
さすがにフェリスののどから悲鳴が出かかる。別に蜘蛛が苦手とかはないが、蜘蛛にしてはあまりに大きい。
上半身は、綺麗な金髪の女性の姿だ。しかし、下半身は巨大な蜘蛛。八本もある足は毛で覆われ、足音すら立てずにこちらへと進んで来る。
その蜘蛛女リリーの肩に、ベルが座った。
「フェリス様、蜘蛛苦手ですか?」
「ううん、大きくてびっくりしただけ……」
さすがにリリーが人間の住む場所に現れたら、大騒ぎになるだろう。敵意があるかどうかは別として。
そう思うと、魔の国を恐れる人々の気持ちはわかる。フェリスだって、今まではそっちの立場だった。今怖がらずに済んでいるのは、マオの仲間だという信頼があるからだ。
「こんにちは、フェリス様!」
フェリスの目の前で止まったリリーが、ぺこりと頭を下げる。それにつられて、フェリスもお辞儀を返した。
「リリー、フェリス様のお洋服、作る!」
「リリーの出す糸はめちゃくちゃいい生地になるんですよ! しかも、魔力を注ぐことで伸縮させられるので、サイズの形状記憶も可能!」
にこにこしながら言ったマオが、自分達の着ている服は全部リリーの糸で作ったと説明してくれる。
マオが大きくなったり小さくなったりしても服のサイズがピッタリなのは、この形状記憶のおかげらしい。
聖クリスティア王国では、蚕から糸を取っていた。絹だ。さすがに聖女の箔のために、フェリスも絹の服を着せられている。
蜘蛛の糸も、そういう風にいい生地になるだろうことは想像に難くない。事実、マオと出会った時に、いい生地の服だと思ったくらいだ。
「糸いっぱい出せるッ! お役立ち」
キリッとした顔でそう宣言したリリーに、笑いが込み上げる。
なんだか、可愛い。そう思うと、大きすぎる蜘蛛の足も、もふもふした可愛い生き物に思えてくる。
「実はあと一人? いるんですけど……ちょっとシャイで。そのうち会えるかな」
「そっか、楽しみだわ。みんなで食事しましょうね」
「ウ、ウン。いっぱい、作る!」
「うふふ、ありがとうメメ」
魔王城には、フェリスにとっての初めてが詰まっている。そう思うと、自然と心が弾んだ。
復讐をしたら、悠々自適生活もありかもしれない。
(って、世界滅ぼさなきゃ)
そしてフェリスがこの魔王城に君臨すれば良い。そうしよう。
でもとにかく、ここでは楽しく暮らせそうだ。
「みんな、よろしくね!」
* * *




