3人の少年
「ユンググリューン・ゴルドファルベン第一王子殿下が入場されました」
僕は、パーティー会場に遅れて入場した。王家に相応しい凛とした佇まいだと褒められる様に、一歩ずつ前進む。
パーティー用の上質で品の良い衣を身に纏うと、気分が高揚する。まだあどけなさが残る面立ちは、少しだけ気に入らない。
フワリとした柔らかな光を纏った金色の髪をゆるく編み込むことで、より中性的な印象を与えるから、可愛いと言われてしまうのだ。
グリーンの瞳の色は、父に似たけど、優しそうに見えるのは、母譲りだ。
その瞳で、一斉に頭を下げている来場者全体を見渡す。
「皆、頭を上げよ。今日は硬くならず、ゆるりと楽しんでくれ」
良く通る声で一声掛けると、ザッと音がする様に、皆頭を上げた。
色々な視線がこちらを見ている。
子供たちはこちらに対して、概ね好意的だ。
この後は、高位貴族の子供から順番に挨拶に来る予定になっている。
今日は『能力診断』を終え、10歳になった子供たちとの顔合わせだ。
成長した暁には、側近や妻に迎える子もいるのかもしれないので、交流は大事だ。
よく見知った顔が、会場の端から上品でありながら、物凄い足早にこちらに向かって来る。
「最大限の敬意を込めて、ご挨拶致します」
優雅に左胸に手を置き、綺麗な角度で頭を下げるのは、黒髪と深く透き通った青空色の瞳。
整った顔立ちは一見冷たそうに見える。
青年は素早くこちらに来たのに、全く息も乱れていない。
——コイツ、いつも全く隙がないな。
何事もなく、こちらにたどり着くと、いつもの定位置、右斜め半歩後ろへ収まる。
身長が、僕よりも拳ひとつ高いのも正直気に入らない。
ちなみに、左斜め後ろには同年代の護衛騎士見習いが付いている。
こいつも護衛だけあって、とてもガタイが良く拳二つは大きい。
挨拶を受けるため、3人で高座に移動する。
「アズールが慌てるのを見たのは久しぶりだな。何があったのか?」
彼の姿を見なくても分かる。
今右斜め後ろからは、冷たい空気が流れて来ている。
深く透き通った青空色は、冬のキリリと冷たい青空色になっているだろう。
「殿下と落ち合う予定の場所に向かったはずなのですが、時間になっても現れず。
お迎えに行く途中、メイドから既に会場に向かわれたと聞き、急ぎ戻って来た次第ですが、殿下は一体どちらに?」
スラスラと無感情な喋り方は、寧ろ抑えた圧を感じる。
「済まない。王宮ロビーの階段下でシュピネル家の令嬢が倒れていたので、ヘルグラウにゲストルームまで運んでもらっていたんだ」
こちらこそ予定外だったんだ。
「ロビー階段下で、ですか?誤って落下でもしたのですか?怪我などは?」
無表情ではあるが心配している。アズールは冷血ではないのだ。
「いや、怪我は無かった。念のため宮廷医官に診断させたよ。何事も無かったからヘルグラウに運ばせたんだ。
ヘルグラウ 、運ぶ時はどうだった?10歳の割に、だいぶ小さかったよな」
銀灰色の髪にアッシュグリーンの瞳、穏やかな性格を表したような優しい目元。
人柄の良さが一目で分かるが、ヘルグラウは怒らせたら多分一番怖い。
とりあえず、アズールの視線が怖いので、護衛騎士見習いのヘルグラウを会話に巻き込んだ。
「10歳なりたてだとしても、若干小さかったように思うけど令嬢だと小さめな方もいますよ。倒れているのを見た時は、ヒヤッとしました。診断後に運ぶ時は、すやすやと眠っているようにしか見えませんでしたけどね」
——まさか、彼女はただ眠っていたのか?
「何にせよ無事で良かった。大方道に迷って歩き疲れたんだろう。令嬢が外で眠るのは流石に警戒心がなさ過ぎる。シュピネル家の奥方には気をつけるよう伝えたがな」
奥方の慌て様から見るに、元々体が弱いのかもしれない。
きっと帰ったら説教が待っているのだろう。
可哀想な事だな
「殿下はお優し過ぎます。令嬢が王宮ロビーの階段下で眠るだなんて。しかも、殿下のお手を煩わせるなど、完全な失態ではありませんか」
おっと、令嬢に怒りが向いてしまったか?
