17. 大学入試前のバレンタイン
センター試験の結果は……平均では8割にちょっと満たず、という多少危機感を煽ってくるものとなった。
今日は2020年2月14日。
そう。バレンタインデー。
私立大学に向けて追い込み真っただ中だ。
私は櫻子の家で、センター試験の問題と自己採点結果が書かれた冊子をはさみ、櫻子とひざを突き合わせている。
「……8割。あとちょっとだったのに。」
「過ぎたことを悔やんでも仕方ないわ。……まあ、得点配分としては大体予想通りよね。」
櫻子の言う通り。
国語はなんと9割超え、英語も8割突破。
……ここまでは良かったのだけれど。
政治経済と世界史が7.5割。
数学にいたっては7割以下、I・AとII・Bを足して、だ。
……分かってはいたことだけど。
数学が痛手すぎる。
「これだけ取れていれば、私立の瑞穂学園大学国文学科にはほぼ合格できると思う。聖和大学は頑張れば、というところね。那古都教育大学も、不可能ではない範囲だと思うわ。行き場がなくなる、なんてことはないはずよ!」
櫻子は明るく強く励ましてくれる。
でも……若干の陰りがにじみ出ているようにも見える。
やっぱり。
国公立大学を狙うには、8割取れなかったことは相当なハンデなのだろう。
私は、櫻子と同じ国語の先生を目指している。
国語の教員免許を取るだけなら、さきほど話に上がった大学であればどこででも出来る。
が、親からは『出来れば国公立大学である那古都教育大学に行ってほしい』と言われている。
まあ、国公立大学に行ってほしいというのは、よく言われることではあるし、親の気持ちもわかる。
「……私としては。どうしても那古都教育大学がいいというわけではなくて。でも、親からは。那古都教育大学を強く押されるんです。」
「親御さんの仰ることも、ごもっともだし、半分以上の親は同じことを言うと思う。でもね、琴葉。」
櫻子の声色に、光が挿してくる。
「大学って、勉強だけじゃないの。今の琴葉も、ずっと吹奏楽を頑張って来たでしょう? サークル活動もあるし、図書館司書を取れば、学校によっては図書館での実習もあるの! 出来ることはぐんと広がるわ! だからぁ……。」
櫻子のトーンが落ち着いていく。
「学校の名前だけに囚われないで。大学のネームバリューがものをいう世界もあるけれど、そんなことよりも。琴葉が何をするか、したいかが大事なのよ!」
そして、櫻子はこちらに寄ってきて、私をそっと抱きしめて、耳に囁いてくる。
もう何度もそうされて、けれどもドキドキしてしまう。
「……だから。心配ではあるのだけども、ね。……琴葉が、悪い何かに捕まっちゃわないか。他の誰かに取られちゃう……のは、あり得ないと信じているけれど。」
成績や進学先がどうなるか、とは違う次元の心配を櫻子はしている。
そんな心配をしてくるのは櫻子だけだ。
それはある意味、して当たり前の心配ではあるのだけど、それは私にとっては束の間の安らぎになった。
(現実逃避、とも言うのかもしれないけれど。)
私は櫻子をそっと抱き返してから、あえて抱擁を解き、櫻子の真正面に座り直す。
そして櫻子の顎をそっと持ち上げ、私の方にその綺麗な瞳を向けさせる。
「ありがとう。櫻子。……気持ちが、楽になりました。」
「……うん。なら、よかった。」
「……櫻子、だけなんです。成績や進学先……とは違う心配をしてくるのは。それが、今の私には、とても心地よいんです。」
「……ん?」
櫻子、ピンと来てないみたい。
自覚、もしかして無いのかな。
それなら、教えてあげなくちゃ。
「みんな。成績や進学先のことばっかり。……私自身でも、そう。でも、櫻子は……。」
すう、と一息ためて。
「私が、悪い何かに捕まっちゃわないか、って。……そんなわけ、ないです。私は、櫻子の恋人ですから。……でも。」
櫻子の瞳に私が映る。
「嬉しかったんですよ。……そんな心配をしてくれたこと、そのものが。」
そう言って私は、櫻子に口づける。
櫻子の、ローズピンクの花びらを、優しく、軽くついばむ。
キスはちょっとだけ。
まだ、お話は終わってないから。
唇を離し、私はまた話に戻る。
「私はどこへ行こうとも。何をしようとも。……櫻子から、離れません。……離れたく、ないですもの。……ずっと。櫻子の恋人でいたい。」
そう。
私のこれからは試験の結果次第ではあるけれども。
なにがどうあっても。
私が櫻子を好きで、櫻子の恋人であることは変わらないはずだ。
「……ありがとう。」
櫻子は、私をまたそっと抱き寄せて、耳に吐息を零す。
「……私もよ。琴葉がどうあっても。どこに行っても。私は琴葉を愛してる。」
櫻子が、すう、と一息を取る。
「……愛しい琴葉。……愛してるわ。……誰にも渡さない。私だけの琴葉。……ああ。一緒に熔けて。」
そう言って櫻子は、私の唇に彼女の花びらを託す。
指を絡ませるかのように、櫻子と私は舌を交わす。
まるで蜜のように甘い唾液が、まるで泉のように湧いてくる。
溶け合う二人の蜜が雫になる音が、いっそう私を篤くする。
もう何度も櫻子とキスをしてきたけれど。
櫻子の舌が私を愛でるたび、私の花に蜜が満ちて溢れる。
このキスも、私だけの、もの。
バレンタインのチョコはお互いに用意していたけれども。
チョコよりも甘く柔らかいキスで、私たちは蕩けきってしまった。
結局。
チョコをお互いに食べさせ合う時間までも、キスに費やされ。
私と櫻子はチョコを交換して、私は帰路に着いた。





