第一章最終話 私は滅びなんて望んでない。
『ま、なかなか頑張ったほうじゃない?』
偉そうな声がした。
魔女だ。
彼女は真っ赤な衣を着て、私の目の前にいる。
髪も瞳の色も真っ赤。
肌だけが抜けるように白くて、人間じゃないみたいだ。
『全力で使ってくれたら、この世界を滅ぼすことが出来たのだけれど。案外自制心が強いのね』
「あんた、そんなこと狙ってたの! 協力してくれるやつだと思ったのに」
『まさか。私は終末の魔女よ? 遅かれ、早かれ、私は世界を終わらせるモノなの。だからマサムネ。私を宿したあなたは、いつかこの世界を終わらせるわ』
「そんなの、お断りだ」
『うんうん、今は自由にしたらいいと思うのよ。だけれど、いつかあなたが絶望したり、どうしようもない状況に陥ったりした時は、楽になりたいと願うといいわ。そうしたら私の力が、何もかもを滅ぼしてしまうから。いい? あなたが諦めた時。考えるのを止めた時。全部どうでもいいと思った時。それこそ、私が待っている時よ。ああ、待ち遠しいわ』
魔女はそんなとんでもない事を言いながら、笑った。
間違いなく、これは彼女の本心だ。
私はゾッとした。
なんという、とんでもないものが私の中にいるんだろう。
「なんで私だったの」
『あなたが世界を呪っていたから』
「呪ってない!! 勝手に人の考えを決めるな!」
『うふふ、ふふふふふ。あなたの中には、あなたも知らないあなたがいる。それはどうしようもなく虚無で、何もかもどうでもいいと思っている。いつか必ず現れるそれが、私を呼んだの。私は終末の魔女……滅びを望む心があれば、自動的にやってくるの』
「私は滅びなんか望んでない。っていうか、絶対にあんたが望むようなことにはならないから。絶対」
『ひねくれ者ねえ』
それが、彼女との最後の会話だった。
「──ムネ! マサムネ!」
ここ数日で、随分聞き慣れた声が、私の名を呼んでいた。
そして、私の意識は急速に覚醒していく。
「あ、ああ、おはよう、姫」
目を開いたら、すぐ近くに姫の顔があった。
真っ青な瞳が、少し潤みながら私を見つめていた。
「おお、おお! 目覚めたか、マサムネ!!」
「姐さんが起きたぞ!」
「うおー! 大丈夫ッスかー!」
「心配だったッスー!!」
「姐さーん!!」
「君、無事か!」
「おお、よくやったなあJK!」
「大したもんだわ」
「姉ちゃんがやったのか!? すげえ!」
「マサムネくん! 無事で良かった……!」
みんなの声がする。
姫に、四人組に、悟さんとセクハラお兄さん、春香さんと私の胸のことばかり言う少年、聖戦士おじさん。
人、多いなあー。
いや、ほんの四日くらい前には、私はぼっちだった気がするんだけど。
「心配したぞマサムネ! 一時間経っても、二時間経っても目が覚めて来ないのだから……! そなたがもしも目覚めなんだら、妾はどうしたらいいのか……」
「そっか。そうだよね、私がいないと、姫は怪獣退治困るし」
「馬鹿者! それだけではない! そなたはこの世界で、妾が最初に見つけた……その、あの────友だ!!」
「おお……」
友!
そっか、友達かあ。
一方通行じゃなかった。
良かったー。
目覚めた私は、思ったよりも体が軽かった。
姫の手を借りなくても、ひょいと立ち上がれるのだ。
いつもだったら、そこまで体が動かない気がするんだけど。
────終末の魔女め、サービスのつもりか?
「ゾンビが統率を失って、ばらばらに動き出したんだ。半分は動きを止めた。動かなくなったゾンビは、もうただの死体だね」
先行した悟さんが案内してくれる。
校庭のあちこちに、ゾンビだったものが転がっていた。
ばらばらに動き出したと言われているゾンビは、まるで戸惑っているみたいだ。
異常に血色は悪いけれど、あれってもしかして意識を取り戻したんじゃないかな?