私に向かう苛立ちを令嬢に移すのはまずい。
「まぁ、そう避難してやるなアズール。初めての王宮で緊張もしたのであろう。
医官が見た時、歩き慣れない靴だったのか踵に靴擦れができていたらしいぞ?
なあ、ヘルグラウ 、令嬢は大変だよなぁ?」
何とかしてくれ、ヘルグラウ!
「あー、確かに抱える時、靴と靴下に血が滲んでいましたね。綺麗な白にライラック柄のドレスと揃いの靴だったろうに。あの靴はもう使えないだろうなぁ」
ヘルグラウの言葉を聞き、アズールの顔色がサッと変わった。
「…白と、ライラック?」
何故だ?アズールの目が泳いでいる。
「アズール、どうかしたか?」
なんでアズールが気まずそうなんだ?
「…その令嬢の髪の色は?」
なぜそんな覚悟が決まった顔をしてるんだ?
「んん?黒?いや、濃い紫?黒い紫?だったかな?殿下分かりますか?」
ヘルグラウは上手く表現できない様だ。
「紫黒だな。シュピネル家当主と同じ色だ」
アズール、額に手を当てて唸っているのは
なぜなんだ?
「ゔぅ・・・私のせいかもしれない」
アズール、一体何をしたんだ?
顎に手を当てて、考え込んでいるアズールのことは気になるが、
立場上挨拶を受けなければならないので、呑気に喋っているわけにはいかない。
僕は次々と挨拶を交わし、『能力診断』が終わった祝いの言葉を述べ、歓談の時間になる。
第一王子の立場は高い。
お陰で皆、良いことしか言わない。
私に平気で物申すのは、乳兄弟のアズールと護衛のヘルグラウだけだ。
アズール曰く、私は人に甘いらしい。
いつか騙されるぞと脅されているが、アズールがいつも周りを見てくれているから安心だ。
ヘルグラウは護衛ではあるが、普段は気が優しいので何かと甘えている。
歓談の切れ間に、先程、挨拶を済ませた令嬢達に話しかけられた。
「あのっ、殿下にお尋ねするのは違うのかもとは思うのですが、先程からシュピネル様のお姿が見られないのですが、会場にはいらっしゃらないのでしょうか?」
2人組の令嬢だ
「彼女の知り合いかな、探しているのかい?」
何が用事でもあったのだろうか?
「いえ、今日初めてお会いしたのですが、気付いた時に顔色がすぐれず、気になっていた所、
退席なさって、王宮噴水の方へ1人で向かわれた様だったので、気になって…今もお姿が見えないので心配で」
2人の令嬢は緊張しながらも、必死に此方に伝えてくる。
僕に話しかける口実や、悪意はなさそうだ
「シュピネル家の令嬢は体調を崩されたので、奥方と共に既に王宮を出ているよ。
医官に診てもらったから、心配しなくても大丈夫だ。気にせずゆっくり過ごすが良い」
2人はほっとして、顔を見合わせ微笑んだ
「ありがとうございました。殿下のお時間をいただき心よりお礼申し上げます」
2人は深々と礼をして、仲良く連れ立って去っていった
「又、世話をやいていたのですか?」
ヘルグラウから呆れた声と、クスっと笑いが漏れてきたが、聞かなかった事にする。
歓談の時間も頃合いだ。私もそろそろ退席する時間だ。
僕げ席を立つと、来客は会話を止めて、一斉に此方に注目した
「殿下の退出です!」
進行役の声に皆が又頭を下げる。
その姿を視界にとらえながら、アズールとヘルグラウと共に庭園を出て王宮内に戻った。
「…殿下」
アズールよ、この世の終わりの様な空気で僕を呼ぶのは止めてくれないか?
「アズール、一体何があったんだ?」
私室に戻り、ジャケットを脱ぎ、少し寛いだ気分になった私は、立ったままのアズールをソファーに座らせた。
「失敗…しました」
アズールは、なぜか顔を手で覆ったまま天を仰いでいる
——何を、いつ、何をした?
「何の事だ? 僕なら分かるが、普段から隙がない君が失敗とは聞き捨てならないが」
口調も2人の時の友人同士のそれに変える
「や、ユングは頼むから失敗しないでくれ! やらかしたのは俺だ。
俺はシュピネル家の令嬢に、倒れる直前、噴水で会ったんだ。
2人組の令嬢が、シュピネル嬢が顔色悪く退席したと言っていただろう?」
心配していた令嬢達か?
「シュピネル嬢に会ったのが失敗って、まさかアズール、何かしたのか?」
いや、アズールに限ってそれは無いか