そんな事くらいで
「はい、終わり!」
ジュリが唐突に手を叩く。
「とりあえずさ、ご飯食べたいんだけど」
「シェリーたち作ってきてよ」
軽い調子で笑う。
「ったく、あんたね……」
呆れながらも、シェリーは立ち上がる。
ルリアもそれに続く。
「私も手伝います!」
ユキノも声を上げ、そのままキッチンへ向かった。
キッチン。
質素ではあるが、十分に料理はできそうな場所。
三人は自然に役割を分ける。
材料を切る音。
火にかける音。
しばらく、静かな時間が流れる。
その中で。
「そういえばさ」
シェリーが口を開く。
「ユキノって、なんでエディルと一緒にいるの?」
包丁を動かしながら、さらりと続ける。
「しかも魔族でしょ?」
「魔界と人間って、どうやって出会うの?」
ルリアも小さく口を挟む。
「……あの人、女好きそうだよね」
ぽつり。
ユキノは苦笑する。
「……それは、まあ」
少しだけ言葉を選ぶ。
そして。
ぽつり、ぽつりと話し始めた。
エディルのこと。
魔界で、極炎魔族の王子として。
働かず、ぐうたらに暮らしていたこと。
だが――
勇者一行に、突然すべてを壊されたこと。
魔界の壊滅。
復讐のために、人間界へ来たこと。
そして。
自分のことも。
アルディス山での、平穏な暮らし。
突然の王都兵。
理不尽な婚約。
エディルとの出会い。
そして――
帰った故郷は、燃えていた。
王都兵によって。
何もかも。
奪われた。
「……だから」
小さく息を吐く。
「復讐するって決めたの」
「エディルと一緒に」
火の音だけが、しばらく響く。
やがて。
「……壮絶だね」
シェリーが、ぽつりと呟く。
「……やっぱり」
ルリアも続ける。
「勇者一行って、下劣だね」
静かな声。
だが、その言葉には確かな怒りがこもっていた。
「……本当に」
ユキノも、改めて思う。
勇者一行の下劣さ。
キッチンには、重たい空気が流れていた。
だが――
「見ろって!ほら!」
居間の方から、賑やかな声が響く。
三人は手を止め、顔を見合わせる。
そのまま様子を見に行く。
居間。
「ほら!俺こんな立派な翼もあんだよ!」
エディルが自慢げに、翼を出したり引っ込めたりしている。
「お前らにはないだろ?人間だからな!」
得意満面。
ジュリはそれを見て、楽しそうに笑う。
「やだー!かっこいい!」
完全に煽てている。
少し離れたところで。
タルタロスから逃げてきた男女も、くすくすと笑っていた。
さっきまでの怯えた様子は、少しだけ和らいでいる。
それを見て、エディルはさらに調子に乗る。
「そんでこれが、魔族流の愛の告白」
指先に、小さな黒炎を灯す。
ゆらゆらと揺れる炎を、器用に形作る。
ハートのような形。
「ほら、こうやって――」
それを男の方に見せる。
「お前もやってみろよ」
ニヤリと笑う。
「そいつ、イチコロだぞ」
「いや、出来ませんよそんなの」
男は笑いながら、即座に拒否する。
そのやり取りに、ジュリと女性はさらに笑い声を上げた。
完全に、ふざけた空気。
(一番歳上のくせに子供だな……)
ユキノは呆れる。
だが。
その隣で、ルリアがぽつりと呟いた。
「あの人たち……」
視線は、例の男女へ。
「さっきまで、全然笑ってなかったのに……」
少し驚いたような声。
シェリーも、その様子を見て笑う。
「……エディルのおかげだね」
軽く言う。
その言葉に。
ユキノは、もう一度エディルを見る。
相変わらず、くだらないことをしている。
うるさいし、バカだし、調子に乗ってる。
(ほんと、バカ……)
だけど。
ほんの少しだけ。
誇らしかった。
しばらくして。
食事も完成し、皿を居間へと運ぶ。
そのまま、全員で食卓を囲んだ。
エディルは相変わらずうるさい。
だが。
食事の所作だけは、誰よりも綺麗だった。
背筋を伸ばし、無駄のない動き。
音も立てず、丁寧に口へ運ぶ。
元王子の名残。
その姿を見て、ジュリが吹き出す。
「ちょっと待って、めちゃくちゃ似合ってないんだけど」
茶化すように笑う。
「うるせえな」
エディルは不満そうに返すが、どこか余裕がある。
和やかな空気のまま、食事は進んでいく。
やがて、全員が食べ終えた頃。
「あ、そういえば紹介するね」
シェリーが口を開く。
視線を、あの男女へ向ける。
「この人たち、ユウとエレナ」
名前を呼ばれた二人は、改めて頭を下げた。
「よろしくお願いします」
少し緊張した声。
「おう、よろしくな」
エディルは軽い調子で返す。
そして――
何も考えずに、タバコに火をつける。
「ちょ!ここ人の家!」
