14.櫻子の家で2人きりのクリスマス 後編
「琴葉……琴葉……起きて……。」
櫻子の甘く優しい声が私を起こしている。
思ったより深く寝てしまったようで、起きたいけれどなかなか身体に気力が回っていかない。
「琴葉……。」
「うーん、むにゃむにゃ……。」
「……琴葉。勉強するんじゃなかったの?」
わああっ!
櫻子の声が、授業中……つまり厳しい先生モードになってるぅ!
がばっ!
「……おはよう。……琴葉。」
『おはよう』が先生モードだったけど、『琴葉』で恋人モード……いやちょっと先生モード残ってたな……。
「よく寝てたわね。」
まだちょっと先生モード……。
「……もしかして寝すぎました?」
「だいたい1時間くらいは寝てたわよ?」
「……寝すぎですね。起こしてくれてありがとう。」
「……あんまりにも気持ち良さそうに幸せそうに寝てるから起こすのはかわいそうだと思ったのだけれど。……ほっとくと夕方まで寝ちゃいそうだったから流石に起こしたわ? そのまま寝てて勉強の時間が足りなくなるのは嫌でしょう?」
「櫻子の言うとおりです。今日は勉強に来てるんですから。……寝に来たんじゃ、ないです。」
「ふふふふ。そうでしょう? ……スッキリ目覚められるように……はい。」
櫻子は甘く優しい声で、暖かいお茶を出してくれた。
もうすっかり……恋人モード。
「ありがとう……いただきます。」
櫻子のミントティー。
昨年度の春休みからずっと、櫻子はおうちデートの日にはほぼいつもこのミントティーを淹れてくれる。
今日のは……。
「いつものミントティー……あったかくて、甘くて、美味しいです。」
「うふふ。ホットで淹れてみて、蜂蜜を少し入れてみたわ。」
「スッキリしてきます。……そろそろ、勉強しますね。夕方くらいまで。寝てたおかげか、冴えてる気がします!」
「うふふ。またそれまで待ってるわ。……美味しいケーキ、一緒に食べましょうね。……ご褒美も、あるから。」
櫻子が甘い声で勉強へ送り出してくれる。
……ん? ご褒美“も”って言ったよね。
ケーキとは別、ってことだよね。
……うん。頑張ろう。
〜約2時間後〜
櫻子の淹れてくれるミントティーをお供に、センター試験の過去問をひたすら解く。
「過去問を解くときは必ず時間を計ってやるのよ。のんびり解いている時間なんてないわ。これはどの科目にも言えることよ。本番さながらの気持ちでやりなさい。」
櫻子が授業中(授業と言えどもほぼセンター試験対策)によく言っている。
同じようなことは他のどの科目の先生も言っている。
櫻子は、時々ちらちらと様子を見に来るくらい。
「気が散るといけないでしょう。」
と本人は言っていた。
家だと集中できない。
学校の教室開放や図書室だと寒い。
自分の家だと集中できないのに、櫻子の家だとやる気がもりもり湧いてくる。
応援してくれる恋人の存在をこれでもかと感じられるからだろう。
2回ほど本番通りの時間で過去問を解いて見直しした。
外を見たらもう夕方になりかけている。
早い!
勉強してくるから遅くなるとは親に言ってあるけれど、限度というものがある。
そうなると、そろそろ勉強も切り上げ時だろう。
櫻子とのデートが短くなっちゃう!
