全ての物語に始まりがある。
▪️ティーフロート10歳、ちょっと先のお話。
「あぁ、今日もうるさいなぁ」
目の前には、色とりどりにキラキラ煌びやかに着飾った、紳士淑女と言うにはまだ早い、子供たちが集められている。
王宮庭園でのガーデンパーティー会場だ。
会場の隅には、小さなお菓子や軽食が、可愛らしく上品に並べられている。
ここに大人は、給仕しかいない。
保護者の皆様は、屋内で集まり情報交換をしつつ、目的は10歳を迎えた貴族の子供たちの顔合わせだ。
7歳を迎えた子供は神殿にて『能力診断』を行い、『能力有り』と判断された子供たちは10歳になると
[ゴルドファルベン王立総合学園]
に入学する決まりがある。
国は将来有望な子供たちには、教育をしっかり受けさせ、国の中心となる各部において活躍できる場を推薦し、人柄など相性も鑑みて選抜し配置する。
今日はその『能力診断』を終え、能力開花済みの[10歳の子供たちの顔合わせ]が王宮の庭園にて行われている。
子供たちの中にはちらほらと、上級生らしき人も垣間見えるが、顔合わせに来ている子の兄弟姉妹だろう。
人の多い会場では、あちらこちらからヒソヒソ、ざわざわ、さまざまな声が聞こえてくる。
自分の持つ能力のせいで、通常の会話だけでなく『喜び、怒り、落胆、憂い、悲しみ』の感情に乗せられたその声は、私に纏わり付くように無尽蔵に届く。
——うるさいわ。頭がクラクラする。
浮かれている声は微笑ましいのでまだ良いけれど、中には強い嫌悪や嫉妬もあり、精神的に疲れてしまう。
「ちょっとだけ離れても大丈夫よね?」
余りの喧騒に顔を顰めながら、私はそっと人混みから離れた。
丁寧に刈り込み、生垣を挟んだ隣のエリアには、大きくて立派な噴水がある。
そこで休憩しようと向かうと、ザアザアと噴水の音が聞こえて来た。
噴水に近づいて行くと、水音は押し寄せるように大きくなるが、人の声が気にならなくなるのでホッとした。
噴水は円形に囲まれた生垣の先にあり、噴水に更に近づくために、数段ある階段を上る。
立っているのも疲れたし、お行儀は悪いけど噴水の淵に座らせてもらおうと考えた。
私は、首が痛くなるほど高い位置から、落ちてくる水を見上げた。
「流石、立派な噴水だわ」
霧状になった飛沫が、風に乗って肌を冷やす。
喧騒に疲れていた頭が少しすっきりした。
近寄ってみると、かなり大きな噴水だった。
王宮の噴水ともなれば、当然それぞれの仕事の専門がいる。
日々丁寧に整備されているであろう噴水は綺麗で、ゴミや葉など一つも浮いていない。
落ちる水によって揺れる水面が、太陽の光を反射してキラキラと綺麗だ。
「綺麗だわ……」
綺麗なものは好きなので、ついつい心惹かれてしまい、そっと指先で噴水の水に触れる。
「夏なら泳げそう?流石に怒られるわね」
(さすがに令嬢が泳ぐのは駄目だろう!)
「そうですわね、人前で肌は晒せませんわ」
(そもそも噴水は泳ぐ場所ではないが)
「確かにそうですわね?!!ってあら?」
私の考えじゃない、もしかして人がいた?!
慌てつつそっと振り返ると、そこには生垣を背にして置かれているベンチがあり、1人の青年が座っていた。
青年はポカンと口を開け、驚きと困惑の表情でこちらを見ている。
「済まない、考えがうっかり口に出ていたのだろうか?口にしていないはずが、何故か会話が成り立っていたようだが……」
——しまった!やってしまった!
ザッと頭の血が気が引くのを感じる。
「人がいたとは気付かずお邪魔してしまい申し訳ありません!」
ぺこりとお辞儀をし、私は踵を返し、相手が混乱している隙に勢いよく噴水を後にする。
「あ!ちょっと待って!」
(会話が成り立ったのは気のせいか?)
