44話 一難去ってまた一難
とにかく、家に帰ったらひたすらもふもふしたものをもふらなければ!
そう心に決めて持ってきてもらった料理を口に運ぶ。
っ…何これ…うまっ!
最初に口に入れたのはイングリッシュマフィンの上に、小さめの半熟卵の乗ったひとくちサイズのエッグベネディクトだ。
口の中で半熟卵がとろっと蕩けて濃厚な黄身が口一杯に広がる。予想外の美味しさに私の猫耳もパタパタ動く。
「そんなに美味しいならもっと取りに行こうか?」
まだあるの?た、食べたいっ…!
けれど私は誘惑に負けずに遠慮する。
「大丈夫、あんまり食べすぎると…ソラに…言われるから」
デリカシーのないソラはたまに容赦なく「太ったか?」とか言ってくる。自分ではそんなに体型が変わったつもりはないのにそう言われると悔しい。
特に女装のソラを見てしまうと余計に。
あれは…私、女止めてきますレベルの綺麗さだったもんなぁ…。
「そうか、ハルがそう言うなら」
虎太郎くんは私の言葉にひとつ頷くと私の隣に腰掛ける。
私がお皿の料理を食べる姿を、微笑みながら眺め始めた。
少し食べにくいけど、視線が合えば微笑んでくれる虎太郎くんといると何となく心が暖かくなるような気がした。
2人でのんびり過ごしているといつの間にかパーティーはお開きになったらしい、チラホラと帰る人が現れる。
「ハルは帰り、どうするんだ?」
「家の車が迎えに来てくれる事になってるわ」
「そうか、なら迎えが来るまで一緒に待ってる」
エスコート役だから帰りまでしっかり見送ってくれると言うことだろうか。
虎太郎くんの気遣いに礼を言う。
「ありがとう」
「いや、私がしたくてしているだけだから」
そう言ってこちらが気にしないようにしてくれているのだろう、本当に良くできた人だと思う。
暫く虎太郎くんと雑談していると周りの人はすっかり帰ってしまったようで、女装から着替えたソラがやって来た。
「お前ら、まだ帰ってなかったの?」
「迎えの車、待ってたの」
「私はハルの付き添い」
「あっそ」
ソラは素っ気なく答えると私の隣にどさりと座った。それと同時に伊集院家の送迎車が到着する。
「ハル、行くぞー」
そう言ってソラは立ち上がるとさっさといってしまう。
「あ、ちょっと待ってよ!じゃあコタローくん。今日は色々ありがとうね」
「こちらこそ、また連絡するから今度どこか遊びに行こう」
「うん!じゃあまたね」
そう言って手を振り、車に乗り込むと私はソラと一緒に帰宅した。
車で走ること10分ほどで我が家に到着する。いつまでもドレスでは気疲れしてしまうので、早々に自分の部屋に戻りもふもふアザラシを抱き上げて寛いでいると、不意にドアがノックされてお母様が顔を出した。
「ハルちゃん、ちょっと良いかしら?」
何だろうと思い近付く。
「ソラくんが小さい頃うちに来たときのこと、覚えてる?」
「もちろんです。私、弟ができて凄く嬉しかったもの!」
そう告げるとお母様は眉を下げてそうね、と微笑んだ。
「ソラくんは、ご両親が天国にいってしまって…お父様がソラくんのご両親と仲が良かったからその繋がりで、伊集院家の養子になったの」
そうなのか…お父様とソラの両親は中が良かったんだ、それは初耳。
何で今その話をするんだろうと不思議に思い聞いているとお母様は目を伏る。
「…ソラくんにはお兄様が1人、いてね…ご両親と一緒に天国に行ってしまったと思われていたんだけど…どうやら記憶をなくして別人として生きていたようなのよ」
お母様の言葉に思わず息を飲む。
「それ……ソラは知ってるの…?」
「さっき、お話ししたわ……それでソラくんのお兄様は最近記憶が戻ったらしくて、ソラくんを引き取って一緒に暮らしたいって仰ってるの」
その言葉に足元の床が抜け落ちるような錯覚に陥る。
「ソラは……何て言ってるの…?」
尋ねる声が震える。
「少し考えさせてほしいって言ってたわ…、お父様とお母様はソラくんの意思を尊重させたいと思っているの。だからもし、ソラくんがハルちゃんに何か相談してきたら…聞いてあげて?」
お母様の言葉にロボットの様に首をカクカクと動かして頷く。
お母様はお願いね、と私の頭を撫でると部屋を出ていってしまった。
私はぺたりとその場にへたりこむ。
ソラが…お兄さんとの生活を望んだら。
私たちは、他人になるのだろうか。
今までみたいに傍で笑い合えなくなるのだろうか。
そう思うと酷く心臓が痛む気がした。
ソラと…話をするべき?
でも今は、1人にしておいた方がいい……?
床に座り込んだまま考える。
私がソラの立場なら、どうして欲しいと思うのだろう…。
天国に行ってしまったと思っていた家族がまだ居たとしたなら。
仮に今、お父様とお母様、ソラが居なくなったとする……想像して酷く悲しくなった。
想像しただけなのに、私の目からは涙が零れていく。
そうか、あの頃のソラは…こんなに悲しくて寂しくて苦しかったのか…。
ううん、私は想像だけだからきっとソラの方がもっとずっと寂しかったに違いない。
そして、その家族が生きていたと知ったら。
私なら…きっと凄く嬉しい…。
もう会えないと思っていた人に会えるのだから。
そこでふと前世の家族を、友人を思い出してしまった。
今まで、ずっと無意識のうちに考えないようにしていた家族を。友人を。
思い出した事によって、大事な人たちを悲しませたという罪悪感が私の心を塗り潰していく。
嗚咽が漏れそうになり、口を押さえ付ける。けれど涙は止まらなくて、私はひたすら声を抑えてボロボロと泣いた。
たくさん泣いて、どれくらいたっただろう。
窓の外はすっかり日が暮れていた。
夕食の時間が過ぎても誰も呼びに来なかったのは、もしかしたら私が泣いていたのを知って気を遣ってくれたかもしれない。
時間を意識した途端に、空腹を訴える音が響く。
どんなに悲しくても、お腹って減るんだな…
他人事のように思いながらゆっくり立ち上がりドレッサーに顔を映せば、瞼は少し赤く腫れ髪はボサボサになっていた。
今なら白い服着て井戸から出てくるホラーなコスプレが出来そうだ。
とにかく、洗面所で目を洗おう。
それから台所に行ってスープか何かあれば少しもらおう。
私はボサボサな髪を解かして後ろで雑に一本縛りにすると愛用のもふもふスリッパをつっかけて部屋を出た。




