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第十五話 僕は、実はッ“聖戦士ベクター”!

 目覚めると、寝袋の中には姫が納まっていた。

 初夏だというのに、夜になると妙に冷えたから、寝袋のチャックはしっかりと閉められている。

 お行儀よく袋の中に納まりながら、熟睡するエルフ。

 はて……。

 昨夜は楓だったはず。

 私が近付いてみると、また姫が目を覚ました。


「うむ、よく休んだ。昨日はまさか、王族たる妾があのような労務を課せられるとは思ってもいなかったぞ」


 お目覚め最初の一言がそれですか。


「だが、その後、楓をあの動く床の上で走らせたのは良かったな。夜間にこの肉体にヒールをかけておいたから、既に疲労も筋肉痛もない。急速に回復した体は、昨日よりもちょっぴりだけ体力を得たぞ」


 寝袋から抜け出てきた姫が、ぐっと力瘤を作って見せた。


「割と即座に効果が出るのねえ」


「魔法との合わせ技ゆえな。そら、マサムネ。シャワーを浴びに行くぞ」


「えぇ……今日も一緒に?」


「何、あれはそういうものではないのか?」


 だが昨日、おばさんからお達しをもらっている。

 今後、どれだけインフラが持つかは分からないし、料金がどうなるかも不安定なので、節約できそうなことは節約すべし。

 具体的にはシャワーとかお風呂とか、女の子二人で入ってきなさい。

 なんなら私が資料を撮影に行きます。

 とか。


「仕方ない。おばさんが起きてきて、カメラを持ってくる前に済ませちゃおう」


「うむ。しかし、朝も夜も湯浴みができるとは、豊かな国だな。素晴らしい」


 本日のシャワーで知ったことは、姫は自分で自分の髪や体を洗うのがへたくそだということだった。

 王族だもんね。

 ずっと召使いが洗ってくれてたんだろうからねえ。


「して、マサムネ。今日はどうする? そなたが入手した生徒手帳から、クラスメイトがモンスター・バースの手合いになっていることが分かったのだろう?」


「うん、そうだねえ。だけど、道永がどこに住んでるのかは知らないんだよね」


 洗面所で姫の髪を乾かし、ブラッシングしながら私は頭を捻る。

 銀糸のような美しい髪は、風をはらんでふんわりと膨らむ。

 これが時間を置くと、またストレートに戻るのだ。

 不思議。


「ではその道永とやらを誘き寄せねばならぬだろうな。モンスターどもは、妾の血に反応して集まってくる。あまり距離があると分からないようだが、そこはそれ、我らが街を歩き回ればよい」


「そっかそっか。姫と一緒に行動すると、道永が勝手に出てくるわけね」


 昨日遭遇したゾンビは、道永の取り巻きばかりだった。

 あれは多分、彼女がゾンビ化させたのだと思うのだが、ゾンビは特別、姫に反応するということは無かった。

 ゾンビは、姫が定義するモンスターじゃないのだろう。


 二人して髪を乾かして、朝ごはんだ。

 遅く起きてくるであろうおばさんの分を用意し、ラップをかけて冷蔵庫に。

 食べるときにレンジで温めてもらおう。

 姫と私のグラスに牛乳を注いで、本日の朝食であるハムエッグを並べる。

 そして昨日の残りの白米。

 姫はスプーンで、卵と白米を混ぜると、パクパクと食べ始めた。

 このエルフ、よく食べる。


『本日も、巨大生物は徘徊しており、江東区から台東区へ移動を……』


「あっ」


 テレビを点けたら、ちょうど映像が出ている所だった。

 異様なものが、東京の町並みを歩き回っている。

 大きさは、四本足で這いつくばっているのに、三階建てのビルくらいの高さがある。

 外見は一言で表すなら、ゾウの足が生えたカスタネット。

 真っ青な部分が上で、真っ赤な部分が下になっている。

 体の中央に一対の目があって、時々、その全身を口にしてがばっと開く。

 そして、手近なビルにかぶりつくのだ。

 むしゃむしゃと、ビルが食べられていく。

 大きさとか質量とかそんなものは無視して、巨大なビルが一つなくなってしまった。

 多分、ビルに避難してた人たちごと、モンスターは食べつくしてしまった。


「ロックバイターだ。山すら食うという悪食のモンスターだな」


 姫がモンスターの名前を告げた。

 ロックバイターの頭上は、見覚えがある紫色の渦巻く雲。


「マサムネ、あれはどれほど離れた場所に現れたのだ?」


「えーとね、うちが足立区だから……つくばエクスプレスで行けるよ」


「よし! では行くぞ! あれは、我らでなければ狩れぬ! つくばえ・くすぷれとやらで向かうのだ!」


 急にやる気になって、姫が立ち上がった。

 私のコレクションであるダサいシャツを着ているのに、中身がエルフの美少女だと絵になるもんだなあ。

 ちなみに今日のは、スキンヘッドのおじさんが刺繍されている黒いシャツ。

 私のはシマウマのお尻が前にプリントされたシャツだ。


「ちなみに姫、お弁当の希望はある?」


「卵はもういい」


 ハムレタスサンドにするか。




 つくばエクスプレスの青井駅まで到着すると、そこは港になっていた。


「は?」


 二度見する。


「は?」


「どうやら、この辺りには海が侵食してきたようだな。細く運河状になっているのが実に不思議だ」


「あー! 線路が全部、運河になったのね! っていうかこれ、細く細くされた海なの? あ、マジだ。魚とか珊瑚とか海草とか見える……」


 こんな状況だというのに、駅は出勤するサラリーマンたちが多かった。

 彼らは駅の周りにたむろしていて……どうやら、中に入れないでいるようだった。


「ああ……仕事にいけないよぉ」


「勘弁してくれよ畜生、遅刻しちまう!」


「どうしたんですか?」


 手近なおじさんに聞いてみる。

 すると彼は、私たちのダサいTシャツに目を丸くした後、こう言った。


「あ、ああ。駅に近付くと、ゾンビに噛まれるんだ」


「君らも近付かない方がいいぞ。ああ、こりゃあ会社にいけないや。休みだな、自主的休業……」


 ゾンビ!?

