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来訪者

「申し遅れましたが、私は村長の嫁でザビーネと申しますじゃ。」


 婆様と言われたザビーネのおかげで僕達と村人たちは村長宅で話し合いを持つことになった。彼女はどうやら村長の嫁らしく昔から村の女方を取り仕切っている。その為か村でも村長の次に権限を持つ様だ。


 僕達が通された部屋は村人たちがよく集会に使っている部屋らしく大人数を収納できる広さがあった。

 その中でもひときわ立派な椅子に僕が座り、大きな長テーブルを挟んで向かい側にザビーネが座った。

 リリアは僕のすぐそばの席に座っている。他の村人の多くも部屋に集まった。彼らの多くは長テーブルを囲む様に並べられている椅子に座っていた。


「アイザック様をお迎えするにはみすぼらしい家ですがご容赦願いますじゃ。」


「いや、そうへりくだることは無い。僕には十分すぎる物だよ。」


 嫡子でなくなった僕の身分は平民と変わらない。したがって、特別扱いをする必要はないのだ。それとも、僕が嫡子でなくなったことを知らないのだろうか?

 だが、村人の避難を優先させるとすれば嫡子であると勘違いさせた方が良いかもしれない。


「はい。ありがとうございます。ところで、アイザックさまはこのアルマハ村へどの様なご用件でいらしたのでしょうか?」


 ザビーネが僕にアルマハ村へ来た要件を訊ねると周囲の村人に緊張が走り、動きが止まった。


「そうですね。尋ねたいこととあなた方に頼みたい事が一件ずつあります。まず、尋ねたいことは“金髪の太った男はアルマハ村で何をしていたのか?”という事です。」


 僕はまず、セルダンの行動を訊ねてみる事にした。薄々は判っているがこれも確認の為だ。


「……あの金髪の男は狩りと称し村人を連れて行きました。帰ってきたのはアイザックさまが連れてきてくださったピーターただ一人。連れていかれたほかの村人は誰一人帰ってきておりませぬ。」


 やはりセルダンは村人を獣に見立てて狩りを行っている様だ。

 村人を呪いで獣のような姿にしたのも村人が他に逃げないようにするためだろう。獣のような姿をしていれば他の村で匿われることはまず無い。


「判った。おおむね予想通りだ。では、もう一件のあなた方への頼み事はそれに関連する事でもあります。あなた方にはこの村を放棄して別の場所に移っていただきたい。」


「「「村を放棄だって!」」」


 若い村人の何人かが思わず立ち上がった様だ。


「俺達に出てい行けと言うのか!」

「この村を出て何処へ行けばいいのだ!」

「年老いた母や子供がいるんだ!そんなことは出来ない!」

「「「「「そうだそうだ!」」」」」


 異口同音に村を出てゆく事への不満を叫ぶ。彼らにも生活があるので当然の事である。

 僕はそれも考慮して別の場所と言ったのだが、村の放棄が先に来てその辺りは耳に入ってない様だ。

 立ち上がった男たちを中心に騒ぎが大きくなり始めた。


 ガン!


 ザビーネが机を叩き大きな音をたてた。ザビーネは鹿が混じっているらしく指の先が蹄になっている。

 その蹄で机を叩き大きな音を出したのだ。


「皆の者静かにせよ!アイザック様は別の場所と言っておられる。それに、理由をまだ話してはおられぬではないか!」


 年の功だろうか、あれだけ騒がしかった村の男たちが押し黙った。


「ふむ、静かになった様じゃな。では、アイザックさま。」


「まず理由から話すとしようか。はっきり言えば近いうちに君たち全員がセルダンによって殺されるからだ。」


「セルダン?」


「この村に来たと言う金髪で太った男の名前だ。話を聞いてみた所そのセルダンが中心になって村人狩ハンティングを行っているのだろう。だとすればセルダンは村人が全ていなくなるまで続けるだろう。」


「セルダンとやらが村人狩ハンティングに飽きて村を放置することは考えられぬのでしょうか?」


 ザビーネの質問に僕は首を横に振って答えた。


「残念ながら、セルダン自身が楽しんでいるとも言える村人狩ハンティングを止めるとは考えにくい。止めるとすれば母親であるカルミラの命令だろう。その場合、証拠を消し去る為、問答無用で村人が殺される。どちらにしても、このままこの村にいても殺されるだけだ。だからこそ僕はあなた方に移動してもらいに来たのだ。」


 話を聞いた村人たちは静まり返ってしまった。僕が言った事は村人に“死以外の未来は無い”と言ったのに等しい。

 だが、僕にはそれを覆す方法がある。


「移動先はセルダンやカルミラはおろか帝国の軍隊も来ない。その場所なら君たちは誰にも危害を加えられることはないのだ。その場所での安全についてはこの僕アイザック・オーランドの名に懸けて……いや、わが父、母の名に懸けて保証しよう。だから、頼む。」


