24.アルフェルド
大聖堂で聖女ソフィアと別れた後、貴族街の方からイリーナ(サラスティア)とシンシアの二人が歩いてくるのが見えた。俺は二人へと近づき様子を伺う。
シンシアの方は目を赤くしていたが、深手を負い疲労困憊のイリーナの体を支えていた。今誰よりも泣き崩れたいであろう彼女が他人を支えている。俺は少々、シンシアを見くびっていたかもしれない。彼女は俺が思うよりずっと強い。だからと言って安心はできないが。
シンシアに体を支えられるイリーナは、やっと立っている……という状態。今にも崩れそうに脚が震えている。魔術で治癒したとはいえ、やはり深手を負った事に変わりは無いのだ。
「シンシア、イリーナは俺が……」
イリーナを背に乗せるが、驚くほど重量を感じない。まるで綿の詰まった人形を背負った感触だ。これが本当に人間の重量なのか。
「アルフェルド、急いでイリーナを安心して休めれる所に……傷は治っても失った血が戻ったわけではないので……」
「分かった……とは言っても……」
安心できる所と言われても、思い浮かぶのは大衆の宿屋しかない。なにせ国王本人がサラスティアを殺そうとしたのだ。いくら顔を変えているとはいえ、王宮の近くは避けた方がいいだろう。聖女ソフィアはイリーナを見て違和感を感じていた。もしかすると何か勘づかれたかもしれない。
「シンシア、出来るだけ人目に付く宿へいこう。もしイリーナの敵が本当に王族なら……そうそう下手に手は出してこないとは思うが……」
「わかりました……ぁっ、わ、わかった」
未だに崩れた口調に慣れない様子のシンシア。慌てて口調を戻す様子からして、普段のシンシアのようにも見える。だが何処か……やはり無理をしている感が否めない。
「シンシアも休んだ方がいい。行こう」
周りへと意識を向けつつ、再び人通りの多い大通りへと向かう。人混みをよけつつ、かといって人目につかない道は避け、俺達は宿屋へと急いだ。
※
宿屋に到着し部屋へと通されると、まずイリーナをベットに寝かせ顔色を伺う。額に手を当てると、少し熱もありそうだ。
「アルフェルド、外に出て貰えますか……? イリーナの服を脱がせますので……ぁっ、何か着替え買ってきて貰えますか? 楽なのを……」
「あぁ、分かった。頼む」
こういう時女性が居てくれると頼もしい。俺は部屋から手早く出て、辺りを警戒する。イリーナの正体がバレているとは思えないが、相手は王族だ。シンシアはこの王都にイリーナの変装を見破れる魔術師は居ないと言っていたが、警戒するに越したことは無い。護衛団の中には魔術を嗜む者も居るし、今王都はかなり賑わった状態だ。その中に手練れの魔術師が居ない、という方が不自然なくらいだろう。
「さて……服か。女物の服なんて買った事ないな……あたりまえだが……」
誰か相談できる相手でも居ればいいのだが。
そのまま宿屋から出ようとした時、主人と鉢合わせた。スキンヘッドに口髭を生やした屈強な男。騎士として前線に立っていても違和感は無いだろう。
「お、兄さんお出かけか? さっきの連れの姉ちゃんどうしたんだ。風邪か?」
「あぁ、ここへ向かう途中で体調が崩れてしまって……まあ疲労が原因だと思う。夕食は精のつく物を頼む」
「あいよ。任せてくれ」
そのまま主人に礼を言いつつ宿屋を後に。
さて、女物の服か……。楽な服装だと言われたが、どういった物がいいだろうか。
と、考えに耽りながら歩いていると通行人と肩がぶつかる。
俺は「失礼……」と言いながら立ち去ろうとするが……その見覚えのあり過ぎる顔に思わず硬直してしまう。
「ん? あぁ、こちらこそ……って! お前……っ!」
その相手は何を隠そう……俺が一目惚れした彼女。
一見、人間の冒険者にしか見えない魔人の彼女が王都に居る。
「み、ミツケタ……アルフェルド……!」
なにやらカタコトで震えながら言っているが、何故この王都に彼女が……。
正体がバレればタコ殴りにされるのは分かり切っている筈だ。何故わざわざこんな所に居る。
「コイツか? 例の騎士は」
その時、彼女の後方から鋭い目線を送ってくる男の姿が。まさかこっちも魔人だろうか。見た目は完全に人間の若者だが、目付きが熟練の騎士達と同じ……数多の修羅場を越えてきたかのような鋭さを帯びている。
「こ、ここで何を……」
思わずそう尋ねた瞬間、彼女は腰の長剣へと手を伸ばした。俺は思わず彼女の長剣の頭を抑え、抜かせまいとしつつ耳打ちする。
「落ち着け……ここで抜けば確実に殺されるぞ」
衛兵の目に付けば騎士が飛んでくる。見る者が見れば……彼女は一撃で魔人だと露見する。しかし彼女はギリギリと歯ぎしりしつつ、俺をひたすら睨みつけてくる。不味い、相当に恨みを買っているようだ。やはりディアボロス討伐戦で止めも刺さず、逃げ去った事が原因だろうか。ディアボロス配下の魔人は皆戦士肌と聞く。情けを掛けられ敵に背を向けられるなど、耐えがたい屈辱なのだろう。
一方、彼女の後方で落ち着いた表情の連れの男。俺の行動を見て何やら頷きつつ、そのまま……
「おい、出会えて嬉しいのは分かるがとりあえず落ち着け」
