居眠り皇子と妄想メイドの個人授業
「ふわ~んとした、この柔らかい感触。マシュマロの枕だにゃ~、むにゃむにゃ♪」
ふわりと漂う甘い香りと、耳元で響く「レナース様?」という呆れた声。
皇子・レナースが目を覚ますと、視界いっぱいに広がっていたのは白と黒のフリル
――そして、何やらとても柔らかい感触だった。
「ひゃあっっっ?」
跳ね起きるレナース皇子。年のころは十五歳になったばかり。
顔を真っ赤にして見上げると、そこには豊かな胸元を軽く手で押さえ、ジト目を向ける美人の家庭教師・ナディールの姿があった。年齢はレナースより少しお姉さんで、侍女も兼業していた。
「もぉ……また、アギルと剣の稽古で夜更かしですね? 勉強中に私の胸を枕にして寝るなんて、いい度胸です」
「ご、ごめんよぉ、ナディール! あまりにも心地よくてつい……」
明朗活発な絶世の美少年と謳われるレナースだけれど、頭を下げながらも赤面が止まらない。
ナディールは呆れ顔でメイド服のシワを伸ばすが、その瞳の奥には深い忠誠心と
――ほんの少し重すぎる愛が秘められていた。
実は彼女、ただの家庭教師でもメイドでもない。
レナースの実母、皇妃・リリィから「万一の際、皇子を命に代えても守れ」と特命を受けた、皇子に仕える最後の護り手なのだ。
(もし城で謀反が起きたら……私はどんな手を使ってでも、レナース様だけは脱出させる)
その日の夜。
自室で着替えをしていたナディールは、クローゼットの奥から一着のドレスを取り出した。
自分のサイズが合わなくなり、着られなくなった思い出の品だ。
繊細なレース、可憐なリボン、ふんわり広がるシルエット。
「うーん、捨てるのはもったいないなぁ……」
ぽつりと呟いた瞬間。
ナディールの脳内に、突如として《至高の閃き》が舞い降りた。
「……待って。もし追手から逃げる時、レナース様にこのドレスを着ていただいたとしたら?」
想像してみる。
透き通るような白い肌。可憐で整った顔立ち。引き締まっているけれど、華奢な少年体型。
(――絶対に、私より似合う!!)
ナディールの瞳が、カッと怪しく輝いた。
(金髪ロングの腰まであるようなウィッグをつけて、ほんの少し桃色のリップを塗って……)
(フリルたっぷりの袖から華奢な手首を覗かせて……『な、ナディール……こんな格好、恥ずかしいよぉ~♡』なんて潤んだ目で見つめられたら……!)
「……ふふ、ふふふふっ~♡」
静かな部屋に、美人の怪しいニヤニヤ笑いが響き渡る。
「正体を隠す変装! そう、これは完璧な危機管理計画! 決して私の趣味ではありません! ……でも、ちょっと着せてみたいかも」
もしもの事態なんて来ないのが一番。
けれどナディールは、クローゼットの最優先特等席にそのドレスを恭しく捧げ直したのだった。
「待っていてくださいね、レナース様。あなたを世界一可愛い"お姫様"にして差し上げますから……♪」
『そんな日』が来ないことを祈りながらも、忠実な守護者は熱い吐息をこぼすのだった。
だが、運命というものはいつも数奇なもの――
ナディールは、クローゼットへ戻したそのドレスが、数日後、皇子の命をつなぐ最後の鎧になるとは知らなかった。




