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苦い後味の食事を終え、私と、私を抱いて運んでくれた彼は客室に戻っていた。
「……」
「……」
うーん。やっぱり、話しかけたい。でも、あれだけ言われたしなぁ……なんてフープの下で悩んでいると、こほんっ!と大きな咳払いが耳に届く。
「こほんっ!あー、うー、セティポフよ、その……竜族相手であれば、多少は会話をしても……うん、よい」
私が気まずそうにしていたせいだろう。苦しそうな表情で、そんな決断を下した彼。何か、申し訳無く思えてくる。
……でも、やっぱり、話したい!
「……ぁ、あの。あの……」
ベットに背を起こして座っている私の目の前で、スラッと高い背を窮屈そうに丸め、その上恥ずかしそうに喉の辺りをさする彼へ、私が一番聞きたかったコトを聞こう!と意気込んで、小さく深呼吸をした。
……すぅー、はぁー。
「あなたの、あなたの名前を、教えてください」
その瞬間を、何と表せば良いのだろう。
「……。儂の、名を……?」
「……はい。お、教えて、いただき、たいと……」
私の言葉を、質問を耳にして、彼の瞳がゆっくりと、ゆっくりと、見開かれていき、縦に長い金色の色彩が鮮やかにゆらゆらと揺らめいて見えた。
それは、一瞬だったのかもしれない。けれど、その瞬間は、私にとって永遠にも感じられた。
「……っは、ぁ……」
こんな風に、胸がどくり、どくりと脈打つ苦しさを感じたことはなかった。
息の吐き方も、吸い方も忘れた瞬間。
―――その瞬間、私は竜族の鱗が色を変える様を、はじめて目にした。
「ガ、グォォッ」
首の、下。一枚の小さな鱗。
「ォオオッ」
他の鱗に隠れて、普段なら気にも止まらないその場所で。
「グ」
「あ」
思わず手を伸ばすと、まだ触れてもいないのにふわりと、熱を感じた。緑色の身体に浮かぶ、一枚だけ、鮮やかな赤。
「わシの、ワ、シノナハ」
まるで話し方を忘れてしまったように見えた。
「わし……の。おれの、名は、ぐぁん、ダリウス……」
「ぐぁん、だりうす……?」
「そう、だ。俺の名は、グァンダリウス・セティルシェ・ドラゴーグ」
その名を復唱すべきではなかったのかもしれない。
本当ならもっと、竜族として基本的なルールを学んだ上で、お互いを理解し合ってから、行われるべき行為だった。
―――けれど、
「ぐぁんだりす、せてぃ?」
「セティルシェ・ドラゴーグ」
「ぐぁんだりす、せてぃるしぇ、どら、ごーぐ……」
私たちは、お互いに竜族の掟から遠く離れたところで生きすぎた。私はそもそも竜族を知らず。彼は里を無くしてから、長い間人族の元で生きていた。
私たちは、竜族なのに、竜族に対する耐性もなく、自制も出来ない。
「セティポフの、名は」
グァンダリウスの唇からは、言葉と共に、溢れでる熱が見えた。
「私の名前は……ふぃん。ただのフィン」
「あぁ……フィン」
蕩けるようなグァンダリウスの声を聞いてしまった。愛しい者を見つめる、熱に揺らめく瞳に囚われた。
そんな私も、きづけば喉元が熱を発している。じわりじわりと、汗ばむほどからだが温かくなっていくのを感じて、ぼんやりとしていた視界が開けた。
「……これは、な、んですか?」
怖い。問いかけた声は震えていた。
目の前で起こるグァンダリウスの変化は、まるで夢の中の様な感覚でいたのに。いざ自分の身体にも変化が起こり始めると、これは現実なんだと急に頭が冷えて身が震えた。じわじわと熱は上がっていく。私は小刻みに震えはじめた指先を睨み付け、目が覚めてから目まぐるしく変化する状況に対する疑問を、目の前に立つ彼にぶつけていた。
「これ、とは」
「首の所が熱い。貴方の鱗も……色が、色が変わってしまって、なんなんですか?どうなってるの」
薬湯なんてちっとも効きやしない。身体の震えはぶるぶると大きくなってくる。私は一体どうしたしまったのか、誰かに教えてほしい。
「……私は人族の中で暮らす間、親しくなったものが亡くなっていくのを見続けてきた。その内に自分で随分と歳を取ったような気になって、年寄り扱いに慣れてしまっていたが……」
独り言のように続く懐古。
「私は未だに三百を過ぎず、竜族内では若者と言える。つまり……」
「……つまり、なんですか」
「私の恋燐も、まだまだ現役だったと言うことなのだろう」
……こいりん?なんのこと?さっぱり意味が、わからない。
それに、話し方も。さっきから自分のことを……俺とか、私とか。
「あの、一体、なんのことか……」
ふ、と彼は口許を緩めて見せた。
「いや、すまない。まだ確証がない」
ゆるゆると鮮やかな赤の鱗が目立つ首もとを擦り、私の真正面に膝をついて深く瞼を閉じた。
「今、この国の国王に掛け合っている。セティポフの手伝いや、必要な情報を求め他国へと文を飛ばしていることだろう」
「……」
「人手を借り受けることが出来れば、雄の私からではなく、雌から教えて貰うことが出来るはずだ」
彼……グァンダリウスはそっと私の手に触れて、どうかそれまで待っていてくれないか、とそう言った。
「……え、と」
しん、と静かな部屋で、私とグァンダリウスの息づかいだけが耳に届く。互いに熱を帯びる赤い鱗を持て余し、熱に潤む瞳で見つめあった。
「……わかり、ました」
囁くように答えた私は、彼の大きな手に目線を落として、この鼓動の早さが、どうか目の前のグァンダリウスにつたわらないよう祈っていた。