23. 服毒
襲撃事件から数日後の昼休み、アランがこっそり私を迎えに来た。
「今から生徒会室に来るように、殿下からの伝言だ。」
「えっ、今すぐにですか!?」
ご飯を食べる約束をしていた令嬢たちに、外せない用ができたと謝り、生徒会室に向かう。
「いきなり、どうしたんですか?この前の襲撃の犯人でも分かったんですか?」
「――いや違う。ここでは言えない。」
少し早足で生徒会室に向かう。すれ違う同級生がこちらを振り返る。あの襲撃を受けてから、「レナ様、さすがです」なんて言ってくれる子も、その内心を疑ってしまう。
いつも通りノックをすると、中から「入って」とリュカの声がした。
「いきなりどうなさったんですの?」
リュカが俯いたまま答えた。
「――オレリア嬢が亡くなった。今日の午後正式に発表になる。その前に、君には伝えておこうと思って。」
「えっ?!」
「今朝、彼女の返事がないから、神官たちが無理やり押し入ったら、血を吐いて床に倒れていたそうだ。内側から鍵がかかっていて、机の下に毒薬の瓶が落ちていた。遺書は見つかってない。」
「……服毒自殺ですか?」
「ああ状況的に。ただ彼女はひと月以上、謹慎していた。どこで毒を手に入れたかは疑問が残る。」
リュカの表情がいつになく曇っていた。アランがボソッと言った。
「レナ嬢に言うことではないかもしれないけれど、あの子はあれで、かわいそうな子なんだよ。聖女の力のせいで、子爵家から売られるようにジュベール公爵家に引き取られた。力が無ければ当然後ろ盾もない。そのことを彼女自身良く理解していたのだろう。」
「……そうですか。」
力のある者に媚びる一方、目下の者を蔑み、自分の邪魔になる者を排除しようとする。彼女の身の振りはとても聖女らしいとは思えなかったが、ただそれも彼女なりの生存戦略だったのかもしれない。リュカは深い溜息をついた。
「彼女の聖女としての実力は買っていた。だが、それ以上に煩わしく思っていたというのが正直なところだ。僕は何度もその気持ちには答えることができないと言ったのに、まるで婚約者のように振る舞う。」
私は少し不思議だった。原作のリュカはもっとオレリアに好意を持っているようだった。それこそ、二人で私・レナを断罪しようとするほどに。
「王家が聖職者と結婚するなんて前例がありませんし、性格も全然王家向きじゃないですからね。」
アランもリュカに同調した。
「――ただ別の方法であの子を救うこともできた気はしてね。」
最期の面会でリュカは、あなたのために第一王子に呪いをかけたというオレリアの告白に激昂していた。ただ気が強い彼女が自ら死を選ぶとまでは思っていなかったのだろう。
「殿下のせいじゃないですよ。神官長にそそのかされたとはいえ、アレクサンドル殿下に呪いをかけたのは彼女自身です。」
「ああ。そうだな。それで彼女は全て伏せられた上で、来週頭に国葬になる。」
「国葬?」
「筆頭聖女だからな。神殿の面子もある。おそらく彼女の葬儀が済むまで、ジュベール公爵派は大きくは動けないはずだ。でも逆にこれはチャンスだと思ってね。」
「なるほど、作戦を早めるということですか?」
「その通りだ。レナ嬢、今度こそ僕たちの手で兄上を呪いから救い、魔王の復活を止めよう。そしたら……。」
覚悟を決めたリュカの青い双眸が私を射抜く。
「そしたら……?」
「いや、何でもない。今は作戦に集中しよう。」
「はい。」
リュカたちが用意していたサンドイッチとマドレーヌを少しつまんで、午後の教室に向かう。
「……殿下は『そしたら』の後、何を言おうとしたのかしら。」
少なくとも私は『そしたら』の後は、以前のような平穏な学園生活に戻りたい。もっと言えばスクレに籠って闇魔法を究めたい。これ以上彼に近づいてリュカの婚約者候補だと、狙われたり、襲われたりするのはお断りだ。
それに原作のレナのことも、少しもやもやしている。暴かれつつある真相を元に考えれば、おそらく原作の王族の呪いもレナの仕業ではない。ジュベール公爵家や魔王崇拝教の関連者が怪しい。
私が領地に籠っていた間、原作よりも早く国土の瘴気汚染が進み、魔物が増加した。違うのはレナ。既に王家に出入りしていたレナが依り代の存在にいち早く気づき、何がしか抵抗していた可能性だってある。
ジュベール公爵家とオランジュ家は元々対立派閥。真実に気づいた彼女ははめられたのかもしれない。それにリュカとオレリアの関係だって、レナという婚約者がいたから盛り上がった恋なのかもしれない。
原作のレナはどこか物憂げで、快活なリュカとは正反対なキャラだった。そんな彼女を私が推していたのは、何もキャラデザインだけではない。彼女のひたむきで才能に胡坐をかかない。そんな性格に共感したからだ。
もう一度、あちらの世界に戻って、『光と陰のアンビバレンス』の続きを読みたい。リュカは真相に辿りつき、最後は濡れ衣を着せたレナに謝罪したのだろうか。
彼は以前、私を疑っていると言った。それは――こちらも同じだ。今は利害が一致しているから、共闘できる。だけど、どうしても原作の彼が脳裏にチラついて、心から気を許すことができなかった。




