賢者アセノス
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静まり返った賢者の書房に、俺とリーゼロッテの足音がわずかに響く。
スライムドラゴンとの激戦を終え、アセノスの石像の前に戻ってきた俺たちを、賢者はどこか安堵したような瞳で見つめていた。
「見事だったよ、異邦の者よ」
重厚な声が響く。けれどその響きには、僅かに優しさが含まれていた。
「君の観察と決断、そして彼女との連携は見事だった。あれは単なる戦闘ではない。“知”の実践だった」
照れくさくなって俺は視線をそらす。
「……そうかよ」
アセノスの石像は、少しだけ顎を引いて、続ける。
「さて、君たちが次に進むならば、いくつか忠告しておこう」
「忠告?」
「これから君たちは、他の霊廟を巡るのだろう? それならば、人の街を通ることも増えるはずだ。だが、君たちは──」
アセノスの視線が、トオルとリーゼロッテの外見を順に見て、少し眉をひそめる。
「……お世辞にも、目立たないとは言えない姿だ」
「は、まあな……」
「幻影の術を手に入れろ。姿を偽り、人の間に潜む術だ。君にとって、次なる力となるはずだ」
「どこに行けば、それが手に入るんだ?」
「“踊り子の泉”──アフロディオンの霊廟だ。あの陽気で胡散臭い男なら、幻影の加護くらい持っているだろう」
「胡散臭いって……」
「真面目にやっていれば、あんな格好にはならん」
石像の表情は変わらないが、微妙な皮肉が込められていた。
少し笑ってしまった俺だったが、ふと気になったことを口にする。
「なあ……勇者マモリって、どんな人だったんだ?」
一瞬、アセノスの目が伏せられた。
沈黙。けれど、それは拒絶ではなく、どこか懐かしむような沈黙だった。
「……それは、君自身が辿り着くべき“答え”だ」
それだけを言うと、アセノスはそっと目を閉じた。
「だが……君と会えて、嬉しかったよ。本当に」
その声には、これまでと違う、確かな感情がこもっていた。
俺は、胸の奥が少し温かくなるのを感じながら、小さく頷いた。
「……ありがとう、アセノス」
隣では、リーゼロッテがどこか懐かしそうに、アセノスを見ていた。
「ふふ、やっぱり君は面倒くさいな。昔から変わらない」
「君こそ、相変わらず口ばっかりで──無茶をする」
言葉を交わす二人は、どこか旧友のような空気を纏っていた。
「さて、分かっているな?」
アセノスが最後に問いかける。
リーゼロッテは肩をすくめて、笑う。
「分かってるよ。今度こそ、ちゃんとするさ」
……ん?
俺は首を傾げるが、詳しくは聞かない。
「それじゃ、行こうか、リーゼロッテ」
「ああ。次の目的地は“踊り子の泉”……アフロディオンの霊廟だ」
俺たちは振り返り、知と静謐の空間──賢者の書房を後にした。
背後で、石像がそっと呟いた。
「気を付けろよ………トオル、か。」
つづく
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