表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋鱗  作者:
16/16

14

お気に入り338件!ありがとうございます。

苦い後味の食事を終え、私と、私を抱いて運んでくれた彼は客室に戻っていた。


「……」

「……」


うーん。やっぱり、話しかけたい。でも、あれだけ言われたしなぁ……なんてフープの下で悩んでいると、こほんっ!と大きな咳払いが耳に届く。


「こほんっ!あー、うー、セティポフよ、その……竜族相手であれば、多少は会話をしても……うん、よい」


私が気まずそうにしていたせいだろう。苦しそうな表情で、そんな決断を下した彼。何か、申し訳無く思えてくる。

……でも、やっぱり、話したい!


「……ぁ、あの。あの……」


ベットに背を起こして座っている私の目の前で、スラッと高い背を窮屈そうに丸め、その上恥ずかしそうに喉の辺りをさする彼へ、私が一番聞きたかったコトを聞こう!と意気込んで、小さく深呼吸をした。

……すぅー、はぁー。


「あなたの、あなたの名前を、教えてください」






その瞬間を、何と表せば良いのだろう。







「……。儂の、名を……?」

「……はい。お、教えて、いただき、たいと……」


私の言葉を、質問を耳にして、彼の瞳がゆっくりと、ゆっくりと、見開かれていき、縦に長い金色の色彩が鮮やかにゆらゆらと揺らめいて見えた。

それは、一瞬だったのかもしれない。けれど、その瞬間は、私にとって永遠にも感じられた。


「……っは、ぁ……」


こんな風に、胸がどくり、どくりと脈打つ苦しさを感じたことはなかった。

息の吐き方も、吸い方も忘れた瞬間。


―――その瞬間、私は竜族の鱗が色を変える様を、はじめて目にした。


「ガ、グォォッ」


首の、下。一枚の小さな鱗。


「ォオオッ」


他の鱗に隠れて、普段なら気にも止まらないその場所で。


「グ」

「あ」


思わず手を伸ばすと、まだ触れてもいないのにふわりと、熱を感じた。緑色の身体に浮かぶ、一枚だけ、鮮やかな赤。


「わシの、ワ、シノナハ」


まるで話し方を忘れてしまったように見えた。


「わし……の。おれの、名は、ぐぁん、ダリウス……」

「ぐぁん、だりうす……?」

「そう、だ。俺の名は、グァンダリウス・セティルシェ・ドラゴーグ」


その名を復唱すべきではなかったのかもしれない。

本当ならもっと、竜族として基本的なルールを学んだ上で、お互いを理解し合ってから、行われるべき行為だった。


―――けれど、


「ぐぁんだりす、せてぃ?」

「セティルシェ・ドラゴーグ」

「ぐぁんだりす、せてぃるしぇ、どら、ごーぐ……」


私たちは、お互いに竜族の掟から遠く離れたところで生きすぎた。私はそもそも竜族を知らず。彼は里を無くしてから、長い間人族の元で生きていた。

私たちは、竜族なのに、竜族に対する耐性もなく、自制も出来ない。


「セティポフの、名は」


グァンダリウスの唇からは、言葉と共に、溢れでる熱が見えた。


「私の名前は……ふぃん。ただのフィン」

「あぁ……フィン」


蕩けるようなグァンダリウスの声を聞いてしまった。愛しい者を見つめる、熱に揺らめく瞳に囚われた。

そんな私も、きづけば喉元が熱を発している。じわりじわりと、汗ばむほどからだが温かくなっていくのを感じて、ぼんやりとしていた視界が開けた。


「……これは、な、んですか?」


怖い。問いかけた声は震えていた。

目の前で起こるグァンダリウスの変化は、まるで夢の中の様な感覚でいたのに。いざ自分の身体にも変化が起こり始めると、これは現実なんだと急に頭が冷えて身が震えた。じわじわと熱は上がっていく。私は小刻みに震えはじめた指先を睨み付け、目が覚めてから目まぐるしく変化する状況に対する疑問を、目の前に立つ彼にぶつけていた。


「これ、とは」

「首の所が熱い。貴方の鱗も……色が、色が変わってしまって、なんなんですか?どうなってるの」


薬湯なんてちっとも効きやしない。身体の震えはぶるぶると大きくなってくる。私は一体どうしたしまったのか、誰かに教えてほしい。


「……私は人族の中で暮らす間、親しくなったものが亡くなっていくのを見続けてきた。その内に自分で随分と歳を取ったような気になって、年寄り扱いに慣れてしまっていたが……」


独り言のように続く懐古。


「私は未だに三百を過ぎず、竜族内では若者と言える。つまり……」

「……つまり、なんですか」

「私の恋燐も、まだまだ現役だったと言うことなのだろう」


……こいりん?なんのこと?さっぱり意味が、わからない。

それに、話し方も。さっきから自分のことを……俺とか、私とか。


「あの、一体、なんのことか……」


ふ、と彼は口許を緩めて見せた。


「いや、すまない。まだ確証がない」


ゆるゆると鮮やかな赤の鱗が目立つ首もとを擦り、私の真正面に膝をついて深く瞼を閉じた。


「今、この国の国王に掛け合っている。セティポフの手伝いや、必要な情報を求め他国へと文を飛ばしていることだろう」

「……」

「人手を借り受けることが出来れば、雄の私からではなく、雌から教えて貰うことが出来るはずだ」


彼……グァンダリウスはそっと私の手に触れて、どうかそれまで待っていてくれないか、とそう言った。


「……え、と」


しん、と静かな部屋で、私とグァンダリウスの息づかいだけが耳に届く。互いに熱を帯びる赤い鱗を持て余し、熱に潤む瞳で見つめあった。


「……わかり、ました」


囁くように答えた私は、彼の大きな手に目線を落として、この鼓動の早さが、どうか目の前のグァンダリウスにつたわらないよう祈っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