 僕はそう言うと村人たちに深々と頭を下げた。


「「「「「「「「「「「!」」」」」」」」」」


 僕が頭を下げた瞬間、村人たちの動きが止まった。彼らはまるで時が止まったかのように微動だにしなかった。

 何分か、時間がたった頃、ザビーネが席を立ち僕に近寄ってきた。


「アイザックさま。頭をお上げ下され。貴族とあろうお方が平民に頭を下げるなどあってはなりません。」


「……だが僕は君たち村の人に信じてもらうには頭を下げる事しかできない。それに、何かを頼む時には相手が誰であろうと頭を下げるべきだ。」


 そう言った僕を見てザビーネは懐かしそうに少し微笑んだ。


「……やはり、あなた様はディラン様とカトレア様のお子でございます。お二人も何かを頼む時にはそうやって頭をおさげになったものです。」


 ザビーネは少し息を整えると背筋を伸ばした。


「……判りました、アイザックさま。あなたのいう事を信じましょう。我々アルマハ村の者はあなた様の指示に従いその場所へ移りましょう。」


 僕がザビーネの言葉を聞き周囲の村人たちを見まわすと、どの村人も一様に頷いていた。


 ―――――――――――――――――――――


「くそがっ!また休憩か!」


 セルダンはアルマハ村の手前にある森の中で小休止していた。

 別にセルダンやその取り巻きの連中が疲れたから休憩しているわけではない。一緒に連れて来た猟犬役で獣化の呪いを受けた村人とその子供が疲れで動きが悪くなったためである。

 それもそのはず、彼らはこの二、三日ろくに食事をとっていなかった。

 与えられたのはカビの生えたようなパン一切れと水の様なスープのみである。


 獣化の呪いを受けると身体能力が飛躍的に向上する。(身体能力を向上させる呪いとも言える。)

 その反面、彼らは活動する為のエネルギー、つまり水や食料を多く必要とする。

 それが足りないのだから動きが悪くなるのは仕方がない事なのだが、呪いの特性の理解が浅いセルダンには全く判らなかった。


「全く!早く森を抜けねば村へ着くのは夜になってしまう。夜の暗闇だと何人かの村人を取り逃がすかもしれん。かといって、この森で野宿は御免だ。」


 セルダンが忌々しそうに猟犬役の村人に目を向けると、狼の様な耳をつけた村人の一人が自分の子供に水を与えている所だった。その二人の首には黒い隷属の首輪が見える。

 その首輪を見たセルダンは取り巻きの一人に尋ねた。


「おい、たしかあの首輪をつけた者は俺サマの命令に絶対の服従だったな?」


「はい。それが隷属の首輪の役割だと聞き及んでいます。」


「ククククク、いい方法を思いついたぞ。」


 セルダンはそう言うと子供に水を飲ませている男の方へゆっくりと近づいていった。


「そこのお前。」


「は、はい!何でございますか……」


 子供の世話をしていた男が慌てて返事をする。


「お前たちの歩みが遅い原因を解消しようと思ってな。なぁに、簡単でとてもいい方法だ。」


「?はぁ?」


 男は“何処か信用できない“と言った顔で返事をする。男はセルダンが自分たちの為になる事するはずが無いという事をよく判っていた。

 そんな男の表情を見ながらセルダンは邪悪な顔でニヤリと笑い男に命令した。


「お前、お前が水を与えているその小さい奴を……喰い殺せ!」


「!」


「簡単な事だ、足手まといがいるのならそれを無くしてしまえばいい。実に簡単な事だ。」


「あ!あ!あ!あ!」


 男の手がゆっくりと子供を掴み持ち上げようとする。


「後生ですから、後生ですから、子供だけは!子供だけは!」


 セルダンはフンと鼻で笑う。


「ダメだね。早くしろ!」



「あ!あ!あ!あ!あ!あ!あ!あ!あ!」


 男は必死に抵抗しようとするが隷属の首輪の力が強く、男の意に反してゆっくりと子供を持ち上げ顔を近づけて行く。


「と、とーぉちゃん……」


 男の顔が狼のような姿に変わり、あんぐりと口を大きく開くと子供の肩口に噛みついた。


「ギヤァーツ!」


 バキバキと音をたて男は子供の左肩をかみ砕いた。


「クハハハハハ!やはり畜生。品の無い声で叫ぶ叫ぶ。それにしても流石は獣化の呪いだ。子供であってもあの傷でまだ生きているな。」


 セルダンの言う通り、肩をかみ砕かれた子供は虫の息であったがまだ死んではいなかった。


「ふん。もうよい。そのゴミはそこら辺の茂みに投げ捨てて置け。我々は先を急ぐぞ!」


 セルダンがそう命令すると男は深く傷つき虫の息になっている子供を近くの茂みに投げ捨てた。


「ククククク。流石は隷属の指輪か。効果もばっちりじゃないか。……よし、遅れた分取り戻すぞ!」

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