第二十六話 モンスターの終わりだ……。
「ああもう最低! なんで制服のままで水に潜らなきゃならないわけ!?」
毒づきながら、水面に顔を出した道永。
羽を魚のヒレみたいに使って、すいすいと泳いでいく。
あっという間に私に近づいてきた。
「動きキモい!」
私はホースの水を発射する。
すると、道永は水の中に潜ってこれをやり過ごす。
魔女の力が働いていても、プールにぶつかると水が薄められ、効果がなくなるみたいだ。
やっぱり、直接終末の魔女の光をぶつけないと通用しないかも知れない。
私の横では、姫が水を操り、ビート板で道永の動きを邪魔している。
便利だなあ、ビート板。
「……ていうか、水に落ちても別に道永弱ったりしてないね」
「虫では無いからな! だが、水の中は嫌らしい。来るぞ!」
深く潜った道永が、水中をぐんぐん進んでくる。
潜るのは嫌だけど、そこならば私の攻撃が当たらないと考えたんだろう。
くそ、頭がいいやつだ。
ていうか、ものすごく嫌そうな顔をしてる。
「だあっ!!」
道永が叫びながら、飛び込み台に突っ込んできた。
コンクリート製だって言うのに、この突進で粉々に砕け散る。
「ひえっ! 姫!」
私はとっさに姫の手を握り、引っ張った。
彼女をキャッチしながら、後ろに向かってジャンプする。
「なんという奴だ! 頭から飛び込んできたぞ! 確かに水から一度も出なければ、攻撃できぬ! しかし、マサムネのクッションがなければ危ないところだった……」
「いや、人の胸をクッション扱いするのはいかがなものか。っていうか道永も必死だね」
コンクリートをかき分けながら、這い出してくる道永。
投げ出されたホースを掴んで、彼女は引っこ抜く。
これでホースは使えない。
「サイッテー……。もう、髪がめちゃくちゃじゃん。メイクとかしてたら、もっと最悪だった」
濡れ髪をべったりと顔に張り付かせて、彼女は呪詛のように呻いた。
エメラルドグリーンの髪を、無造作に掻き上げる。
その下から覗いた目は、同じ色をしていて、しかも怒りに燃えていた。
ふらふらと歩く道永。
あ、水が全然効いてないわけじゃなくて、それなりに弱ってるみたい。
それでも私と姫が絶体絶命であることには変わりない。
「さあ、どうしよう……」
姫を抱きしめたまま、私は考える。
いやあ、こんな時に冷静になって考えるなんて無理でしょう。
いつもの私だったら思考停止して、憎まれ口を叩いている。
だけど、今の私は一人じゃない。
姫と一緒にいるという意味でもそうだし、私の体の中にもうひとりいるという意味でも。
「どうする、魔女」
いつもは返事が来るかどうかも分からない、気まぐれな相手だ。
何も期待しないで私は呟いた。
だけど、彼女はすぐに応えた。
『何もかも巻き込んで、終末の光を放てば終わるでしょう?』
とんでもない事言いやがった。
「姫もリュウもみんな死ぬじゃん」
『あなただけは生き残るわ』
「却下」
『わがままね。あなたもともと、自分だけ良ければいい、みたいな人間だったと思ったけど?』
「そりゃ、今まで友達いなかったからじゃん。今は違うでしょ……。姫も楓もいるし」
『二人があなたを友達だと思っているとでも? このエルフの王女は、あなたを利用しているだけかもしれないじゃない』
このやろー。
私を揺さぶろうしてるな。
何の得があって……って、私が割り切って、周り全部を巻き込んで赤いビームを出せば、私とこいつだけは生き残るってことか。
だけど、そんな何もかもぶっ壊して自分だけ生き残るなんて意味ないじゃん。
まさしく、終末の魔女って感じのやり方だ。
「そういうのは冷静な時に聞くの。今のところ、暫定で友達。悩んでる暇ないの! もっといい方法よこして!」
『もう……。あなた、終末の魔女にここまで無理強いする人なんか今までいなかったわよ』
ぶつくさ言いながら、魔女が黙った。
多分、作戦を考えている。
急げ魔女。
散々話をしたように思ったけど、外の時間ではほんの一瞬。
あれだ。
走馬灯みたいなやつ。体感時間が加速している。
