第十七話 まさか防火管理者の資格を持ってた事がここで生きるとはなあ
運河を併走しながら、モンスターが走ってくる。
その勢いは、自転車で全力疾走するくらい? 結構な速さだ。
カスタネットそっくりな胴体の先っぽ上下に、小さな目玉が合計四つついていて、それが姫をじっと見つめている。
本当に、姫を狙って襲ってくるんだな。
「戦うなら、まずは近くに行かないと」
そう考えて、私は船の後部に向かって歩き出した。
この電車は、今はいくつもの船を連結させた作りになっている。
なので、船の後部から別の船の舳先へと飛び移らねばならない。
電車の中を移動するより難易度高いぞ。
「じゃあ、私は行って来るね、姫」
「何を言う。奴の狙いは妾なのだぞ。妾も行くに決まっているだろう」
当たり前のような顔をして、姫はついてきた。
その後ろで、聖戦士おじさんも立ち上がる。
「そんな! 子どもたちばかりを危険な目にあわせられないよ! ぼ、僕もがんばるぞ!」
「俺も」
「俺も」
聖戦士おじさんに触発されたようで、サラリーマンの人も何人かついてくる。
「どうせこのままじゃ、仕事にならないしな」
「うちの会社も食われてたわ。失業だ。許さねえぞ怪獣め!」
やけくそになってる人もいる。
大多数の人は、怪獣に怯えて動けなかった。
だけど、立ち上がってくれる人もいることに、姫は感動したようだった。
「そなたら……! よし、妾に任せよ! そなたらの思いは無駄にはせんぞ! 皆の力でロックバイターを倒すのだ!」
おーっとみんなが気勢を上げた。
メンバーは、私マサムネと、姫、聖戦士おじさんこと兼好さんと、四十代半くらいの式部さん、ちょっと若く見える納言さん。
この五人で、追ってくる怪獣、ロックバイターと戦うことになる。
まずはみんなで、船の最後尾に向かう。
他のサラリーマンの人たちは、戦いに参加こそできないものの、私たちの手助けをしてくれる。
向こうの船にいる人が、ジャンプして乗り移ってくる私たちをキャッチする。
私と姫は、スーツ姿の女の人。
おじさんたちは、サラリーマンの人たちに受け止められる。
乗っている人はみんな、青井駅でゾンビと戦った仲間だ。
私と姫を見て、また戦いに行くんだって分かるのだ。
「頑張ってね、二人とも!」
「あんな化け物をやっつけられるのか!? い、いややっつけてもらわないと、困るもんな……。頼むぞ!」
「がんばれー!」
声援を受けながら、どんどんと最後尾に向かっていく私たち。
最後の船には、船長さんが一人だけ待ち構えていた。
すぐ横に、ロックバイターの目玉がぎょろついている。
「こっちの乗客はみんな避難させたぜ。さあ来い! そして車両を存分に使ってくれ!」
「準備いい!」
「うむ。船乗りという人種は迷信深いが、同じ船の仲間だと認めれば気持ちのいい連中だと聞いた事がある。まさに、あやつは海の男だな」
荒川区の只中なのに、海とはこれいかに。
あ、でも運河は隅田川と合流してたし隅田川は海に繋がってるし、ちょっと海の要素とかあるかも。
その後、私と姫が一度にジャンプしたのを、船長さんが受け止めた。
ちょっとニヤニヤしてたのはアレだけど、今回は不問にする。
一人で最後尾の船に残ってたんだもんね。
続いて、三人のおじさんたち。
ここで、聖戦士おじさんが戦闘モードになった。
お腹の出たヒーローになった彼が、式部さんと納言さんを抱えて「とーう!」とジャンプする。
変身すると、聖戦士おじさんの身体能力は凄く上がるみたいだ。
私も魔女になると、体が軽くなるもんね。
『ぐおごごごごおーっ!!』
ロックバイターは、すぐ目の前に姫がやって来たので、興奮して吼えた。
吼えたら速度が遅くなって、船がどんどん引き離していく。
カスタネットみたいな構造をしてるから、吼えるために口をあけると、空気抵抗で遅くなるのね。
ロックバイターは慌てて口を閉じると、猛烈な勢いで追いすがってきた。
「あー、あのまま置いていけるかと思ったけど、残念」
式部さんががっかりした。
彼と、納言さんの二人、ただのおじさんなのにどうするつもりだろう。
そう思ったら、船長さんがにやりと笑った。
「こいつを使ってくれ!」
そう言って手渡してきたのは、電車に備え付けられている消火器。
なるほど、飛び道具だ。
これから出てくる粉を、姫が風の魔法で怪獣に届ければいい。
「僕はマストの上から、怪獣に飛び乗るぞ!」
