挿話:楽しい魔法2(2/2)
リットから本を借りたその日の夜。
アリスは静まり返った部屋で、ランプの灯りの下、本を読んでいた。
「うーん、結構難しいな……」
リットのお勧めだからと真面目に読んでいるのだが、
突然、花のつぼみがどうこうとか、女性を月のようだと言うなど、意味がよく分からない。
ぶつぶつ言いながらページをめくっていると、
コンコンコン
ノックの音がして、テオドールが入ってきた。
難しい顔をして本を読むアリスを見て、首をかしげる。
「どうしたんですか?」
アリスはふと思いつき、手招きした。
「ちょっと来て」
2人で窓辺に立ち、窓を開けると、夜空には星が瞬いていた。
アリスが星を指さす。
「 “星がきれいだね”」
「……? ええ、そうですね」
テオドールが戸惑いながら答えると、
アリスが「そうだよね」とうなずく。
本によると「星がきれいだね」は「好きだ」という意味らしいが、
普通そうは思わない。
納得したような顔をするアリスを見て、テオドールは不思議そうな顔をした。
「一体どうしたんですか?」
「実は、こんな本を読んでて」
アリスが本を差し出すと、テオドールはページをめくった。
思わずと言った風に吹き出す。
「『白薔薇の君、月下にて』って、これ有名な恋愛小説じゃないですか」
「知っているの?」
「はい、演劇を見たことがあります」
要人警護の任務ため、よく劇場に行っていたらしく、
その際に何度も見たことがあるらしい。
「なぜこの本を?」
「花火のことを知りたいって言ったら、リットが貸してくれた」
事情を話すと、テオドールが苦笑した。
「確かに花火の場面はありましたけど、読んで分かるものなのですか?」
「……うん、なんとなく。たぶん火魔法が打ち上がって、空でパーンって花みたいに広がる感じだよね」
「そうですね。空いっぱいに広がります」
「結構高く上がるの?」
「ええ。数キロ先からでも見えるくらいの大きさと高さです」
なるほど、とアリスがうなずいた。
「森の中の古城から見るには、ちょっと工夫が必要そうだね」
「ええ、少し小さくて低い方が良いかもしれません」
アリスは思わず苦笑いした。
こんな難しい本を読むより、テオドールに聞いた方が早かったかもしれない。
彼女はテオドールを見上げた。
「ミルフィの誕生日までに何とかしたいんだけど、手伝ってくれる?」
「ええ、もちろんです」
テオドールが嬉しそうに微笑む。
――そして、それからの数日間、
古城の夜空に、「不気味な閃光」や「中途半端な爆発音」が響いた。
その度に「な、なんだ!?」と騒ぎになり、
テオドールが「魔法の実験ですので問題ありません」と人々をなだめて回ることになる。
*
そして、その翌週の夕方。
ミルフィと、もう1人男の子の誕生日会が開催された。
古城の前庭には大きなテーブルと椅子が置かれ、
テーブルの上には、腕を振るったご馳走やお酒が並べられている。
ビクトリアが笑顔で口を開いた。
「それでは、ミルフィちゃんとハンス君の誕生日を祝って、乾杯!」
「乾杯!」
大人たちが笑顔で乾杯をした。
ミルフィも嬉しそうに好物を頬張る。
オレンジ色のランプが灯った夜の庭に、楽しそうな笑い声が響き渡る。
しばらくすると、デザートの大きなケーキが運ばれてきた。
1年健康に過ごせるようにと作られる、生クリームとベリーのケーキだ。
「わあ!」
目を輝かせるミルフィに、ビクトリアが笑顔で言った。
「それでは、今年の幸運を願って、ハンス君とミルフィちゃんにケーキを一口ずつ食べてもらいましょう」
ハンスが銀のスプーンでケーキを取ると、少し恥ずかしそうに食べた。
次にミルフィがスプーンでケーキをたっぷりと取ると、ぱくりと食べる。
そして、みんなが拍手をした、その瞬間――。
ヒュウウゥゥン……!
空気を切り裂くような、鋭く高い音が夜の静寂を貫いた。
「な、なんだ!?」
誰かが声を上げ、全員が反射的に音のした城壁の方を振り仰ぐ。
次の瞬間。
――ドォォンッ!
城壁の少し上で、3メートルほどの大きさの光の花が鮮やかに弾けた。
「え……花火?」
呆然と誰かが呟く。
それを合図にするかのように、今度は赤、青、金と、色とりどりの光が次々に夜空へ打ち上がった。
「すごーい! すごーい!!」
ミルフィはケーキを頬張ったまま、夢中でぴょんぴょんと跳ねた。
他の子供たちも、口を半開きにして空を見上げている。
*
城壁の上。
観客たちの様子を見ていたテオドールが、魔法陣に魔力を注ぎ続けるアリスを振り返った。
「アリスさん、大成功です! 皆さんすごく喜んでいます!」
「本当!?」
アリスは叫び返しながら、さらに魔力を込めた。
ヒュン、と鋭い音を立てて魔法の球が夜空へ吸い込まれ、一際大きく弾ける。
下から拍手と歓声が湧き上がる。
アリスは、暗がりの中で思いきりドヤ顔を決めた。
自分の研究成果がこうもストレートに喜ばれるというのは、なかなかに気分がいい。
そして、花火を撃ち終えて城壁を降りると、ミルフィが駆け寄ってきた。
アリスの膝に飛びつく。
「アリスお姉ちゃん、ありがとう! すっごく、すっごく綺麗だった!」
「……うん。喜んでもらえたなら、計算した甲斐があったよ」
アリスは頭を掻いた。
ここまで素直に褒められると、とても照れる。
そこへ、リットが興奮した様子でやってきた。
「アリスさん、完璧でした! 本、役に立ちました?」
「うん、ありがとう!」
アリスが「あれ、有名な恋愛小説なんだってね」と言うと、リットが目を丸くした。
「ご存じだったんですか?」
「ううん、テオドールに教えてもらった。劇を見たことがあるんだって」
「……っ!」
アリスの言葉に、リットがピシリと固まった。
横に立っていたテオドールを、穴が開くほど凝視する。
「あ、あの……リットさん? どうしましたか?」
戸惑うテオドールに、リットが信じられないという風に口を開いた。
「……あの話、劇になっているのですか?」
「え、ええ。かなり有名な演劇シリーズです」
「原作が、今……何巻まで出ているか、ご存じですか?」
テオドールが考え込んだ。
「詳しくは分かりませんが……少なくとも、20巻くらいまで続いていたはずです」
「……テオドールさんは、その内容をご存じですか?」
「ええ、まあ、演劇になっているところくらいですが」
「……っ!」
リットが絶句した。
目を見開いたままテオドールの腕をむんずと掴んだ。
「テオドールさん、ちょっと話を聞かせてもらってもいいですか?」
「え……?」
「ぜひとも私たちが知らない話の続きを聞きたいと思いまして!」
リットのただならぬ迫力に、テオドールが引き気味に、こくこくとうなずく。
その後、アリスはテーブルに座った。
みんなに「花火すごく良かった!」などと褒められながら、良い気分で甘いケーキを堪能する。
(こういうお祝いパーティって結構楽しんだね)
のんびりとしたアリスの横のテーブルでは、引きつった顔のテオドールがリットをはじめとする女性陣にがっちりと囲い込まれていた。
口々に質問をされている。
――そして、惜しまれつつもパーティが終了。
アリスはミルフィと、
「アリスおねえちゃん、ありがとう!」
「うん、こちらこそありがとう」
という会話を交わすと、半分魂が抜けかかったような顔のテオドールと一緒に、自室へと戻って行った。




