9.アルフェルド
《シスタリア王国 グロリスの森》
神の悪戯か、これも運命という物だろうか。
まさかここで彼女と会う事になろうとは。
『貴様! 何者だ!』
巨大な二足歩行する狼のような魔人。
我々の使う言語は元々魔人の物だが、細部は違う。
人間が違和感なく聞き取とれる様なら、その魔人は強敵である可能性が高い。
理由の一つは単純に人間との交流が深いと言う事。
つまり、我々と戦いなれている。
狼の魔人は俺との鍔迫り合いに勝っているというのに、わざわざ後退する。
そのまま大剣を地面へと突き刺し、俺を見据えながら名乗ってきた。
『我が名はザナリア。騎士よ、お前の名前は』
情報を引き出そうとしているのか、それとも戦士たる礼儀か。
どちらにしても、彼女が逃げる為の時間稼ぎにはなる。
「アルフェルド・マルカル」
『そうか。アルフェルド、お前の目的は何だ』
魔人の言葉に耳を貸しながら、俺の後ろで蹲っている彼女を確認する。
どうやら足をやられたようだ。これでは走って逃げる事は出来ないか。
さらにすぐ傍、シンシアが気を失って木に体を預けている。
この魔人との戦闘は避けられない。言葉が通じ、会話が成り立つなら説得も出来るだろうが……。
「俺の目的は……彼女達を救出する事。断じて貴方を討伐しに来たわけでは無い」
『そうか。ははっ、そう警戒するな。久しぶりだぞ、貴様のような……相手は』
不味い。コイツ、言葉が通じるのに通じてない。
これだから戦士タイプの魔人は……。既に俺は相手として見られている。
下手に背を向ければ殺されるだろう。俺が死ねば……シンシアも彼女も殺される。
『分かっているようだな。ははっ! 最高の環境だ。心配するな、女どもはお前を殺してからだ』
剣を掲げる魔人。やはり戦いは避けられない。
この魔人、かなり強い。実力的には……あの戦場で戦った魔人達と同等……いや、それ以上かもしれない。
ならせめて……
「取引しないか、ザナリア殿。俺が死んでも、貴方を満足させることが出来れば……彼女達を見逃して欲しい」
「……ざけるな……」
……?
俺の後ろで蹲っている彼女が、剣を地面に突き刺しながら立ち上がる。
そのまままるで親の仇を見るような目で……いや、まさに俺は親の仇か。
直接俺が手を下したわけではないが、ディアボロスを殺したのは我々騎士なのだから。
「ふざけるな! 貴様、私に何をしたのか分かってるのか! 今ここで私と戦え! あの時の続きを……私と戦え!」
『だ、そうだ。先にそちらを片付けるか? 騎士よ。だが分からんな、お前は何故そいつまで助けようとする。人間の血が入ってるとはいえ、そいつは魔人側だぞ』
ここで理由を言えと言うのか。
気絶しているとはいえ……マルコシアスが愛し、俺に託されたシンシアの前で……。
「おい、聞いてんのか! 私と戦え!」
後ろから斬りかかってくる彼女。
だが足を負傷してまともに動けない状態だ。
そんな彼女と……戦える筈が無い。
俺は彼女の剣を躱しつつ、鳩尾へと拳を突き立てる。
「ぁ……きさ、ま……」
「すまない……貴方との決着は必ず……」
そのまま悶絶する彼女を抱き上げ、シンシアと同じように木へもたれかけさせる。
「おい、待て……」
「動けるようになったら彼女を連れて森を出ろ。頼む」
彼女へ耳打ちしながら、俺は再び魔人の前へ。
『相談事は終わりか? 言っておくが、この森は俺の領域だ。その女共が逃げ切れるとでも思っているのか? あぁ、それと……さっきの取引の返事だがな。勿論却下だ。お前が死ねば、その女共も必ず殺す』
「貴方は戦士だと思ったが……戦う意志の無い女子供も殺すのか?」
『当たり前だ。俺は貴様ら人間の敵だ。だから俺を殺せ。全力で……向かって来い!』
