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7.異世界における貨物・旅客輸送業者の生活1

 シマヌシの朝は遅い。

 アッシュは太陽が高く昇ってからのそのそと起き出し、少量の軽食をとっていた。

 アラビア文字が描かれた時計の針は既に11時を過ぎていた。

 時計の読み方は地球と同じであり、この世界、『白環』の一日も24時間である。

 格好は色の抜けたピンクのパジャマ、裾がほつれている。

 腹部の赤い染みは、当然のことながら傷口がまだ塞がりきっていないのだろう。

 前日、元気に歩き回り飯を食っていたのを見て勘違いしていたが、怪我人である。

 見るからに体調は悪そうだ。

 もっとも、起きるのが遅いのは今朝に限った事ではないらしい。


「怪我のせいだけでは無いわ。大体のシマヌシはこうよ。人間部分(のうみそ)が方針を決めれば、寝ている間であっても『島』はある程度勝手に動いてくれるの」


 冒険小説みたいなノリを期待していた俺は見事に肩透かしを食らったのだった。

 早起きした挙句に筋トレとジョギングをこなしてきた俺に対するアッシュの第一声は、


「無駄にエネルギー使わないでよ。あと暑苦しい」


であり、湧き上がる汗と高ぶったテンションを鎮めるのに水浴びを要した。

 一面に白く雪が積もっていた浮島は、今日は急激に気温が上がり地面がぬかるんでいる。

 雪が溶けて気付いたが、小屋の裏手には貯水池や大きな廃棄坑があり水道管が接続されていた。


「夜の間に高度を下げたからね。気温も結構上がったの」

「季節感もへったくれも無いな」

「? 季節と気温に何の関係があるのよ」


 この世界の農業はどうなっているのか、甚だ疑問である。

 ともかく朝食と身支度を整えると、ようやく会議が始まる。

 応接室の壁に掛けてあった航海図を外し、アッシュの部屋に持ち込む。

 三分の一が古びた木のデスクに航行用品や書物。

 三分の一が使い込んで色の褪せたピンクのベッドにファンシーな小物。

 残り三分の一が足の踏み場。

 そんな部屋だった。

 部屋の主の体調を考慮して、ベットに入ったまま説明だけしてもらう。


「現在の位置としては『中羊頭(ミッド・シープヘッド)』-『酒造池(バカースプール)』間の航路を北に外れたところ。当面の目的としては、数日かけて航路に戻ることを目標とするわ。航路上にはウチの組合の補給地点もあるから、そこまで食料がもってくれれば当面の心配はなくなると思う」

「昨日襲ってきた連中と鉢合わせしたりはしないのか?」

「鉢合わせする確率はあるけど、あの『島』が乗せていた大陸民達は多分昨日全滅したから襲ってくることは無いと思う」

「昨日の様子では大陸民が戦闘に役立つとは思えなかったけど、そんなに重要なポイントなのか?」


 昨日の戦闘を思い出す。

 一対七でもあっさり制圧できたのだ。

 あの様子では何人いても、そう展開が変わるとは思えなかった。


「それでも環境や数に任せて囲めば勝つことはあるし、射撃の囮にもなる。それに、シマヌシは自分の『島』から足を離したがらないもの。『島の加護(バックアップ)』を受けているシマヌシは、その反面、『島』から離れると急激に体力が低下する。高齢のシマヌシが自分の『島』から一歩離れた瞬間に衰弱死するなんてのもよくある話よ」


 今の自分みたいな怪我人もね、とアッシュはぼそりと付け加えた。

 その様子を見るに、相当体力が落ちているようだった。

 もしくは昨日は飢えと戦闘で切羽詰まってハイになっていただけなのか。


「空賊側には相手の『島』に乗り込んで積荷を回収する役が必要だってことか」

「ええ、だから無補給で高高度を逃げ回っていたの。アクシデントで捕まってしまったけど、7人も大陸民が残っていたのは意外だったわ」

「途中で減ったのか。……最初は何人ぐらいいたんだ?」

「初めて出会ったときは20人程が並んでた。追いかけてくるたびに減ってたけどね。どこかの大陸で大量にゴロツキを集めたんでしょうね」


 枯木のような空賊の姿を思い出す。

 シマヌシ同士の追いかけっこの間に三分の二が飢えと寒さで倒れ、残った七人は飢えた状態でシマヌシと戦い、背中から雇い主に射られる。

 ゴロツキとはいえ絵に描いたような悲惨な末路である。


「人材管理とかいう言葉はこの世界には無いのか」

「少なくともシマヌシと大陸民の間にはね。燃費が違い過ぎるもの。これは料金を貰って大陸民を乗せる客島の例だけど、御機嫌でのんびりと航行して、気が付いたら客室に放り込んでいた大陸民が餓死していた、とかたまに聞く話よ」

