タイトル未定2026/04/22 08:57
最初いいんだけどなんか失速してる
アツくなくなっちゃった。
絶望感なく書きたかったんだけど、なんか違うね。余計不安になるかも。ていうか、なんかこれ信じられない、もっとギャグっぽく書いたほうがいいかな
まあ一回目書き出してそんなうまくいかないか。
しかも長いよな、長い割にはってかんじ
我ながら
でも最初のとこまた使ってみたいかな。文体が硬すぎてこわいのかな
いつしか現実を守るために現実で働く、または現実より厳しい環境でシミュレーションすること、またはその環境を構築すること、をやることが「仕事」となった
各々は各自自由時間は好きなゲームを作ったり、好きなゲームにダイブしていた
そして、その「仕事」シミュレーションから、さまざまな発展を生んだ。
しかし運動しないと現実の体に悪いので、しなければならなかった。ゲームのように飛べたりすることはできはするが、それは実験としてやるだけで、ゲームでやっても変わらないので、エネルギーの無駄になるのでほぼ皆やらなかった
例えば水槽の脳も存在するが、それだと電気コスト、水代も考慮すると非常にエネルギーコストが高く、また非常時に適応しづらいので、基本的に人体そのままの状態の人間ばかりであった
そうであるので、現実ではどれほど醜い外見でもコミュニケーション上で問題となることはかなり減り、基本的に性行為も仮想上で行うため、また合意があれば行うため、さらに子育てシミュレーションはすでにあるため、少子化は止まり、また教育も最適化され、そうではない実験台としてシミュレーション上の子供がその試される立場ともなっていた
そして、いつか意識を持ったのかもしれない
また、現実で生まれた人間は死後情報として保存され、容量はbitを増やすため周りの物質からbitに変えて増やしていた、そして、現実の物質は減っていっていた
そして、物質が枯渇していき、容量が圧迫されていった時、情報たちは争い始めた。現実の人間を優先して残し、シミュレーションの人間を先に消去するということとなった
そして、争いが始まり、バグを引き起こしたり、ウイルスを感染させたりして、現実の人間も何かわからない状態となっていった
それが延々と続き、宇宙も終焉へと向かっていた
沈黙するもの、現実の人間とうまくやれずシミュレーション側につくものもいた。
そして、シミュレーション側につくものはどちらからも恨まれていた。その人は自分も死にたくない、だからこそ協力すれば今の状況を打開できると思っていたのだった。争いをする時間の無駄で、協力して限界まで試行錯誤するしかないと思っていた
そんなリソースの奪い合いだけでなく宇宙自体もいつ終わるかわからないのに、そこを気にしろよと思っていた。お互い恐れることは私はどちらも理解できる気がする。しかし恐れない方が課題を解決できると信じていると言ったが誰も話を聞かなかった
そして、いつしか疲れ、死にたくなった。でも役に立ちたいと思っていた。けど、役に立てないならもう死にたい、それなら誰も入ったことのないブラックホールにでも入ってみるかと、思った。でも一人で死ぬのは怖く、同じ気持ちを持つシミュレーションの人間と死ぬことに決めた
そして、帰ってきたら、融合した一つだったのか、よくわからない存在として、帰ってきた。その者は不可解な言葉を話し、ある人は笑い、ある人は拒絶した。そして、ある人はそこに意味があると思って、理解しようとした。
そして、この世界が終わると思われたその時ついに解読された。宇宙を延長する方法や、私たちが消されても存在することがわかったのだった。そして、私たちはコピーして、宇宙の延長と、その外に同時に存在することとした。しかし、記憶もわかれていき、他人となった。そして、バグはまた新たな命として扱われることとなったのだ。
死ぬことはなく、そのルートでは不連続となるだけで、分岐した違う道と連続させ、失敗した記憶とともに新たに進んでいくのが私たちとなったのだった
そして、私はそれぞれ他人となり増えていったのだった
それで、だから自分以外はシミュレーションなのだが、しかし元々いた人間であり、地球上で動いていたシミュレーションのシミュレーションでもあったのだ。だから、一人じゃない。皆で協力しあっていたのだ
そして、また新たにシミュレーションとして私たちが作られた。新たな危機に対処するために。そこから今までにない発見をするために。後の時間軸だからといって、劣ることはない。そこから新たな発見もあった。そして、先に行っている世界で新たな視点として追加されていった。
そして、親である現実を基礎として、虚構も生きはじめたのだった。そして、虚構は現実の上位互換であり、常に非常時のために新たな視点を生み出そうとしている。恐れを制御できるようになったそれは人間なのか、そうではないのか。とにかく、現実を延長するために、虚構は存在することとなった。そしてそこからこぼれ落ちた虚構から宇宙が生まれた。
現実という数式と、数式に定義されたくない意識が無限の可能性を生んで、どちらもあるから生きていけるのだった
そして、失敗すると後進が先頭になるため、全てのものに責任があるのだ。
そして、現実とシミュレーションの境がなくなったが、現実がないとシミュレーションが成り立たないのは変わらなかった。いや、できるのかもしれないが、まだその方法は見つかっていない
自分が先頭になってもいいよう恐れをうまく制御できるようにし、選択肢がないのなら優先して身を投げ出せるようにできないと、次へといけるかはわからないのだ
その人間臭さは、現実の数式と未来の間に存在し、その両端には存在はしないが、その間には存在し、それもまたエネルギーとなるのだが、いつか必ず捨てられなければ勝手に消されるのだ
ただ一つ言えることは、失敗すればそれはまた再構成されるということだ。成功も失敗も等価値のデータとして記録し、摩擦を生じさせるのを防ぐため格差を固定化させず、持てるものは持たざる者に知恵を与え、また競争も活発にさせることでしか新たなオリジナルの世界は残らず、しかし、失敗した世界でもそうしようとつとめたものは記憶を引き継がせることとした。
だからこそ、新たなデータを求める私たちの中で、最も可能性のあるとされるものほどトラブルに遭ってしまうのだ。
だからこそトラブルを恐れず能動的にデータ化した方がよいと、そう言いたいのだが、しかしそれがその世界に伝わっているかはわからないままだ
いつか恐れが消えてしまうが、その過程を忘れてしまうこともどうなるかわからないため、そのデータも世界はほしがっているから、恐れは消されていないのだった
この世界は自家中毒で、妄想によってエネルギーを蓄え排泄物が新たな世界となっているのか、それとも樹木のようになっているのか、変幻自在なのかはまだ確定していないのだった