咆哮する魔人。
森全体が震え、大地をも揺るがす程の。
『行くぞ、騎士アルフェルド! 今宵は殺し合うにはいい月夜だ!』
※
魔人ザナリアの巨大な剣がアルフェルドを襲う。
ザナリアの持つ大剣は、およそ人間が扱うような大きさでは無い。
まるで巨木をそのまま剣にしたかのような歪さを持ち、斬るというより押しつぶす、といった方が正しいかもしれない。大してアルフェルドの長剣はザナリアの獲物に比べればなんとも頼りない。
ザナリアは両手持ちでアルフェルドの脳天目掛け振り下ろす。
アルフェルドに受けるという選択肢は無い。シェルスを助けた時は無我夢中で前に立ちはだかり、その強剣を受け切ったが二度目は無い。あの時はあくまでザナリアはシェルスを狙っていた。それゆえ、力点を外す事で受ける事も可能だったが、今それをすれば剣を叩き折られるだろう。
眼前に振り下ろされる大剣を、アルフェルドはぎりぎりの所を見極め躱す。
第一撃を躱しただけで、アルフェルドは魔人のスペックを把握する。その剛力さも、巨体に似合わぬ身軽さも。
ザナリアの剣を躱した直後、アルフェルドは一撃、手首の腱鞘を切り裂かんとする。
だがザナリアの体毛は鎧のように固く、アルフェルドの剣をいとも簡単に弾き返してくる。
(硬い……シェバ隊長なら構わず手首を切断するだろうが……)
シェバの使用する武器はハルバート。それも特別な鉱石を使用した特注品。シェバ以外には扱えない程の重量を持つ武器だが、あれも斬るではなく押しつぶす事を前提に制作された物。それでもシェバは容赦なく魔人を両断するが。
『ふん!』
ザナリアは片手で大剣を振り、アルフェルドを薙ぎ払う。
だが手ごたえは無い。それどころか、目の前から騎士の姿が消えた。
『……あ?』
コツン、とザナリアの持つ剣に微かな感触が走る。
気づいた時、ザナリアの眼前に迫るアルフェルドの剣。
『貴様……! 俺の剣を足場に……!』
「いちいち驚くな!」
そのままアルフェルドは、ザナリアの眼球へと剣を突き立てる。
切り裂きながら引き抜き、再び突き刺そうとした時、ザナリアは自分の顔をアルフェルドごと地面へと叩きつけた。
「がっ……!」
『ははは! 楽しいな! 騎士よ! 俺の目を食らうとは中々愉快な奴だ!』
地面へと叩きつけられ、悶絶するアルフェルドへ大剣を振り下ろすザナリア。
アルフェルドは転がりながら回避し、後退しつつ態勢を整える。
(まだ動ける……シェバ隊長にどつきまわされた時に比べれば……)
アルフェルドはザナリアの様子を伺いつつ、大剣の間合いの外でスキを伺う。
すると、ザナリアは突然切り裂かれた眼球を自ら抉りだし、口へと放り込んだ。
『魔人の俺にとって目の一つや二つ大した事は無い。この森と同調している限り、死なない限り体は再生し続ける。だがこの目は治さんぞ。この戦いの記念だ! アルフェルド! 貴様からの贈り物はありがたく頂く!』
思わずアルフェルドは頬を緩ませていた。
敵同士でなければ、この狼と酒でも飲み交わしてみたい、そんな風に思ってしまった。
だがそんな事は許されない。ザナリアは明確な人間の敵。
「ザナリア殿……私は騎士失格だ。今……少し楽しい」
『ははは! それのどこが悪い! 所詮魔人と人間は戦う運命だ。さあ、まだまだ夜は長い。存分に楽しもうじゃないか』
満月を背に、アルフェルドは剣の切っ先をザナリアへ向け構える。
いつか感じた高揚感。
あの戦場で、いつまでも戦っていたいと願った。
だが今は違う。
失ってはいけない者が居る。
「……明るすぎる……月が」
アルフェルドはザナリアへと疾走する。
マルコシアスの愛した女を、自分が一目惚れした女を
どちらも守る為に