そのまま、彼女の後頭部へと自身が手にする剣の柄で小突いた。
「ぐぉぁ! い、痛い! ものすごく痛い! ギアラ殿……もう少し加減を……」
「五月蠅い黙れ。おい、少し顔を貸せ」
男は俺へとまるで命令するかのように……いや、実際命令しているのだろう。この場で戦えないのは彼らだけではない。確かにこちらの方が戦力は圧倒的に有利だが、周りには何も知らない大衆が居る。応援の騎士が駆け付けるまでに、一体何人が被害に遭うか分からない。
「…………」
俺は黙って男へと付いて行く。その後に、後頭部を抑えながら彼女も付いてきた。比較的人通りの少ない路地裏へと入ると、男は一瞬で自身の武器を抜き俺の喉元へと突き出してくる。
「なっ、ギアラ殿……っ!」
彼女の声と同時に、路地裏へと響く剣撃。反射的に俺は長剣の腹で男の剣を防ぐ。
「……まあまあだな。しかし奴と比べれば甘い」
「奴……?」
男は薄く笑いながら剣をおさめ、戦う意思は無いと両手を掲げてくる。
「お前がザナリアを屠った騎士か。成程、確かにザナリアは本気では無かったんだろうな。こんな奴に殺されるとは思えん」
「……お前……一体……」
ザナリア殿の事を知っている? いや、魔人ならば知っていて当然か。ザナリア殿はイルベルサの騎士だったのだ。
俺と男が睨み合っていると、彼女が間に入り男へと「コイツは私の獲物だ!」や「手出しはしないと言ったじゃないですか!」と抗議。どうしよう、話が全く見えない。
「分かった分かった、俺はもう黙ってるから。さっさと用事をすませろ」
いいつつ男は一人路地裏から立ち去ってしまう。不味い、あの男は相当の手練れだ。この王都で野放しにするわけには……
「待て、また私に背を向けるつもりか」
男を追おうとする俺へと言い放ってくる彼女。彼女も戦う意志は無いのか、腕を組み仁王立ち。この状況をどうすべきか。彼女も相当の手練れだ。今ここで仕留めるべきか。しかし……俺に彼女を殺せるのか?
「奴なら大丈夫だ。ここで騒ぎを起こそうなんて気はさらさらない。お前は黙って私の話を聞け」
「……一体何の話を……」
俺は観念し、彼女の声へと耳を傾ける事にした。長剣に掛けていた手を下げ、人通りの多い大通りの方へと意識を向けながら彼女と目を合わせる。
(相変わらず……綺麗な瞳だな……)
そんな事を考えてしまう自分が憎らしい。
彼女は魔人、我々人間の明確な敵。しかし俺は事実彼女に惚れてしまっている。だがシンシアも守らねばならない。それは絶対だ。マルコシアスのために。
「実はな……落ち着いて聞け。私には生まれつき、確実に当たる予知夢を見る能力があるんだが……それによると、今夜ここに巨大隕石が落ちてくる。だからお前はさっさと逃げろ」
「……あ?」
本当に一体何の話だ。
「おい、聞いてるのか?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。確実に嘘だろ……」
瞬間、目を逸らしながら口笛を吹き始める彼女。なんて嘘がド下手クソなんだ。もう少し真面目にやってほしい。
「悪いが……冗談に付き合っている暇は無いんだ」
「おい待て! 冗談じゃない、本当なんだ。だからお前はさっさと逃げろ」
何なんだ、一体。
予知夢云々は確実に嘘だ。だが彼女は俺を王都から追い出そうとしている。だからといって素直に出るわけには行かない。今王都では……いや、王族で何かが起きているかだ。
少し鎌を掛けてみるか。
「分かった。言う通りにする。事情はよく分からないが……何か起きるんだろう?」
「あぁ、そうだ。日没前には確実に王都から出ろよ。まあ、お前なら簡単に殺されるとは思えないが……」
「殺される?」
あからさまに焦る彼女。殺される、という事は……まさか……
「魔人か?」
「ち、違う……」
「分かった。もういい。俺は王都から逃げるから、君も……」
と、そこで初めて俺は気づいた。俺は彼女の名前を知らない。
「……今更なんだが、名前は? 俺の名前は知ってるみたいだが……」
彼女は意外そうな顔をしつつ、渋々と自分の名前を口にする。
「私は……シェルスだ」
「……シェルス……出身はシスタリアなのか?」
シェルスといえば、シスタリアで最も有名な女神の名前。
実在したと言われる悲劇の姫だ。それと同時に女性騎士でもある。
彼女の名付け親は騎士にでもしたかったのだろうか。
「出身はウェルセンツ……って、別にどうでもいいだろ。私の詮索をする前に自分の心配をしろ」
「あぁ、分かった。忠告感謝する。じゃあな、シェルス」
「おい、ちょっと待て」
そのまま立ち去ろうとする俺を呼び止めるシェルス。
今度はなんだ。
「お前……何処に行くつもりだ。さっさと逃げろと……」
「……あぁ、連れの女性の服を買いに行くんだ。深手を負って倒れてしまって……」
いや、不味い。何をペラペラと俺は喋っているのだ。イリーナの情報を余計な人間に与えるのは危険だ。たとえそれが無関係の魔人であっても。
「服を買ったらさっさと出ていくんだな」
「あ? あぁ、まあ……」
「分かった。私が選んでやる。それでさっさとここから離れろよ」