「ねえマサムネ、覚悟は決まった? 私ね、この爪でお前を傷つけたら、外でうろうろしてるみたいにゾンビにしてしまえるの。でね、そうなったら私の奴隷。なんでも言うこと聞くの。アハハッ」
どんどん近づきながら、道永は空を仰いで笑う。
私はと言うと、どうにかこいつと距離を取ろうと、地面を這って後ろに下がっている。
だけど、歩いてくる奴と這っている私じゃ、速度が違う。
「うおおおーっ! 姐さんに手を出すんじゃねえ、化物ーっ!!」
リュウがばたばた走ってくる。
振りかぶっているのは、ちぎり取ったプールのフェンスだ。
うっとしそうに振り返る道永目掛けて、それが振り下ろされた。
鈍い音がする。
金属製のフェンスは歪み、道永の体がそれを突き抜けるようになっていた。
「おっさん、何? うざいんだけど」
道永は、割り箸細工でも千切るような動きで振り返った。
フェンスがメリメリと音を立てて割れていく。
「お、おおおお……ば、化物めえ」
真っ青になったリュウ。
慌ててフェンスを手放して、逃げようとする。
だけど、それを道永は許さなかった。
リュウの太い手首を、小さな道永の手が掴む。
「は、離せえ!」
「だぁめ」
体重差が二倍もありそうなのに、小さな道永に掴まれて、リュウは身動きもできない。
脂汗をだらだら流しながら、目を見開いて道永を見つめている。
ああ、もう、リュウがやられる!!
早くしろ、魔女!
終末の魔女なんて名前なのに、何も出てこないの!
「見てて、マサムネ。今からこいつをゾンビにするから。でもね、ゾンビ化はほんのオマケなの。私の本当の力は、ゾンビ化したやつに噛み付いて、そいつの中に私の卵みたいなのを仕込むんだって」
道永が、緑の爪を見せつけるように手を上げた。
そして、一瞬私に振り返った。
「マサムネ、お前にだったら卵を産み付けてやってもいいかも」
冗談じゃない。
私は歯ぎしりした。
そこで、魔女が呟く。
『巻き込みたくないなら、逆にしたら?』
逆?
逆ってどういう……。
ってか、周りを巻き込むぐらい広くぶっ放すんなら、目を大きく開けばいいけど……そうじゃないなら。
私は左目を細めた。
そこにエネルギーを注ぎ込む。
「避けてよ、リュウ」
「マサムネ!? なんだ? そなたの体が熱くなっているぞ!」
「うん。姫もそこから動かないで。撃つから」
私は左手を、道永目掛けて伸ばす。
「!?」
道永は慌てて、リュウの頬をひっぱたく。
「おげえ!」
リュウは叫びながら横に飛ばされ、プールに落ちた。
そして、道永はフェンスを引き裂きながら飛ぶ。
「あぶねー! 危うく味方ごとやるお前にやられるところだったわ! だけど残念! 空を飛んだ私に、あんたのアレは当たらない!」
「だろうね……。だから、薙ぎ……払う!!」
私は左目を細める。
睫毛の隙間から、赤い光が溢れていく。
これを、ひたすら、ひたすらに絞る。
光を引き絞る。
意識して、私の瞳孔を小さく小さく。
「いけ」
それは、細い糸のような光だった。
空高く、赤い光が放たれる。
「はっ! こんなの、外れじゃない!」
「……!!」
私は顔を動かした。
細く赤い輝きが、空を割りながら道永目掛けて突き進む。
「はあっ!? ひ、光がずっと出てるっ!! 速いぃっ!?」
逃げようと身を翻す道永。
その背中に光が迫り……。
モンスター化した道永を、真っ二つに切り裂いた……!
「ぎぃやあああああああっ!!」
道永が絶叫する。
その体が、縦に切り裂かれた断面から消えていく。
「マサムネ……マサムネェッ……!!」
道永は手を、私目掛けて伸ばす。
だけどそこは空の上。
私に届きはしない。
「ばいばい、道永」
私の目から溢れ出た光が途切れ途切れになり、消えていく。
やばい、なんか、全身から体力が抜けていくみたいな感触だ。
意識を持っていかれる。
「モンスターの終わりだ……。よくやったぞマサムネ! マサムネ? こら、マサムネ!」
姫の声を聞きながら、私はゆっくりと眠りに落ちていった。