「凄く不安になってきたが、俺は本当に生きて『大陸』にたどり着けるんだろうな?」

「安心しなさいよ。どの協会でも大陸民を乗せる時の研修はきっちりやらせるし、それもあるから昨日傷薬を飲ませたじゃない」

「あの味だと、今からでも毒と言われたら俺は信じるぞ」

「飲んだくせにうるさいわね! それより私を射てきた相手の事を聞かせなさいよ」


 記憶を辿る。

 ――体全体をすっぽりと覆う暗色の外套に白い仮面、そして手に持つ黄金の弓。


「聞く限りだとそいつが敵のシマヌシね」

「断定できるのか? 他にシマヌシがいる可能性は?」

「『大陸』には複数のシマヌシが居て王族と呼ばれているけど、あのサイズの『島』ならシマヌシは一人よ。それに黄金の弓を持っていたところからも間違いはないわ」

「それもシマヌシの能力か?」


 アッシュは机の上に置いてあった黄金の矢を取り、答える。

 その手の内にある矢は、アッシュが握っているだけで溶けるかのようにグニャリと曲がり、その細い腕に巻き付いた。


「黄金はシマヌシの金属。普段は柔らかいけど、シマヌシが持つとそのイメージ通りに形を変えて硬くなるの。『島』の内部には液状化した黄金が流動していて、それが『島』の不思議な力の元になっているとも言われてるわ」

「あの棍棒や弓もそうなのか」

「ええ、黄金の飛び道具は武力の象徴。シマヌシ同士の殺し合いで最もよく使われる道具ね」


 互いに『島』から離れられないからか。

 黄金の飛び道具を撃ち合い、相手のシマヌシが死亡または負傷したところで大陸民がとどめを刺したり、荷物を回収する。

 それがこの世界の戦闘形式らしい。


「そして、だからこそ相手もタイチが出てきたときに警戒したんだと思う」


 アッシュの手から黄金が伸び、俺の腰を指した。

 そこに下がっていたのは安物の真鍮チェーン。

 黄色く輝き、ベルトと財布を繋いでいる。確かに、遠目に見れば黄金に見えなくもない。


「これも常識だけど、黄金のアクセサリはシマヌシを表しているわ。『大陸』によっては王族専用で、他の大陸民が身に着けていると罰せられることさえある。黄金の偽物を商売に使ったら死刑の場合もあるから注意しなさい」

「……相手が勘違いしてくれたって事か」

「シマヌシだと勘違いしてくれたかどうかは微妙なところだけどね。自分の『島』の大陸民が飢えて使えなくなってきているのに、無補給で逃げ回っていた相手の『島』に突然タイチが出てきたから警戒したんでしょう」


 大陸人を一人残して敵シマヌシ(アッシュ)を射抜いた、という絶好の状況。

 そこに突如出てきた、黄金のアクセサリを纏い棍棒を持ったよくわからない存在(おれ)

 正直、退いてくれたのは運が良かっただけとしか思えない。

 何度か射掛けられていたら、あっさりと死んでいただろう。


「とにかく、空賊が本気で襲ってくるのはしばらく先って事だな」

「ええ、それまではのんびりと過ごしていればいいわ。大陸民が空で出来ることなんてたかが知れてるし、雑用を頼むことはあるかもしれないけど、他の時間は本でも読んでていいわよ」

「ああ、すまないが、実はこちらの文字は読めないんだ。何か他の気晴らしは無いか」

「……そう、田舎ならそういう事もあるのかしらね」


 だからその微妙に哀れんだ目は止めろと。


「文盲じゃあーりーまーせーん! 突然異世界に来て文字が読めないだーけーでーす!」

「うん、そう、分かってる。……大丈夫! 行先には学校もあるし、小さな子達に混じることになるかもしれないけど、お金があれば読み書きも教えてもらえるから!」


 分かっている、と連呼する奴ほど分かっていないのは世界によらず共通のようだ。

 目の前のちびっ子(アッシュ)の言う『小さな子達』はどれ程のものだろうか。


「信じてないなオマエ。昨日あれだけレトルトカレーに舌鼓を打っていたのに」

「そりゃあ美味しかったけど、異世界とか言われてもフィクションじゃあるまいし」


 お前がそれを言うのか。あれだけの超人ぶりを発揮したやつが。

 誰しも自分を基準として物事を判断するものなのだと痛感すると同時に、自分のこれからの生活に不安要素を投げかけながらも会議は終わったのだった。


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