 ゾンビって言ったら、道永胡蝶の手下じゃん。

 そいつらが駅を取り囲んで、誰も入れなくしてるならそれって良くない事だ。

 一部のおじさんは、「会社にいけないなあ」ってニコニコしながら言ってるけど、彼らが仕事にいけるように私は頑張るぞ。

 だってそうすると、道永への嫌がらせになるじゃん。


「行くよ、姫!」


「むっ、やる気だなマサムネ。いいぞいいぞ!」


 姫も、魔法を使う体勢になる。

 私はリュックを降ろし、そこから取り出しますは今日の武器。

 それは、金属製のメジャー。

 5mまで伸びるやつ。

 これをぐいーっと思い切り伸ばして……。


「私は、実は……終末の魔女!」


 変身だ。

 姫が“裏返る”と呼ぶこれで、私の髪が真っ赤に染まった。

 眼帯がずれて、その下にある目があらわになる。

 真紅の輝きを放つ、魔眼だ。


「おおーっ」


「女の子が変身した」


「いかす」


 わっ、あちこちでシャッターを切る音が!

 後先考えずに変身してしまったからか。


「なんと……あんな少女まで、僕たちのために戦おうというのだ。僕は今日まで、何をうじうじ悩んでいたんだ」


 あれ?

 私が事情を聞いたおじさんが、ぶるぶる震えている。

 その目から、なぜか、つつーっと涙がこぼれた。


「うおおー! ぼ、僕もやるぞー!」


 おじさんは、お腹が出ていて、髪の毛がちょっと薄くなった垂れ目の人。

 ネクタイもスーツもくたびれてて、一見してパッとしないけど。


「僕は、実はッ“聖戦士ベクター”!」


 えっ!?

 目の前で、おじさんが裏返る。

 その姿は、キラキラ輝く甲冑を着た、まるで特撮のヒーロー。

 お腹は出てるし、二重顎になったおじさんの口元はむき出しだけど。


「少女よ! 僕も一緒に戦うぞ!」


「え!? あ、はい。よろしくお願いします」


「なんと、聖戦士だと!? 古代のファンタズム・バースを守って戦い、今は伝説にしか残らぬ人族の救世主の名だ」


「えぇ……。知ってるの姫?」


「ファンタズム・バースに生まれたもので、知らぬものはいない! これは心強い援軍が現れたぞ!」


 なんだろう、姫のテンションがすっごく高い。

 ということで、私とおじさんの連合軍結成だ。

 ええと、ベクターさん?


「行くぞ少女よ! とーう!!」


 おじさんは、お腹を揺らしながら高らかにジャンプした。

 棒高跳びかって高さまで一気に飛び上がり、そこからゾンビ目掛けてキックをする。


「ベクターキーック!!」


「あー」


 ジャンプキックをされたゾンビは、まとめて三人くらい吹き飛んだ。

 うわあ、見た目はコスプレしたおじさんだけど、強い強い。


「よっし、じゃあ私も。これに力を込めて……」


 伸ばしたメジャーが、赤く光りだす。


「みなさーん、離れてくださーい。メジャーに触れたら死ぬのでー」


 周りに注意を伝えながら、私はメジャーを持ち上げた。

 終末の魔女の力を得たメジャーは、5mまで伸ばしているのにまっすぐ持ち上がる。

 なんだろう。

 めっちゃくちゃ重い。


「おおおっ、重いぃーっ」


「手を貸すぞマサムネ!」


 後ろから姫が抱きついてきた。

 私の手を、支える形になる。


「よし、姫、息を合わせて行くよ」


「うむ!」


「まず、そろーっと右に回転」


「よし」


 私はメジャーを持ったまま、ゆっくりと右回転した。

 ちょうどそこに近付いていたゾンビたちに、メジャーがつん、と当たる。


「あー」


「あー」


 ゾンビたちが、当たった所から溶けてなくなっていく。


「次は左」


「よし来た」


 ゆっくりと左回転。

 すると、回転の軌道上にいたゾンビたちが、メジャーに触れて溶けていった。

 見た目は微妙だけど、かなり効果的な作戦だ。


「とっ、はっ! ぜいぜい、えいっ、やあっ! はあはあ」


 向こうでは、聖戦士おじさんが汗をだらだら流して、肩で息をしながらゾンビと戦っている。

 明らかに運動不足。

 だけど、彼がゾンビの一部をひきつけてくれるお陰で、私の作戦はかなり順調なのだ。

 メジャーを持って、ゆっくり左右に回りながら前進、前進。

 ゾンビたちは次々に溶け、消えていく。


「しっかし」


 私は消えていくゾンビを眺めながら呟いた。


「このゾンビ、男女半々だし、そもそも見覚えがある顔がちょっとしかいないんだけど。制服だって着てないほうが多いし」


「ああ。外部でゾンビを増やしているようだ。道永とやらも放っておくことはできまい。世界がゾンビだらけにされてしまうぞ」


 その後、たっぷり三十分ほどかけてゾンビを一掃した私たち。

 なぜか残念そうな顔をしたサラリーマンたちに拍手されつつ、聖戦士おじさんと固い握手を交わしたのだった。

 おじさんの手は、汗でねちょっとしていた。


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