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この世界はなんかおかしい  作者: 16時間
聖職者 アイリーン
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愛牢

(……なんて速さだ!)

エディルは、身体強化されたアイリーンの動きに目を見開く。


――一瞬で、間合いが消えた。

「っ――!」

しなる音。

次の瞬間、鞭がエディルの体を打ち据える。


「……っ、痛ってぇ!」

ただの一撃ではない。

鞭には、聖属性の魔力が付与されている。

魔族であるエディルにとって――それは“相性最悪”の一撃。


焼けるような痛みが、内側まで食い込んだ。

アイリーンは、ふと思い出したように口を開く。


「そういえばあなた……魔界にいた男の子よね?」

にこり、と微笑む。

「魔族には、この攻撃……ちょっと効きすぎるかしら?」


「……そうだな!」

エディルは歯を食いしばりながら、強がる。

「俺は身体も性格も穢れてるからな、よく効くわ!」

「それに――女に鞭で叩かれたのは初めてだ!」

軽口。

だが、余裕はない。


「……そういう子も、大好きよ」

囁くように言い、二撃目を振り抜く。


だが――

「させない!」

横からユキノの氷弾が飛び、軌道を逸らす。

鞭は空を切った。


「……邪魔しないでくれる?」

アイリーンの視線が、ユキノへと向く。


ほんの一瞬。

その隙を、エディルは逃さなかった。


「――くらえ!」

黒炎。

口から放たれた業火が、アイリーンを飲み込む。


「っ、熱……!」

炎が巻き上がり、視界を埋め尽くす。


だが――

「……ちょっと、酷すぎますよ」

炎の中から、声がする。


次の瞬間。

光が、弾けた。

アイリーンの傷が、見る間に塞がっていく。

焼け焦げたはずの肌も、衣服も――何事もなかったかのように。

完全回復。

まるで、最初から無傷だったかのように。


二人は、アイリーンの異常な回復力に一瞬たじろぐ。


だが――

「……お姉さん、すごいじゃねえか!」

エディルは、あえて軽口を叩いた。


強がりでもいい。

止まれば、終わる。

拳に黒炎を纏い、間合いを詰める。

踏み込み――打つ。

アイリーンはそれを紙一重で避ける。

だが、黒炎が身体を掠めた。


「……っ」

確かな手応え。

だが――

次の瞬間には、もう消えていた。

傷も、焼け跡も。

何事もなかったかのように。


「は……?」

エディルが息を呑む。


間髪入れず、ユキノが氷弾を放つ。

命中。

だが同じだった。

凍りついたはずの箇所が、光とともに解けていく。


回復。

また、回復。

何度当てても――結果は同じ。


その間にも。

アイリーンは静かに応戦する。

聖属性を帯びた鞭。

牽制の魔法弾。

波動による中距離攻撃。

一つ一つは致命傷にはならない。

だが、確実に削られていく。


対して――

「っ……チッ」

エディルの呼吸が荒くなる。

ユキノの動きも、わずかに鈍り始めていた。

削れるのは、自分たちだけ。

回復するのは、あちらだけ。

差は、少しずつ――だが確実に開いていく。



(魔法は、全部弾かれる……)

(なら――近接で、一気に……!)

ユキノは踏み込む。


手に現れたのは、人器――【怨気満腹】。

古びた、禍々しい刀。

だが、相変わらず鞘からは抜けない。

それでも構わない。

藁にもすがる思いで、ユキノは距離を詰め

た。


「……へえ」

アイリーンが、わずかに目を細める。

「変わった人器ね」

興味深そうに、ただそれだけを呟いた。


次の瞬間――

ユキノの突き。

続けて、殴打。

間髪入れず、連撃。

「っ――!」

確かに当たっている。

手応えもある。


だが――

次の瞬間には、もう元通りだった。

光が走り、傷が消える。

何度打ち込んでも、同じことの繰り返し。


(……なんで)

(こんなの……あり?)


ユキノの思考が、追いつかない。

目の前にあるのは――理不尽そのもの。

勇者一行。

その一端に過ぎない存在。

それでもなお、圧倒的だった。

絶望が、じわじわと胸を侵食していく。


一方で。

「っ……チッ」

エディルの魔力も、確実に削られていた。

最初の頃のキレは、もうない。


それでも――

「まだだろ……!」

声だけは、強く。

折れていないと、見せつけるように。

だが。

その身体は、正直だった。

足が、重い。

呼吸が、荒い。


――限界が、近い。

二人の動きが、わずかに鈍る。

その瞬間を――

アイリーンは、見逃さなかった。



「……はぁ、……はぁ……」

エディルとユキノは、肩で息をする。

体力は、限界だった。


だが――

引けない。

ここで折れれば、終わる。

気力だけで、立っている。

足は重く、視界も揺れる。

それでも、二人は前を見据えた。


「……もう、終わりにしません?」

アイリーンが、小さく首を傾げる。

困ったような、優しい表情。


「私も、慣れない戦闘で疲れました」

「それに――」

視線が、二人をなぞる。

「あなたたちが、そんなにボロボロになるのを見るのも……辛いんです」

その声は、慈愛に満ちているようで。

――どこまでも、優しかった。


「……だから」

一歩、踏み出す。

「もう、最後です」



静かな宣告。

「――人器、召喚」

ぽつりと呟く。

空間が、歪む。

その裂け目から――

“それ”は現れた。

巨大な鉄の棺。

人一人を優に飲み込む、圧倒的な質量。

全身に無数の棘を内包した――アイアン・メイデン。


錆びついた鉄が、軋む。

だがその存在感は、むしろ禍々しさを増していた。

空気が、重く沈む。


「お願いね、ー愛牢ー」

アイリーンは、穏やかにそれへと語りかける。

まるで、大切なものを扱うように。

そして――

「愛し合いましょう」

静かに、微笑んだ。



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