ユキノが慌てて止めに入る。
だが。
「別にいいよ、それくらい」
シェリーがあっさりと流す。
ルリアが静かに灰皿を差し出す。
「……どうぞ」
「サンキュ」
自然な流れで受け取るエディル。
しばらく、穏やかな空気が続く。
談笑。
笑い声。
ほんの束の間の、静かな時間。
そして。
「……そろそろ、いいかな」
シェリーが口を開く。
視線は、ユウへ。
「話せる?」
空気が、少しだけ変わる。
促されたユウは、ゆっくりと口を開く。
ユウとエレナは、恋人同士だった。
だが。
二人とも家は貧しく、学もない。
行き場を求めて、各地を転々としていた。
そんな中で辿り着いたのが――
ウズベク地区。
治安が悪いと有名だった場所。
だが現在は、タルタロスの設立により、
一応の治安は保たれているとされていた。
同じような境遇の人間も多く。
衛生環境は良くない。
それでも。
“生きる場所”としては、十分だった。
「……それなりに、暮らせてました」
ユウはぽつりと呟く。
だが。
ある日、突然。
収容所の人間が現れた。
何の前触れもなく。
二人は拘束された。
理由は――
過去に犯した、盗み。
確かに罪ではある。
だが。
人を殺したわけでもない。
ただ。
生きるために。
他人の畑から、作物を盗んでしまった。
それだけだった。
「……その件で」
ユウは一度言葉を切る。
「収容所送りになりました」
軽い罪。
すぐに釈放されると思っていた。
だが。
下された判断は――
無期懲役。
部屋の空気が、重く沈む。
「……数ヶ月、そこにいました」
「出られる見込みもなくて」
静かな声。
感情を押し殺したような話し方。
そして。
ユウは、少しだけ笑った。
「……盗みは、ダメなんですけどね」
自嘲気味に。
「そんなことくらいで……」
ユキノは思わず声を漏らす。
だが、ユウは首を振る。
「僕も、最初は抗議しました」
「過去の盗みで無期懲役だなんて、おかしいって」
一瞬、言葉が止まる。
「そしたら……」
声が詰まる。
少しだけ間を置いて、続けた。
職員たちは、二人の家柄を笑った。
無学で、貧しい人間。
「そんな連中が盗みまで働いた」
それだけで、十分だった。
同じような人間は、ウズベク地区にいくらでもいる。
だが。
“前科がある”
その一点で。
危険因子と判断された。
それだけの理由で。
「……でも」
ユウは、少しだけ視線を落とす。
「僕たちは、まだマシな方なんです」
静かに、続ける。
収容所には――
本当の極悪人。
そして。
自分たちのように、小さな罪で捕まった者。
さらには。
誤認逮捕。
後に引けなくなり、そのまま証拠隠滅として処刑された者。
様々な人間がいた。
「……たまに殴られますけど」
遠くを見るような目。
「殺されないだけ、マシなんですよ」
その横で。
エレナが顔を伏せたまま、静かに泣いている。
部屋の空気が、重く沈む。
その中で。
「……気持ち悪い連中だな」
エディルが、低く呟く。
怒りを押し殺した声。
そして。
「俺は――」
ゆっくりと、口を開く。
「ある日、突然」
「魔界をめちゃくちゃにされた」
視線はどこか遠くへ。
「仲間も、全部死んだ」
「俺も死にかけて……動けなくて」
「そのまま、隣で」
「父親や仲間の死体が腐っていくのを、ただ見てるしかなかった」
一拍。
「……あんな屈辱、初めてだった」
拳が、わずかに震える。
「だから俺は」
「人間界に来た」
「――あいつらを、殺すために」
静かに、言い切る。
部屋が、凍りついたように静まる。
ユウとエレナ。
そしてジュリも。
ただ、呆然とエディルを見ていた。
さっきまで、ふざけていた男。
その裏にあるもの。
あまりにも、重すぎる現実。
その時。
「……私も」
ユキノが、口を開く。
「山の集落で暮らしてたの」
「でも、勇者一行からの婚約を断って逃げたら」
少しだけ息を詰める。
「……報復で、全部焼かれた」
短い言葉。
だが、それだけで十分だった。
さらに、空気が重く沈む。
その中で。
いつの間にかタバコに火をつけていたジュリが、ぽつりと呟く。
「……虫唾が走る」
先ほどまでの軽さはない。
はっきりとした、怒り。
本作を投稿し始めて、まもなく一ヶ月が経過いたします。
初めての作品投稿ということもあり、拙い点や至らぬ部分も多々あったかと存じますが、ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
今後も引き続き更新を重ねてまいりますので、変わらぬご愛読のほど、よろしくお願い申し上げます。




