絶対ろくな場所じゃない
翌日。
エディルとユキノは、同時に目を覚ます。
並んで座り、地図を広げる。
「次、どうするよ?」
読めているのか怪しい地図を睨みながら、エディルが言う。
「そうだねえ……」
ユキノは指で地図をなぞる。
「ここからだと」
「ドレイクがいるウズベク地区と、マリンがいるフルマニア地区」
「距離は……そんなに変わらない、かな」
「ふーん」
だが。
土地勘はない。
どちらに行くべきか、判断材料が足りない。
沈黙。
「……なら」
エディルが、口を開く。
「詳しそうなやつに聞けばいいだろ」
立ち上がり、フードを深く被る。
ユキノも同じように顔を隠し、後に続く。
宿の一階。
受付。
中年の店主が、新聞を片手にタバコをふかしていた。
「おっちゃん」
エディルが軽く声をかける。
「俺ら観光でこの辺来てんだけどさ」
「次の目的地決まんなくて」
「フルマニア地区と――」
一拍。
「ウズベク地区って、どっちが楽しい?」
軽い調子で、聞く。
――その瞬間。
「ウズベク地区なんかに行くの!?」
店主の顔色が、変わる。
声が一気に大きくなり――
すぐに、慌てて声を潜める。
「あそこは、やめとけ」
「なんで?」
エディルは、あっさり聞き返す。
「なんでって……兄ちゃん達、知らねえのかよ」
店主は周囲を気にしながら、声を落とす。
「あそこ、昔から治安悪かったろ」
「……あ、そうなの?」
「俺ら田舎者だからわかんねえわ」
エディルは、何でもないように返す。
店主は、ため息を一つ。
「治安が悪すぎてな、王都でも手に負えなかった場所なんだ」
「でもよ」
「ドレイク様が勇者一行に就任してから――」
「街ごと潰して」
「巨大な収容所に変えたんだよ」
言葉を区切りながら、話す。
「すげえよな」
「自分の出身地の治安守るために、そこまでやるんだからさ」
呆れ半分、尊敬半分。
そんな声だった。
だが。
(……巨大収容所?)
エディルの目が、わずかに細まる。
(あいつらのことだ)
(まともなもんのはずがねえ)
胸の奥に、嫌な感覚が広がる。
「いや、それにしても……」
店主が、言葉を継ぐ。
「収容所ができてからはよ」
「この辺の地区は、確かに治安が良くなったって話だ」
「住みやすくなった、ってな」
一拍。
「……でもな」
その言い方には、どこか引っかかりがある。
「俺は、どうもな……」
「……というと?」
エディルが、すぐに拾う。
店主は、周囲をもう一度確認する。
誰もいないのを確かめてから、さらに声を落とす。
「大物の犯罪者を捕まえるのは、まだいい」
「だがな」
「大した罪でもねえ奴まで、関係なく連れていかれるって話だ」
空気が、少し重くなる。
「それに……」
「収容所って名目だがよ」
「刑期なんてもんは、ねえらしい」
「中でどうなってるかも、外には出てこねえ」
「……殺されてる、なんて噂もある」
店主は、まるで自分の言葉に怯えるように、視線を逸らした。
(……ほらな)
エディルは、内心で呟く。
(やっぱり、そういう連中だ)
(人を、人だと思ってねえ)
確信に、変わる。
「まあ、だからさ」
店主は、無理やり空気を戻すように声を明るくする。
「そんな物騒なとこ行くくらいなら」
「フルマニア地区の方がいいって」
「花と水の都だしな」
だが。
エディルは、もう聞いていない。
「……これ、勘定」
無造作に金を置く。
「おう、毎度!」
「フルマニアだからな!俺のおすすめは!」
「はいはい」
軽く手を振り、ユキノと共に宿を出る。
外。
朝日が、街を照らす。
穏やかな光。
澄んだ空気。
――だが。
エディルの内側は、まるで別だった。
(……あいつら)
黒く、粘つく感情が胸の奥で渦を巻く。
脳裏に過るのは――
かつて。
自身の故郷、魔界が壊滅した、あの光景。
焼け落ちる大地。
消えていく命。
残されたのは、自分だけ。
(……同じだ)
エディルは、ゆっくりと息を吐く。
自然と。
エディルは、東へ歩き出していた。
ウズベク地区の方角へ。
ユキノは、その背中を追う。
だが――
声が、出ない。
(……重ねてるのかな)
自分と。
失ったものを。
胸の奥が、少しだけ痛む。
一歩、距離を詰める。
そっと。
エディルの手を、握る。
「……私もいるからね?」
真っ直ぐに、目を見る。
逃げ場のない距離で。
エディルは、一瞬だけ目を見開く。
――すぐに。
いつもの、軽い表情に戻す。
「……ありがとな」
短く、答える。
だが。
言葉は、それ以上続かない。
代わりに。
握る手に、力がこもる。
離さないと、言うように。
二人は、そのまま歩き出す。
東へ。