聖戦士おじさんは勇ましく宣言して、よいしょ、よいしょ、と帆柱を登り始めた。
「準備せよマサムネ。そなたが切り札だ。だが、ここは街中。仕損じれば街に被害を与えてしまうぞ。機会はただ一度。それは、妾とこやつらで作る!」
「うん。間違いなく決めないとね」
それに、あれだけ大きな怪獣を仕留めるには、終末の魔女の力をいっぱいに使わないといけない。
キリングジョーにやったような攻撃をするなら、撃った後の私はぶっ倒れてしまうことだろう。
失敗したら、即、船ごとゲームオーバーだ。
「では行動開始だ!」
姫が宣言すると同時に、式部さんと納言さんが、消火器の栓を抜いた。
「まさか防火管理者の資格を持ってた事がここで生きるとはなあ」
「消化訓練しといて良かったわ」
二人は軽口を言い合いながら、消火器のホースを握り、一斉にロックバイター目掛けて噴射した。
「火事だー!! ……じゃないんだった。怪獣だー!!」
「食らえ、怪獣めー!!」
「ウインドコントロール!」
姫が操る風が、消化器から発射された粉を怪獣の目まで届ける。
『ぎょっ! ぎょわうわうわー!』
怪獣が下の目を見えなくされて、つんのめった。
片足が運河に突っ込んで、地面に打ち付けられた顎が、ガリガリとアスファルトと石畳を削り取る。
「すっごい。効いてる効いてる!」
まさか消化器が通用するなんて。
私が思わず叫んだら、おじさん二人もポカーンとしていた。
「やってみるもんだなあ」
「よっしゃ、これで消化器は終わりだ!」
最後の粉まで出し尽くした消化器。
これを、納言さんが怪獣目掛けて投げつけた。
大きな顎の上で、真っ赤な消化器がかこーんっと跳ね返る。
『ぐおごごごぉーっ! ぐおごごごぉーんっ』
怪獣が吠えて、じたばたと暴れ始めた。
うっわあ、怒ってる怒ってる。
ゾウみたいな足で地面を踏み鳴らして、削れた石畳をこっちに蹴り飛ばしてくる。
「いかん、降ってくるぞ!!」
船長が警告した。
石畳は、手裏剣みたいになって私たち目掛けて飛んでくる。
「任せるんだ! とーう!」
マストの上に立っていた聖戦士おじさんが、バシッとポーズを取り、ジャンプした。
空中から飛んでくる石畳を、彼がパンチしたり、キックしたり、体で受け止めたり「うっ」大体弾き落とす。
お腹に当たったのは痛そうだった。
着地したおじさんが、お腹を押さえてひーひー言ってる。
『ぐおごーん! ぐおごごーん!』
怪獣は上の方の目をギョロギョロさせて、必死に姫を追ってこようとする。
半分運河で、半分陸地にいては追いかけられないと思ったみたいで、とうとうロックバイターは全身で水の中に飛び込んできた。
つまり、相手は運河の中で逃げ場なし。
「マサムネ、今だ!」
「任せて!!」
眼帯を剥ぎ取る私。
「私は実は、終末の魔女!」
頭の中に、カチカチと照準が合う音がする。
そんな暇ない。
省略。
水の中に入った怪獣は思いの外早くて、船を目掛けてどんどん近づいてくる。
続いて、エネルギー充填。
ギュンギュンと全身からエネルギーが集まってくる感覚がある。
左目が熱くなった。
えっと、多分、充填率50%くらい。
ええい、これでいいや。
私は左手を伸ばす。
指先でピストルを作って、人差し指を怪獣に向けて構えた。
「ばきゅーんっ!!」
私の叫びと共に、左目が輝いた。
今度は、何が起こってるのかよく見える。
左目から伸びた真っ赤な輝きが、どんどんと伸びていく。
掠めた船の一部を削り取って、まっすぐまっすぐ。
あっという間に怪獣に直撃して、
『がおごごごご、ぐおごごごごご!!』
ロックバイターがうめき声を出しながら、ぶるぶると震えた。
あっ、一発だと仕留めきれなかった!?
「揺らすのだ、マサムネ! こう!」
私の後ろに、姫が抱きついた。
そして全身を使い、私の体を左右に振る。
まだ出っぱなしだった赤い光が、怪獣の全身をめちゃくちゃに切り刻む。
これにはロックバイターも堪らないらしい。
どんどんと走る速さが落ちていく。
そして、右と左でパカっと二つに割れて、ぶくぶくと運河に沈んでいってしまった。
「うひぃ」
赤い光線を出し尽くして、私はぶっ倒れた。
全力で私を支えていた姫も一緒だ。
甲板の上に寝転がって、真っ青な空を見上げた。
「うおー!! やったー!」
「やったぞー!!」
おじさんたちの歓声が聞こえる。
やがて、その声は船中を包み込んでいく。




