カルミラ・ラフォテリア
僕を確認したカルミラはゆっくりと話しかけてきた。
「どうだね、アイザック。私もセルダンを失った。お前も母を失った。どうだろう、ここで手打ちにしないか?」
この女、何を言っているのだろうか?
カルミラがやったことは手打ちにするとかいう次元を遥かに超えている。この女は母を呪い殺しただけではない。美しかったあのオーランド領を自らの無策で……いや、無策ではない。無能無策だ。
その無能無策が原因でオーランド領は荒廃してしまったのだ。何百人もの領民が死んだのだ。
「何を……言っている。お前がオーランドを荒廃させた!それが原因で一体何百人の領民が死んだと思うのだ!」
「領民?」
僕がカルミラを糾弾すると鼻で笑った。
「アイザック、お前は何も判っていない。領民など自ら学ぶ事の無い愚かな存在。我々貴族が導かね生きてはいけぬ下等な者たちだ。その様な物が何百、何千と死のうと関係無いではないか。」
カルミラの言うことは貴族社会に置いて盲目的に信じられている事だ。
しかし僕はその考えが誤りだと知っている。
「それは違う!カルミラ、お前は間違っている!」
「間違っている?アイザック、お前は知らない。お前たちが擁護する者たちが日々ただ無為に過ごしているだけの愚鈍な存在であることを。何も考えずただ日々を過ごすような輩だぞ?学ぶこともせずに?」
「無為で愚鈍な存在?その認識自体が間違っている。彼らは無為で愚鈍ではない。無為で愚鈍に変えられたのだ。学ぶこともせず?子供の時より労働を強いられるので学ぶ機会が全くないだけだ。そのような状態になるように仕向けたのは他ならぬ貴族によってだ。」
カルミラは少し首を傾げた。
「ふむ?するとお前は平民にも学ぶ機会があれば我々と同じ様に考え行動できると?お前も父親と同じことを言うのかな?まったく愚かなことだ……。」
僕はカルミラの言葉に驚きとある種の感動を禁じ得なかった。自分が考えていた事と同じことを自分の父親が考えていたからだ。
「平民を学ばせる場など無駄でしかない。いくら学ばせても物になるはずがないではないか。」
カルミラの言葉に僕は冷笑を浮かべた。
「……だがお前はその平民以下だったな。」
「何!」
カルミラは目を吊り上げ僕を睨みつける。
「そんなに睨んでも事実は変わらない。カルミラ、お前は農業政策に失敗した。その原因はお前の無知、つまり何も学ばない愚かな考えが原因だ。」
「無駄に別の物を作っていたのを有用な物を作らせただけではないか。確かにここ1、2年は減少しているかも知れないが長い目で見れば増加しているはずだ。」
僕は後ろに立つリリアの方へ目で合図を送った。
「リリア。あの穀倉地帯の生産が激減した理由は?」
「……土地自体の力が無くなったからです。無理な連作により土地自体から植物の成長に必要な養分が枯渇し生産が落ちました。以前は間にカブやクローバーを植えることで土地の養分を取り戻していたのですがそれを行わなくなった為、養分の枯渇は必然と言えるでしょう。」
「うむ正解だ。間に植える植物は教えていなかったのによく勉強していたな。」
「へへへへへ」
リリアは少し照れたように笑う。それを見ていたカルミラは口元をゆがませた。
「その様な事を知っていたから何だと言うのだ!」
「リリアは平民だぞ?」
僕はカルミラをしっかりと見据えた。
「平民であるリリアはしっかりと学んでいる。もし仮に貴族が平民よりも優秀ならそれ以上の事を知っているはずでは?」
「言わせておけば……。」
カルミラは歯をギリギリとかみ合わせながら僕を睨みつけていた。しかし不意にカルミラの表情が変わる。
「……まあ良い。時間稼ぎは終わりだ。アイザック、お前ここで倒れてもらわなくてはならない。」
「おや?僕に何か用が無かったのかな?」
「問題は無い。お前が死んだ後にじっくり調べればよいのだ。」
そう言ってカルミラは自らの手の指をナイフで傷つけた。つけられた傷は結構大きな傷らしく手から血があふれんばかりになっている。
「見よ!前もって陣を張り巡らせていればこのような物も召喚できるのだ!」
カルミラの手からこぼれた血は地面を這い一つの魔法陣を形作っていった。




