番犬と二重紋章
魔法陣は赤く揺らめく怪しい光を放つ。
その光が収まると魔法陣があったと思われる場所の中心には爛々と輝く六つの目、鋭い牙を持つ三つの口、ベルベットの様に深い光沢の黒い毛を持ち、四つ足で立つ巨大な魔獣がいた。
その魔物がこちらに向かって牙をむき威嚇する。
「どうだね?私の召喚した魔獣、“ケルベロス”は?」
魔獣ケルベロス、三つ首の黒い犬である。
この魔獣が厄介なのは高い戦闘力もあるが頭が三つあることである。
頭が三つある為、それぞれの目が上下左右あらゆる場所をカバーしているため死角が極めて少ない。
その為、必然的に正攻法での戦闘になる。
「ケルベロスは三つの頭があるので死角が存在しない。素晴らしい番犬だとは思わないか?」
カルミラは勝ち誇ったかの様な顔で得意げに笑った。
だがそんなカルミラの笑い顔を見たスティーブンは不愉快そうな顔で前に進み出た。
「なるほど、番犬ですか……それならばその様な駄犬を排除するのは執事である私の役目だとも言えますね。」
スティーブンが手を振ると外した白い手袋と執事を表す上着が空に舞う。それと同時に凄まじい速度でケルベロスに向かっていった。
「ふ、老いたかスティーブン。狼の力を得た程度の力ではケルベロスには勝てんよ。」
しかし、カルミラの言葉に反するようにスティーブンの体が光りさらに速度が上昇する。
「いいえ!スティーブンさんは一人ではありません!」
声の方へ顔を向けるとリリアが杖を構えスティーブンに呪文を発動した様だ。スティーブンの速度が上がった所を考えると身体強化だろう。
「まずは二撃!」
スティーブンは強化された左右の拳をケルベロスの顎に連続して叩きつけた。その拳の衝撃でケルベロスはたたらを踏む。
「ふむ、召喚獣の欠点ですね。使役する者が鈍いと召喚獣も鈍い。」
召喚獣は使役する者が命令しない限り何も行動せずその場に留まる。スティーブンの言う通りカルミラの反応が鈍かったおかげでケルベロスに一撃を入れることが出来たと言える。
だが、次はそう上手くはいかないだろう。それを判っているのかスティーブンはさらに追撃を加えず少し間を取る。
「おのれ!言わせておけば!ケルベロス!こ奴らまとめて……。」
「それは悪手だな。」
僕は右手を突き出すと右手に刻まれた刻印に力を通す。力を通された刻印は即座に呪文を発動した。発動した呪文は十数本の光の矢となりカルミラに襲い掛かる。
「何!光の矢だと!それもこのように大量に!」
光の矢一本一本にそれほど大きな攻撃力はない。しかし、数多く発動させたことでカルミラの命令を阻害できたようだ。
そして、スティーブンはこの様なチャンスを逃す男ではない。ケルベロスに向かって軽く飛び上がると両手の爪を長く伸ばした。
「まずはその視界、奪わせてもらいますよ。」
スティーブンはケルベロスの目を狙い縦横無尽に爪を走らせた。その爪にはリリアの強化魔法の切断強化が追加されている。
鉄も切断する切れ味となった爪は易々とケルベロスの目を賽の目状に切り裂いた。
「視覚を奪ったわ!これなら有利に戦闘を進められる!」
だがリリアの喜ぶ声とは裏腹に傷つけられたはずのケルベロスの目が元に戻っていった。
「再生?いや回復か!魔法陣を二重にしていたな。」
「流石はアイザック、正解だ。ケルベロスがこの魔法陣の上に留まる限り傷ついても即座に治る。無限に治り続けてゆくのだよ。」
カルミラの前に倒れない壁が出来ている様なものだ。質の悪いことにその壁は動いてこちらを攻撃することもできる。
ケルベロスを一撃で倒す事が出来るのなら排除も可能だがスティーブンの攻撃ではそれもかなわない。
やはりここは僕が時間を使いケルベロスを倒すしかないのだろうか。
「よそ見は禁物だよ!」
ケルベロスの方を見たのはわずかな時間だったがその隙をカルミラは見逃さなかった。今度はカルミラの方から炎の矢が数本、僕に襲い掛かる。
僕はその炎の矢を光の矢で迎撃する。数本の矢を数十本の矢で攻撃することで無効化させる。いわゆる飽和攻撃と言う奴だ。
「流石だ。だが私の次の魔法には気が付かなかったようだね。」
不意にカルミラの声が僕の右側から聞こえてきた。とっさにその場を飛びのくが鋭い痛みが右腕に走る。
「ぐっ!」
僕は何とか飛びのいたことで致命傷を避けることが出来たが、カルミラによって右手は切り飛ばされてしまった。
カルミラは切り飛ばされた僕の右手を拾い上げると刻まれている刻印をしげしげと眺める。
「ふふふふふ。右手に魔道回路を刻むことで魔法を使える様にしたか……。なるほど素晴らしい発想だ。だがこうやって切り離してしまえば使う事は出来まい。それに……。」
「まさか右手を!」
カルミラは底意地の悪い顔でほほ笑んだ。
「確かにそれはいい考えだ。研究用にしようと思っていたが後顧の憂いを断つためにも消し去った方がよいな。」
カルミラは愉悦の笑みを浮かべ地面に落ちている僕の右手を掴む。
「や、やめろ!」
僕は左手で右手の傷口を押さえながら青ざめた顔で叫んだ。
「クハハハハ。良い、良い表情だ!私はその表情が見たかったのだよ!」
カルミラは僕の右手を掴んだその手に魔力を込め魔法を発動しようとする。
「……と言うよりやめた方が良いぞ。」
「何!?」
カルミラの間の抜けた言葉と同時に僕の右手から大きな光が発せられた。光はカルミラを巻き込み多いく広がってゆく。
光が収まった後には体の半分が焼け焦げたカルミラが立っていた。右手を掴んでいた手は炭化しボロボロと崩れ去ってゆく。
「右手に罠を仕込んでいたのか!」
「そうだ!”僕が二重紋章が判る”という事からそれを使えると考えられなかったのがお前の敗因だ!体の半分がそうなってしまえば魔法を使うことは出来まい。」
内面量に魔術回路を描く魔術師は体にダメージが及ぶ場合、内面量もダメージを受けているため魔法の発動に必要な魔術回路を組むことが難しくなる。
カルミラの場合は体の半分以上にダメージが及んでいるためほぼ魔法は使えなくなったと考えてもよいだろう。
「だがお前も無傷ではない。それに私にはまだケルベロスがいる。」
僕はカルミラに対してニヤリと笑う。
「問題ない。ケルベロスは倒せばいい。そして僕の傷はこの様にすれば良い。」
僕は左手に力を込めると空中に紋章回路を描いた。




