第十六話 希望がある。それだけで気持ちのあり方は変わるものだ。
ゾンビは駅構内にもいた。
聖戦士おじさん以外にも、裏返った人が何人かいて、最後はみんなでゾンビを改札前に寄せ集め、私がメジャーでつんつん突く展開だった。
見た目はとてもシュールだけど、やってる本人は大真面目だよ。
だって、ゾンビに噛まれたくないし、何かされたら感染するかもしれないし。
いかに安全圏から確実に倒すかを追求した、対ゾンビ用スタイルなのだ。
構内のゾンビが全滅すると、奥に隠れていた駅員さんたちが飛び出してきて、仕事を始めた。
「いやあ、ゾンビがやっつけられて良かったよ、ありがとう……! もうダメかと思っていたんだ。だけど、これで電車がが出せる」
駅長さんらしき人が、私たちにお礼を言った。
私と姫とサラリーマンの人たちは、何かやり遂げた気分で笑顔を交し合う。
「気を取り直して。大変お待たせしました。これより、つくばエクスプレス秋葉原行きが出航します!」
おおーっと歓声が上がった。
うんうん、これで無事、電車が出航できるね。
────なぬ?
出航?
改札を抜けた私たちの目の前へ、一隻の帆船が姿を現す。
舳先に近いところで、運転手さんが舵輪を握っていた。
これが電車!?
船のボディは、見慣れた電車の色をしている。
だけど、船なのだ。
電車じゃない。
「確かに運河になってたけど……。そう言えば一昨日、運河を走る帆船が電車代わりに走ってたのを見たような」
「うむ。なかなか風情があるではないか。街を貫く巨大な運河を、人々を乗せてひた走る帆船。ファンタズム・バースでもこのような景色は見た事がなかったぞ」
そりゃあ見た事がないだろう。
これはどうやら、ファンタジー世界の定期船と、こちらの世界の電車が重なってしまったために生まれたものらしかった。
サラリーマンの人たちは、次々に船へ乗り込んでいく。
この帆船が、電車みたいに何隻も連なっていて、ロープで繋がっているのだ。
「戸惑ったみたいだね。でも一昨日の帰りから電車はこうだからね」
乗り込む直前に、聖戦士おじさんが教えてくれた。
サラリーマンの人たち、これに乗らないと出勤も帰宅もできないので、粛々と受け入れて利用しているみたい。
バイタリティあるなあ。
「出航しまーす」
近くまで伸びてきている伝声管から、車掌さんの声がした。
どうやら最後尾の船に乗っているらしい。
それと同時に、後ろからビュウッと風が吹く。
ちょうど私たちの頭を撫でて、帆に直接当たる高さを、狙ったように吹き付ける。
ああ、これが電線と電気なのだ。
風を受ける帆がパンタグラフで、動力を船全体に伝える。
帆船が運河を疾走する間、風は吹き続けるんだ。
やがて、猛烈な勢いで船は運河を走り出した。
「して、聖戦士よ、この後はどうするつもりだ?」
「出勤するよ」
聖戦士おじさんと隣の席になった私たち。
目的地に着くまでは暇なので、話を始めた。
「そうか。仕事熱心なことだ。だが、そなたの中に眠る聖戦士としての心を妾は確かに見た。そこで話がある。実はそなたと同じように、街を守るために戦う一団があってな。そこにそなたという強力な戦士を推挙したく思う」
「ええっ、本当かい!?」
「ああ、なるほど。おじさんもあそこなら、活動しやすいかもね」
楓のスマホを起動すると、ruinトークを開いた。
グループは一つだけ。言わずと知れた、G.O.D.のグループ。
おじさんも、業務用でruinトークをインストールしていたので、お互いのスマホを向かい合わせてふりふりするだけで友達登録は事足りた。
その後、G.O.D.とのグループチャットにおじさんを招待する。
姫:『そなたらに新しい仲間を連れてきたぞ。聖戦士との二重存在であるベクターだ』
姫、ゆっくりとだけど正確にフリック入力をしていく。
どんどんと文明の利器に慣れ親しんでいくエルフ。
悟:『マジで!? 戦力が増えるのはありがたいぜ! 感謝だ、エルフさん!』
わっ、ノータイムで返答が来た。
ruin常時監視してるんだろうか。
兼好:『はじめまして。兼好定一郎と申します。さきほど、聖戦士ベクターとして活動を始めました』
すごい名前だ。
悟:『ようこそベクターさん! 兼好さんでいいですか? 俺たち、いつでも仲間を募集中なんで! 歓迎します!』
よし、収まるところに収まったな。
その後、おじさんはG.O.D.のメンバーとチャットを始めた。
今日の夜に顔合わせすることになったらしい。
向こうはまさか、普通のサラリーマンのおじさんがやって来るとは夢にも思ってないだろうな。
姫は満足げにスマホを仕舞い、ニコニコした。
「マサムネ、こちらの世界に来ても、志がある者はいるものだ。彼らが繋がれば、モンスターと戦うための大きな力となることだろう。我らが何かをする時にも、力を借りられるようになる」
「そうだねー。でも姫、私はゴッドの人たちとは別行動する方向で一つ……!」
私の申し出に、姫は意外そうな顔もしない。
もっともだ、と言うようにうなずいた。
「言いたいことは分かる。確かに、そなたの力は強すぎるからな。存分にその力を振るおうと思えば、仲間の存在は邪魔となろう。終末の魔女たる自覚が出てきたようだな、マサムネ」
「まあね、はは、ははははは」
あれっ、勘違いされてる?
