春嵐
梅花の咲き誇る九月の春。
三年に一度行われる官僚の登用試験に向けて、宮中は慌ただしく動く。
大陸中から集まる、二万を超える受験生。
当然ながら試験用の人員の動員数もすさまじく、試験官、警備兵や雑用など、合わせた数は万を優に超える。
受験生たちが会場の入場口に殺到するその様子はまさに暴風の様。
「ふう」
真昼時、筆を置いたクリカラが一息つく。
枝分かれした二本の角と青い鱗の尻尾の生えた黒髪の竜人。
鱗に覆われた手は青く、左右の目が赤青の色違いで教育機関をつかさどる文部大臣を務めている。
「クリカラ様、よろしいでしょうか?」
扉越しに入室の許可を求める従者に「入りなさい」と即答する。
「失礼いたします」
扉を開け、床に膝を付いて入室の挨拶を済ませると、男の従者は静かに進み出る。
「試験の答案用紙の見本でございます、ご確認をお願いいたします」
従者から受け取った見本を机に開き、確認する。
詩文の作成と教養、文字の読み書きに慣用句に数学など、実務は当然のこと、皇帝の宮廷で暮らす官僚としてふさわしい人材を求める内容である。
「特に問題はありませんでした、このまま陛下に提出します。
下がりなさい」
「失礼します」
入室時と同様の作法で従者が退室すると、漆塗りの容器に書類を入れて試験を統括する皇帝の元へと向かう。
朱塗りの柱が無数に並び立つ廊下。
外には各地から取り寄せた花木が植えられ、風が吹く度にその香がクリカラの鼻腔をくすぐる。
反対に目をやれば草を食む草食竜。
高官の乗る牽引式竜車の動力であり、宮中にふさわしい金銀の装飾で豪華に飾りがつけられている。
歩くこと三十分、皇帝の執務室のある建物にたどり着く。
豪華絢爛な装飾が施され、周囲には厄除けとしての小川が流れている。
「ご用件を」
「答案用紙の見本の提出に参りました」
門番に用件を述べ、石で出来た三十段の階段を上る。
一段一段の左右には衛兵が並び、全員が異常がないかを目を光らせている。
「失礼いたします」
皇帝の執務室の扉を開け、挨拶。
髭の生えた老皇帝に対して三回膝を付き、九回頭を下げる三跪九叩頭を行う。
要件を述べ、膝をつきながら頭上にあげる形で答案用紙の見本の束を黒檀の机の上に提出する。
「よろしい」
一通り確認を終え、皇帝は認可の判を押す。
課題をひとつ終えたことに安堵するも、すぐに気持ちを切り替える。
次に始まるのは、人数分の答案用紙の用意。
活版印刷があるとはいえど、その労力は凄まじい。
部屋の外に出て廊下を歩き、大臣自ら宮中にある専門の印刷所へと向かう。
「これはこれは、大臣。どのようなご要件で?」
印刷所前にたむろする召使いに挨拶を済まし、要件を述べる。
「試験の草案の認可をいただけたので、印刷の手配に参りました」
「わかりました、所長に取り次ぎますのでお待ちください」
召使いが印刷所に入ってしばらく、所長が姿を現す。
長い髭の生えた、老年の男性。
「お話は聞きました、中で草案を見せて頂けますか?」
「わかりました」
所長に先導される形で印刷所内に向かう。
中では数十人の作業員が活版印刷用の文字判を並べ、書籍や官報を印刷する。
「作業は順調な様ですね」
「蘭国から導入した印刷機のおかげで、以前とは比べ物にならないほど作業効率が上がりました」
大陸の北に位置する国家、蘭国。
天貫山と呼ばれる巨大な山脈を隔てた先にある彼の国では機械を使った文明が発達しており、真国にとっての貿易相手の一つである。
カタカタと鳴り響く機械音を耳にしながら、応接室に着く。
透かし彫りの木の机を挟んで所長と向き会う形で上座に座る。
「草案をお願いします」
「こちらに」
机の上に草案を置き、所長が蓋を開けて中身を手に取る。
「なかなかの難易度ですね、私如きではとても解けそうにありません」
「ハハハ」と苦笑いする所長。
「ひとまず、こちらの印刷に関しては試験前には間に合うかと」
「それは何よりです。
では、私はこれで」
手配を済ませると、今度は帝都防衛の要である玉門台に向けて馬を駆る。
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他にも、追放された王様の物語や女帝と呼ばれた海軍大将の戦記などのいろいろな作品を書いているのでよろしければ見ていただけると幸いです。




