変幻の夜 令嬢になったボク
「――理を歪め、形を解き、新たなる器を満たせ」
紫紺の光線が胸元に突き刺さった刹那、レナースの視界は虹のような熱で焼き尽くされた。
全身の関節が軋み、芯から肉体が溶け出すような激痛と、得体の知れない甘やかな痺れが骨髄を駆け巡る。
(な、んだ……身体が……!?)
悲鳴を上げようとした喉から、声が出ない。
急速に視界が低くなっていく。
張り出していた肩幅は華奢に狭まり、鍛え上げられていた腕や背の筋肉は、まるで陽光を浴びた残雪のように柔らかく削ぎ落とされていく。
ゴツゴツとしていた指の関節は丸みを帯び、吸い付くように白く滑らかな白魚の手へと作り替えられていった。手のひらにあった剣ダコまでもが、跡形もなく消え失せる。
そして――
男の証が熱い空白へと融解していく喪失感に息をのんだ。
胸の内側をぐぐっと押し上げるようにして、柔らかな双丘が芽吹き、確かな重みを持って膨らんでいく。鼓動が早くなる。
丈夫な質感の太い髪が抜け落ち、サラサラと芳しい音を立てて艶やかな黄金の長髪があふれ出す。
腰のあたりまで伸びた豊かな髪の重みが、露わになった白いうなじをくすぐる。
「あう……、あぁ……ふぅ……♡」
レナースは冷たい石畳に手をついて崩れ落ちた。
息を吐くとともに、胸元のふくらみが頼りなく上下する。
男物の衣服はぶかぶかに緩み、滑らかな撫で肩から滑り落ちて、陶器のような白い素肌を夜風に晒していた。
震える手で自らの胸に触れた瞬間、指先が沈み込む弾力に、レナースは驚き手を引っ込めた。
「わっ、な……なんだ、これは。それに声……自分の声じゃないみたい!?」
唇からこぼれ落ちたのは、澄んで愛らしく甘い少女の高音だった。
思考は凛々しい皇子のままなのに、全身を支配する五感のすべてが、か弱く無防備な少女のそれへと塗り替えられている。
「大成功ね。まるで天使のような麗しさ……尊すぎます。さあ、これをお召しくださいませ」
ナディールが静かに微笑む。
象牙色の絹地に繊細な百合の刺繍が施された、王侯貴族ほどではないが、良家の上品なドレスだった。
「関所の兵士たちは『美少年』を探していますわ。まさか、黄金の髪を揺らす愛らしい姫が帝国の継承者だとは、神でさえ思いもよらないでしょうね」
「この……ドレスを……着るのか……?」
「安全な地へ逃れれば、元に戻す術を施します。……もっとも、不可逆の魔道ゆえ、戻す方が大変ですけれど」
冷徹な宣告にレナースは震え、溢れそうになる涙を噛み殺しながら、象牙色のドレスへと袖を通した。
冷ややかな絹の裏地が、敏感になりすぎた柔肌を滑るだけで、背筋がびくんと跳ねる。
ナディールの細い指が背面の編み上げ紐を結ぶ。
布地が擦れるたび、過敏になった肌の奥底が熱を帯びる。
(僕は皇子だ……こんな、こんな姿になろうとも……!)
男としての矜持が激しく胸を掻きむしる。
しかし、ドレスの裾を握りしめる己の指先のあまりの愛らしさに、いまや少女となったレナースは、絶望的なギャップに唇を噛むしかなかった。
偵察から戻り、ナディ―ルの肩にとまった小鳥のアギルが、つぶらな瞳を丸くして首をかしげている。
「み、見るな、アギル。あっちを向け……って!」
レナースは顔を真っ赤に染め、はだけた胸元を細い両腕で必死に覆い隠そうとした。
だが、華奢な腕では露わになった柔肌を隠しきれるはずもない。
「お似合いですよ、レナース様。……お名前も変えなくてはなりません。ですが、レナース様のすべてを捨てる必要はありません」
ナディールは、青ざめた少女の頬を優しく撫でた。
「最初の音を残して――レイリア。いかがでしょう」
「レイリア……よい響きだ。しかし、慣れそうにないな……名前も身体も」
「ご不満は安全な場所で伺います。今は、この姿でなければ首を刎ねられるだけですわ」
胸の早鐘を必死に抑え込みながら、生まれ変わった金髪の美姫は、遠くに見える検問所の篝火を凛と見すえた。




