ファントム
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風が、止まった。
最後の塵が俺の中に溶け込んで、湖畔に静寂が戻った。
俺は、石畳の上に立っていた。
手を見た。青白い光が、さっきまでより濃い。透けていない。指の先まで、しっかりと形がある。足の裏で、石畳の冷たさを感じている。
(……ファントム)
ステータスを確認する。
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【執念深きトオル】
【種族:ファントム】
Lv:20
HP:60/60
MP:30/120
スキル:《祟り》《ダークボール(Lv7)》《鬼火》《影移動》《透明化》《鑑定》《ソウルタッチ》《幽幻》《霊体化》《実体化》
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新しいスキルが二つ、増えていた。
《霊体化》と《実体化》。
さっきまでは無意識にやっていたことが、意識して切り替えられるようになった——ということだろうか。消費MPはない。
(試してみるか)
《霊体化》。
足の裏から、石畳の感触が消えた。体が、ふわりと浮く。さっきまでの霊体と同じ感覚だ。
《実体化》。
また、石畳が戻ってくる。冷たい。固い。
(……便利だな)
そこに、足音が聞こえた。
鎧の軋む音。いつもと同じリズムのはずなのに——一歩、また一歩。どこかゆっくりだった。
リーゼロッテが、目の前に立った。
「そんな……」
声が、低かった。
「これじゃまるで——」
言葉が、途切れた。
鎧の手が、そっと俺の顔に触れた。
すり抜けなかった。
実体化しているから。当たり前なのに、その当たり前が、なんだか妙に感じた。
次の瞬間、肩をガシッと掴まれた。
引き寄せられる。
ギリギリギリ……。
「ちょ、ちょっと待——ほ、ほげー!! 死ぬ!!」
とっさに《霊体化》。
スルッと、リーゼロッテの腕をすり抜けた。一歩後ろに出る。
俺は自分の手を見た。さっきまで実体だったのに、今は石畳をすり抜けている。
「……おお。便利だな」
リーゼロッテが、ンッンッと咳払いをした。
「ようやく触れるようになったから、絞め殺してみようと思ってね」
「な、なんだよそれ……!」
笑いながら言い返して——ふと、止まる。
(?)
リズが鼻をスンッと鳴らした気がした。
……頭が無いんだ、そんな訳ないか。
「ニ……」
声がして振り返った。
ニッグが、胴体だけで石畳に座り込んでいた。湖の向こうを、静かに見ている。
遠くの水面に、何かが浮いていた。
二本。
「……あ、腕」
《実体化》のまま、湖面に向かって足を離した。体が浮く。そのまま水面の上を飛んでいく。
腕まで来た。プカプカと浮いている。一本掴む、脇に抱える。もう一本掴む。
戻る。
ニッグの前にしゃがんで、右腕を肩口に押し当てた。ぐちゅ、という音とともにくっつく。左腕も同じように。
ニッグがぱたぱたと両腕を動かして確認する。
「ニ……グ」
「どういたしまして」
立ち上がって、湖面を見た。
水底に、鈍い光がある。
月のシンボルだった。リーゼロッテが溝から外したまま、水底に沈んでいる。あれを取って、空の太陽のシンボルまで持っていく。
「俺が取ってくる」
《霊体化》。
水の中へ、すうっと入っていく。水の抵抗がない。暗い。深い。
月のシンボルが見えてきた。水底に横たわって、鈍く光っている。
手が届く距離で——《実体化》。
両手で掴む。
持ち上げようとする。
動かない。
(……重い)
もう一度、力を込める。
ずず、と動く。砂を引きずるような感触がある。
さらに力を込める。
ずずず——ふっ、と浮き上がった。
抱えると、思った以上に重かった。石というより、金属のような密度がある。
(これを持ったまま、あそこまで飛ぶのか)
水面に向かって浮上する。月のシンボルを抱えたまま、水を割って空に出た。
湖畔に降り立つ。リーゼロッテとニッグが、こちらを見ていた。
「いけそう?」
「やってみる」
足が、石畳から離れる。
ゆっくりと高度が上がる。月のシンボルが腕の中で重い。普段の浮遊より、明らかに遅い。
(……ギリギリだな)
下を見ると、リーゼロッテとニッグが小さくなっていく。リーゼロッテの鎧が、こちらを見上げている。
上を見た。
天球のレールの上を、太陽のシンボルがゆっくりと動いていた。分針のような、静かな速度で弧を描いている。
(あそこまで持っていく)
高度を上げる。腕の中のシンボルが重い。抱え直して、太陽のシンボルへ向かって進む。
近づくにつれて、光が強くなる。眩しい。
あと少し。
太陽のシンボルが眼前に来た。レールの上で、静かに動き続けている。
トオルは月のシンボルを構えた。
重い。腕が震える。
(重ねるぞ——)
月のシンボルを、太陽のシンボルへ向けて押し込んだ。
触れた瞬間——
──つづく──
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