青年は立ち上がりこちらに近づいてきたが、
「気のせいです!何も聞いておりません!では失礼致します!」
私は慌てながらも丁寧な所作で、もう一度頭を下げ、来た道とは反対にある生垣の間の階段を足早に降りて行った。
「今のは何だったのだろうか?」
(やっぱり考えていたことと、会話が繋がっているように感じるんだが)
不思議そうな青年の声を感じつつ、私は急ぎその場を離れた。
「ここはどこかしら?」
退散後、噴水から慌てて離れてはみたけれど、王宮庭園はとても広い。
一旦城内に入り目的の方向へ進んでみたが、廊下は思いの外長く、奥へ進むと天井が高く広い空間へ辿り着いた。
私は、豪奢で広い空間に辿り着いた。
奥には廊下があり、右手には広く大きな階段。足元はふわふわで豪華な絨毯が敷き詰められている。
「失敗、迷ってしまいましたわ。ここはロビーかしら?とても広いですわ。ここでダンスパーティーが出来てしまいそう」
歩き回ったので足は痛く、身体も疲れた。
これ以上歩くのは、足も体力的にも辛い。少しだけでも座りたくて、私は大きな階段にふらふら近づいた。
「ちょっとだけ失礼致します」
私は階段の下段に、そっと腰を下ろした。
痛む足元を見ると、そこには刺繍でガラスビーズを縫い込んだ、キラキラと繊細で可愛らしいよそ行きの靴が目に入る。
「可愛いけど歩き回る靴ではないわね」
本日のパーティーでは、動き回ったり、ましてや早足で歩き回る予定はなかった。あくまでもゆったり移動し、そっと佇む予定だった。
「こんなことになるなんて想定外だわ」
踵がシクシク痛む。確認したら出血しているのか、つま先からライラックの刺繍がグラデーションに施されていた靴の踵、白地部分に血が滲んでいる。
ドレスと揃いの靴でお気に入りだった。繊細な作りだから洗うこともできない。
「もう履けないだろうな……」
ふぅと溜息がもれた。
正直靴を脱いでしまいたいが、眠る時以外に靴を脱ぐことは、レディとしてよろしくない。
「少し休んだら会場に戻りましょう。きっと誰も気付いてはいないでしょう」
私は、階段の手摺りにもたれると、身体が支えられて少しほっとした。
気が抜けたせいか、一瞬で両目の瞼が落ちてきた。
こんな所で眠ってはダメ!と頭では理解できているのに、感情の騒音と見ず知らずの青年との対峙からの逃走。
そしていつもより沢山歩いたせいで、瞼はこちらの気持ちを無視して上下で仲良しこよし。
抵抗は全くできなかった。
ゆらゆら ザワザワ ゆらゆら ザワザワ
ユサユサ!ペチペチ ユサユサ!ペチペチ
(なんてこと!また意識を失うなんて!)
「……ト!ティーフロート!!」
ん……?お母様の声?朝かしら?
「お かぁさ ま?」
寝起き過ぎて上手く声が出ない。
「ああぁ!ティト!良かった!」
ガバッと音がするように、お母様に抱きしめられた。
——え……何かあった?
「貴方、王宮の宮殿ロビーの階段に倒れていたのよ。殿下が見つけて下さって、護衛の方がこちらの部屋まで運んで下さいました。
宮廷医官に見て頂いたけど、靴が擦れて出血している以外問題ないと言われたけど、
『能力診断』の時倒れたでしょう?また、何かあったのかと思って心配したわ」
(本当に良かった、目覚めてくれて。心配だしこのままお暇して、すぐに連れて帰りましょう)
「お母様、帰ってしまって大丈夫なのでしょうか?」
パーティーは、まだ終わっていないのに帰宅するのは失礼になるのでは?
「ティト?まだ帰るとひと言も口にしていませんよ。貴方、また能力解放しているのね?身体に負担が掛かるのですから、程々にしなければダメよ?」
(だから倒れた後、疲れて眠ってしまったのね。でも、何でロビーなんかにいたのかしら?帰宅したら何があったのか、しっかり話してもらわなければね)
まずい、今自宅に帰れば、母の心配による尋問が待ち構えている。
ただ疲れて階段に座って居眠りしたなんて、
いつの間にか、王宮のゲストルームのベッドに寝かされて、呑気にスヤスヤ眠って……
今はスッキリだなんて言えない!
「お母様、私はもう大丈夫ですわ!」