今更、ただただ人間関係が面倒だから参加したくない、なんて言えない。
ちなみに人間関係云々は、姫の宿主である楓も同じだ。
誰だって、面倒事を避けられるなら避けたいものだ。
だと言うのに、姫は人間に迫害されていたと思うのだけれど、アクティブに人間の中に飛び込んでいったりする。
そこの所が気になる。
「あのね、聞きにくいことをズバリ聞くんだけど」
私は空気を読んで、言葉を引っ込めるというのが苦手だ。
なので、相手の気分を害する可能性を踏まえた上で、あえて聞くことにした。
「うむ、聞くがいい」
「姫は人間が嫌いではないの?」
「大嫌いだぞ。滅べばいいと思っている。だが、それとこれとは別だ。妾が今まで触れてきた人間が特別下等な連中だったのであろう。こちらに来てから出会った人間は、マサムネや叔母上、G.O.D.の者たち、聖戦士。良き人間が多い」
「なるほど……。人によってぜんぜん違うと思ってるから、聖戦士おじさんともフレンドリーにいけるんだね。大人だなあ」
「ははは、エルフだからな」
理由にもなっていないような答えを口にして、姫が笑う。
伊達に長生きしてないという意味かな?
「だが、そなたがいてくれたから、このような考えを持てるようになったのだぞ」
不意討ちが来た。
「えっ、私?」
「そうだ。モンスター・バースの人智を超えた怪物たちは、妾の血を欲して襲ってくる。妾そのものが、人間の世界に置かれた奴らの撒き餌なのだ。この世界に来た時、妾は己の無力さと運命の残酷さに、絶望していた。
だが……舞い降りた異世界で、怪物をも滅ぼしてしまう力に出会った。それがそなただ」
「あー、私かあ……」
なんとなく、眼帯に覆われた左目がむずむずとむず痒い。
そこに宿っているであろう、終末の魔女もさぞや痒そうにしていることだろう。
「希望がある。それだけで、気持ちのあり方は変わるものだ。故に、妾が大人だと言うなら、それはマサムネが妾を大人にしてくれたとも言えるのだ」
「大人って……むむむ、意味深だねえ」
でも、悪い気はしない。
私は人付き合いが苦手だし、すぐに憎まれ口を言うひねくれ者だけど、不思議と姫と一緒にいるのは苦ではない。
考え方も生き方も、人種も何もかも全く違うから、そこが逆にいいのかもしれないなあ。
そんな事を考えている内に、帆船は目的の駅に到着していた。
南千住駅だ。
「あっ、僕の会社もここなんだ」
聖戦士おじさんも降りるみたい。
三人で船から降りると、駅から見渡す限り、街は更地になっていた。
「えっ」
おじさんがぴょこんと跳び上がる。
彼はしばらくフリーズした後で、慌ててポケットからスマホを取り出した。
汗をかきながら、マップアプリを確認してる。
それからまた周囲を見回す。
「えっ」
また、聖戦士おじさんがぴょこんと跳び上がった。
あの動作、びっくりしてるんだろうか。
見かねて、私は声を掛けた。
「どうしたの、おじさん」
「ぼ、僕の会社が……なくなっちゃってる……!!」
おじさん、今にも泣きそうだ。
会社がないと困るのかな?
そっか、お給料もらえないもんね。
姫は、無言で周囲を見回している。
そして、残った瓦礫や、掘り返されたような建物の跡地を見て、こうなった原因を察したらしい。
「これは、ロックバイターに食われたのだな。我らがゾンビと戦っている間に、ここは食い尽くされたらしい」
「そんなあ……困るよー。会社がなくなっちゃったら出勤できないよう」
おじさんが眉毛をハの字にしてしょぼんとした。
そこまで出勤したかったのか……。
でも、私は今現在、そんなことを話し合っている場合ではない気がしているのだ。
だって、私たちはここに来るまでの間、ロックバイターらしき大きな怪獣とは遭遇しなかった。
なのに、南千住についたら一面、食べられた後の更地になっていた。
これってつまり……現在進行系でロックバイターが、この辺りを平らげているってことなんじゃないか?
『ぐおごごごごご』
「ほらあ!!」
私の予想が的中した。
運河の上から、カスタネットみたいな大きな大きな怪獣がこちらを覗き込んでいる。
その口に咥えてむしゃむしゃやっているのは……帆船!?
私たちの前を走っていた、別の電車な帆船が、今まさにロックバイターに食べられているのだ。
「お客様ー。運河の外は大変危険です。電車にお戻り下さい」
車掌さんの声がした。
「当電車は、先行車両の信号が途絶したため、ここで独自の判断をとります。つまり、飛ばすぞ! あの化物から逃げるってことだ! てめえら、しっかり掴まってろ!!」
車掌さんの姿が裏返る。
それは、大柄で豪快な印象の、ヒゲモジャの船長さんだ。
「行け、運転手!」
「アイアイサー!」
運転手も裏返った。
彼の姿もまた、鉄道の制服姿じゃなく、船乗りになっている。
サラリーマンの人たち、びっくりして目をパチクリ。
「さっさと乗れえっ!!」
そこへ、車掌、もとい船長さんの大声が響き渡った。
みんな慌てて、船に戻っていく。
最後の一人が乗り終えたかどうか、という頃合いで、船は猛烈に加速しだした。
『ぐおごごーんっ』
ロックバイターが、動き出した船に顔を向ける。
そして、大きな足を、どしん、どしんと踏み出し始めた。
船を追ってくる……!!
「マサムネ、どうやらここが勝負の舞台のようだぞ」
「そうだね。追いつかれたら船ごと食べられちゃう。どっちにせよ、怪獣は姫を追ってくるんだもんね」
私は眼帯を外した。
運河を走る船の上で、追いかけてくる怪物と戦うなんて。
まるで映画かなにかだ。




