61話 お友達
入院して3日がたった。
あれ以来虎太郎くんはお見舞いに来ていない。
お見舞いに来てくれたモカちゃんに虎太郎くんから告白された事を話してみた。
私が返事をできずにいることも。
「両想いなんだから付き合っちゃえば良いじゃない、西園寺先輩の何が不満なの?」
「不満なんか無いよ!不満というより……不安なの。呆れられたり、幻滅されたりしたらどうしようって。付き合っても別れることになったら?乙女ゲームは両想いになってハッピーエンドかもしれないけど、現実はそういかないじゃない。続きがあるもの」
私の言葉を聞いたモカちゃんは呆れたように深いため息をついく。
「あのねぇ……そんなこと気にしてたらいつまでも想いを伝えられないままだよ?それでいいの?それにまだ分からない未来の心配したって仕方ないじゃない。そういう心配は付き合ってから考えなさいよ」
「……うぅ、そうなんだけどつい考えて不安になっちゃうんだよ…」
「結婚前の花嫁じゃあるまいし。もし不安になったら西園寺先輩に話せば良いじゃない、2人で解決しなさいよ。恋人ってそういうものでしょ」
「まだ恋人じゃないもん……」
「だーかーらー。恋人になってからの心配を先にするより、まず恋人になりなさいって言ってるの。その後の事はその時に考える事!そうしないとハルはいつまでたっても告白しそうにないもの。私を励ました無茶苦茶なハルは何処に行ったのよ」
「……私、無茶苦茶だった?」
「かなりね」
その言葉にそんなつもりはなかったんだけどと言えばモカちゃんは肩を竦めた。
「とにかく悩む前に行動しなさいってこと。まずは西園寺先輩にハルの気持ちを伝えるところからよ」
「うん、頑張る」
私がそういうとモカちゃんはようやく納得してくれたようで椅子から立ち上がる。
「じゃあ私はそろそろ行くわ。またお見舞いに来るから進展あったら聞かせてね」
「うん、来てくれてありがとう」
手を振りながらモカちゃんを見送る。
暫くして私はベッドから降りて立ち上がった。
1人でいると悶々と悪い事ばかり考えてしまう、病院の中を少し歩いて気分転換しよう。
スリッパを突っ掛けてゆっくりとした足取りで病室を出る。壁の手すりに捕まりながら廊下を歩いていると『談話室』とかかれたプレートの部屋を見つけた。
中を覗き込んで見ると椅子にテーブルが並べられており奥にはカウンターが設置されている。
その中には給仕してくれる男の人がいて談話室にいる数人の患者さんたちにお茶をいれたり軽食を用意したりと動き回っていた。
ここ病院だよね!?レストランじゃないよね!?至れり尽くせりか!
お金持ちは病院まで待遇が違うのかとか医療期間の待遇に庶民と差があるのは駄目なのではとかツッコミたくなったがこれがお金持ちの世界なのだろうと結論付けて談話室を通りすぎる。
すると目の前に、見知った顔が現れた。
病院着に身を包んだアヤメさんだ。
病院着から覗く腕や足、首元にも包帯が巻かれていて痛々しい。リハビリなのか手すりに捕まりながらゆっくりと歩いてくる。
ふと目が合った。
記憶をなくしたと聞いたけれど本当なのかな?
じっと見詰めてしまった私に対してアヤメさんはふんわりと可愛らしく微笑む。
「貴女も入院なさっているの?」
見たことない笑顔に戸惑う。記憶がないということは私の事も覚えていないのだろう。
「あ……はい。私、貴女と一緒に事故にあって…」
そう告げるとアヤメさんは眉を下げた。
「そうでしたのね、私何も覚えていなくて……。あの、貴女は私の事をご存じで?もしかしてお友達だったのかしら?」
私の方に駆け寄ろうとして急いだのかアヤメさんは転びそうになってしまう。
私は慌てて駆け寄るとアヤメさんを支える。包帯を巻いた腕が傷んだけれどアヤメさんが転ばなくて良かった。
「大丈夫ですか?」
「えぇ、すみません。まだ上手く歩けなくて。ありがとうございます」
そう言って微笑むアヤメさんからは前に私に向けてきた嫉妬や妬みなど感じられない。それどころか清楚で可憐なイメージが強く出ていて同性の私でさえときめいてしまいそうな魅力を持っている。
「あの……良ければ私の部屋でお話ししませんか?昼過ぎには母が来てくれるのですが1人だと退屈で。……それに私の事を聞かせて欲しいのです」
「……私でよければ」
アヤメさんが記憶を無くしたのは私のせいかもしれない、そう思うと断れなかった。
素直に喜ぶアヤメさんの手を引いてゆっくりと彼女の病室に向かう。
アヤメさんの病室は私達のいた場所からすぐの部屋で私と同じ作りの1人部屋だった。
アヤメさんにはベッドに座ってもらい私は近くの椅子を借りてそこに腰掛ける。
「ありがとうございます。あの……貴女の御名前を伺っても?」
「伊集院ハルです」
ハルさん、とアヤメさんは呟き首をかしげる。
「……すみません。覚えていなくて」
思い出せないのが申し訳ないと言うように目を伏せられると逆にこちらが申し訳なくなってしまう。
「いえ、いいんです!それに、私達顔見知り程度でしたし」
虎太郎くんを巡って火花を散らしてました、なんて言えないのでオブラートに包んで伝えるとアヤメさんはそうなのですかと頷く。
「それでは是非私とお友達になってくださいな」
アヤメさんは私の片手を両手でそっと握るとにっこりと微笑む。
「此処に来てから両親しか見かけていなくて……同年代のお友達が私に居たのかもわからなくて少し寂しかったのです。ですから是非お友達に!」
お願いします、と見詰められればその可愛らしさに断ることが出来ず私は勢いに押されるまま頷いてしまった。
「わ、私でよければ」
「ありがとうございます、ハルさん!嬉しいです!」
こうして何故か私はアヤメさんの友達になった。
どうしてこうなった!?