「あれっ!? ゾンビが一匹こっちに走ってくるぜ!」
「なんだって!」
「迎え撃たなくちゃ」
「やっちまえー!!」
少年が気付いたのは、見覚えがある制服のゾンビだった。
あれは、道永の取り巻きだった女子の一人だ。
もしも道永の支配から解放されたゾンビが、意識を取り戻すのだとしたら。
「ちょっと待って、みんな! リュウ、トラ、ホー、カメ、ステイ!!」
「へい!」
「へい!」
「へい!」
「へい!」
四人組は大人しくなる。
悟さんたちも動きを止めた。
いきなり迎撃体勢に入ったみんなに、ちょっとびっくりしていたように見えたゾンビ。
みんなが動かなくなったので、そろり、そろりと私に近づいてきた。
「えっと、その、違ってたら悪いんだけど」
「ゾンビが喋った!」
「ゾンビが喋った!」
みんながざわめく。
そうだよね。
ゾンビって今まで、「あー」とかしか言ってなかったもん。
今の彼女は、ゾンビなのにきちんと自分の言葉で喋っている。
「誰がゾンビよ!? あたしは普通の高校生だから!! 大体、ゾンビなんて外見じゃ……」
彼女はポケットからコンパクトを取り出して自分の顔を見て、カッと目を見開いた。
そのまま白目を剥くと、ばたんと倒れる。
「あー! 気絶した! もう、話が進まないなあ!」
私は慌てて駆け寄り、彼女を助け起こした。
彼女の名前は、伊州藤子。
道永と一緒になって、私を馬鹿にしたりしていた女子で、個性というものを感じたことはない。
「うー、あー」
「ゾンビみたいな呻き声」
「ぞ、ゾンビ違うわ! あたしは普通だから! 普通、普通……。今のは鏡がおかしいの……って」
伊州は目を開いて、私を見た。
「やっぱり! そのデリカシーのない言い方! あんた、マサムネね!? あ、いや、道満さん……」
みんなの目を気にして、言い直す伊州。
「マサムネでいいってば。姫、これって、完全に自分の意識があるんじゃない?」
「ああ。全くだ。驚いた……。ゾンビにされたものが、自分の意識を取り戻すことはない。だが、ありえない事が起きてしまっているのだろう。これは恐らく、世界が重なった影響なのだろう。つまり……二重存在として後天的に覚醒したのだ」
「へえー。新種誕生じゃない」
「何、それ。二重存在? ゾンビと、あたし?」
伊州がとても嫌そうな顔をした。
「元ゾンビだとしても、きちんと意識があるならば十分だ。どうだ君、我がG.O.D.に参加しないか?」
悟さんが早速、伊州を口説き始めた。
「えっ!? イケメン!?」
伊州もまんざらでもないみたいだ。
うーむ、悟さん、人たらしの才能があるな。
結局、伊州藤子は自警団、G.O.D.に参加することになった。
ゾンビ化した彼女は、人並み外れた腕力と、驚くことに再生能力を手に入れていた。
そのかわり、生の肉を毎日食べないと体が腐ってしまうみたいだ。
翼人の春香さんは空を飛べる代わりに、体重がすごく軽くなったし、食事をたくさんしなければいけなくなっている。
姫と一緒になった楓は、何を見ても魔力の流れみたいなものを察するようになったらしい。
水も風も、魔力が見えてしまって、何も考えず風景を眺めることができない。
変化した人たちは、みんな今までどおりでは暮らしていけなくなっている。
それは街だってそう。
特に大きな変化があったのは、私が暮らすこの足立区。
後々、全国の変化した状況を国がチェックして回ったそうなんだけど、足立区が一番変化が激しかったらしい。
それこそ、元の地形の跡形も無いくらい。
だから、国はこの地区を暫定的にこう名付けることになった。
『混在都市』と。
そして。
「マサムネ、出番だぞ!」
G.O.D.からの要請を受けたのか、教室の扉を開けて姫が現れる。
既にエルフの姿だ。
学校は再開されていたけれど、私の生活は今まで通りじゃない。
終末の魔女の力は強力なので、困ったことがあった時、こうして呼ばれることになる。
「分かった、姫! すみません先生! 早退します!」
私が手を上げると、先生は諦めたように頷いた。
私がこうしていなくなるのは、珍しいことじゃない。
それに、私一人がいなくなれば、教室にいる生徒の数は残り四人になる。
そう、無事だった生徒は、うちのクラスでこれだけだった。
「えっ、マサムネ、あたし行かなくていいの?」
「ああ、伊州は残ってて。出たの、モンスタ・バースの怪獣だから」
「うええ、あのでっかいやつかあ。うん、任せた」
伊州に見送られながら、私と姫は仕事を果たしに出発する。
モンスターの狙いを引きつける姫と、モンスターを倒せる私。
私たちがいれば、あの大災害みたいな怪獣だってそう強くない。
「出現場所が少々遠いな。東京ビッグサイトだそうだ」
「マジで!? めっちゃ遠いじゃん! 急がなきゃあの辺、更地になっちゃう!」
「更地になるかどうかは、モンスターの種類によるがな……。そも、先日のマサムネは普通に辺りを更地にしかけたではないか」
「ああー! 同じミスはしません……!!」
さあ、今回はどんなルートで向かおう。
まずはつくばエクスプレスで、帆船に乗って、その次は……。
第一章、終わり