勉強道具を片付けて、櫻子を呼びに行く。
「櫻子。……勉強終わりました。一緒に過ごしましょう?」
櫻子は紅茶とケーキの支度をしていた。
ケーキは箱に入ったままだ。
「もうそろそろじゃないかしらと思って準備していたわ! 捗ったみたいね?」
「はい!」
「じゃあ……時間まで楽しみましょう。」
櫻子は頬を赤らめながら、ケーキの箱と紅茶をお盆に載せて、さっきまで私が勉強していたコタツへ運ぶ。
「琴葉は家でもケーキ食べるって聞いてたから小さめにしたわ。」
「はい。」
櫻子は箱からケーキを出してくれる。
木をかたどったチョコレートケーキ。
「ブッシュドノエル!」
「うふふ。やっぱりクリスマスと言えばこれでしょう? 去年のクリスマスマーケットでも食べたわよね?」
櫻子がケーキを切り分けてくれる。
「いただきます!」
とフォークを探す。けれどフォークがない。
櫻子を見ると、いたずらっぽく笑いながらもうフォークで一口分を取っている。
もう、何度目だろうか。
櫻子にこうしてケーキを食べさせてもらうのは。
一口食べると櫻子はフォークを渡してくれた。
もらったフォークで一口分を取ると、今度は私が櫻子に食べさせる。
ケーキを頬張る櫻子はいつ見ても可愛くて、ドキドキしてしまう。
こんなに可愛い櫻子は、学校では絶対に見られない。
この可愛さも、艶っぽさも……私だけのもの。
「櫻子。……大好きです。」
「私もよ。……琴葉。」
ケーキを食べ終わると櫻子は私を抱き寄せて、ローズピンクの唇を私の唇に重ねてくる。
櫻子の舌が私の舌を優しく撫でてくれる。
その濡れた唇で私の耳に「愛しているわ。」と零してくれる。
「貴女が卒業したら……2人で生きていきましょうね。……私の琴葉。」
「はい……。そしたらやっと、堂々と櫻子は私の恋人って言えますよね。」
「その日が待ち遠しいわ……。」
櫻子は甘い声と吐息を私に浴びせてくれる。
「今日一日頑張ったご褒美……あげるわね。」
櫻子は私の耳に囁くと、いったんコタツから離れて、でもすぐに戻ってきた。
手にはラベンダーの書かれた容器を持っている。
櫻子が容器を開けると、中身はボディケア用のクリームらしい。
「……疲れたでしょう?」
櫻子はそのクリームを手に取ると、私の右手を両手で優しく包み込んでマッサージしてくれる。
左手も、首も。
まるで私をいたわるようにも、愛でるようにも、櫻子は私の肌を撫でてくれる。
あのラベンダーの香りに包まれて、私は初めてこの香りを纏った日、櫻子に練り香水をつけてもらった日を思い出す。
「琴葉はこの香りが大好きでしょう? あの練り香水と同じブランドなの。……琴葉はこの香りを嗅ぐと、いつも蕩けそうな顔になるわ。……もう、可愛くて愛しい。」
「この香りは、櫻子の香りだからですよ……。」
ラベンダーの香りも、櫻子に触れられている感触も、耳をくすぐる櫻子の囁き声も。
すべてが私を溶かしに来る。
「……琴葉。」
もう理性のほとんどが溶けてしまっていそう。
「そんな可愛く蕩けた姿は、私だけのものよ?」
櫻子の甘い囁きに、私はもはや余裕すら無くなっていた。
「……はい。」
と返事をするだけでいっぱいいっぱいだった。
「大好きよ。琴葉。……貴女の可愛い姿、もっと見せて。もっと溶けて。……キスしたいわ。……唇をちょうだい。」
もう櫻子も余裕がなさそう。
櫻子は私をぎゅっと抱きよせて、唇を重ね舌を絡めあう。
2人の溶けあう音がちゅっちゅっと響く。
櫻子と私は、激情に衝き動かされるまま唇を結びつけていた。
櫻子と溶けあったキスの後、私と櫻子は火照りを覚ますために2人でソファーに座っていた。
「もうそろそろ琴葉は帰らないといけないわよね。」
「名残惜しいですけれど……はい。」
「今日は素敵な一日だったわ……。メリークリスマス。琴葉。」
「メリークリスマス。櫻子。」
「これ、私からのクリスマスプレゼント。……ラベンダーの練り香水と、ミントティーよ。」
「ありがとう。わあ、櫻子とお揃い! ……練り香水はおうちで使いますね。溶けちゃいますから……。」
「まあ。……貴女が溶けちゃうのね。……可愛い琴葉。」
私は櫻子からのプレゼントを鞄にしまうと、櫻子へのプレゼントを渡す。
「私は……ありきたりかもしれませんが、ハンカチです。……ごめんなさい。考えるのも買いに行くのも時間がなくて。」
「そんなこと無いわ。琴葉が選んでくれたってだけで私は嬉しいの。ありがとう!」
櫻子はプレゼントを丁寧にコタツに置いてくれた。
「じゃあ……帰りましょうか。貴女を駅まで送っていけないのが辛いわ。」
「そんなことして誰かに見られる方が危ないですものね。私達は。……気をつけて帰ります。」
「お願いね。」
櫻子と別れ、私は帰宅した。
家でチキンやケーキを食べて、お風呂に入って1日の終わりだ。
寝る前に、櫻子からのプレゼントの練り香水を少しだけつけてみた。
淡く香るラベンダーが、櫻子との夢のような時間を思わせてくれた。





