05.鍛冶場へ
謎の遺跡に到着した翌朝。
アリスが目を覚ますと、部屋がすでに明るかった。
寝ぼけ眼で起き上がると、アイボリーのカーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。
テーブルの上には、小さなメモが置かれていた。
『オーウェンさんたちと狩に出ます。
魔剣の修復をお願いしたいそうです。
昨日夕食を食べた部屋で朝食をもらってから、奥のビクトリアさんの部屋を訪ねてください。』
どうやら彼はすでに出掛けたらしい。
(テオドール、よく働くなあ)
大丈夫なのかな、と思いながら、彼女は身づくろいした。
リュックサックを背負って部屋を出ると、歩きはじめる。
廊下の窓から外を見ると、人々が畑で仕事をしているのが見えた。
魔の森のど真ん中とは思えない平和さだ。
(本当にすごい結界だよね)
一体どういう仕組みなのだろうと考えるが、想像がつかない。
予想もつかないなんて、初めてだ。
(早く見たいなあ、魔法陣)
そして、教えてもらった通り、食堂で朝食を食べると、
同じ階の奥に向かった。
誰かの話声が聞こえてくる。
「ビクトリアさま! ありがとう!」
「いいえ、お大事にね」
見ると、端の部屋から親子が出てきていた。
最初に会ったミルフィと、その母親だ。
ミルフィは、アリスを見ると、「あ!」と声を出した。
「おねえちゃんだ!」
「こんにちは、ミルフィ」
母親も親しげに声を掛けてきた。
「こんにちは、滞在することになったそうですね」
「はい、短い間ですが、よろしくお願いします」
アリスがミルフィに手を振り返すと、端の部屋に向かった。
ドアは開いており、ビクトリアが机に向かって座っているのが見える。
彼女は、アリスを見ると微笑みながら立ち上がった。
「こんにちは。アリスさん。ゆっくり眠れましたか?」
「はい、お陰様で」
「朝食はお食べになりましたか?」
「はい、食べました」
アリスは周囲を見回した。
木でできた棚には薬瓶のようなものがいっぱい並んでいる。
「ビクトリアさんはお医者さんなんですか?」
「いいえ、薬師の真似事のようなものです。お恥ずかしい限りですが」
そう言いながら、ビクトリアは立ち上がった。
「では、魔剣のある場所にご案内します」
「どこにあるのですか?」
「鍛冶場です」
(昨日窓から見た小屋かな?)
そんなことを考えながら、アリスはビクトリアについて庭に出た。
庭は人がたくさんおり、畑の手入れをしたり、井戸のそばで洗濯をしたりしている。
ビクトリアを見ると、みんなニコニコ顔で挨拶をした。
「こんにちは、ビクトリア様!」
「昨日薬ありがとうございました!」
ビクトリアも微笑みながら挨拶を返している。
その様子を後ろからながめながら、アリスは感心した。
ものすごい人望だ。
彼女と一緒にいるせいか、みんなアリスにも親しげに挨拶をしてくれる。
アリスも慌てて挨拶を返した。
みんないい人そうだな、と思う。
2人は中庭を横切り、小屋の前に到着した。
中に入ると、いかにも鍛冶場という雰囲気で、鍛冶の道具が並んでいた。
炉に火が入っているものの、人の気配はない。
ビクトリアが首をかしげた。
「いないわね。製鉄の準備かしら」
「製鉄?」
「はい、満月で狩に行けない時を狙って、鉄を作るんです」
彼女によると、製鉄は力仕事のため、普段狩に行く力持ちたちの仕事になっているらしい。
話を聞きながら、アリスは思った。
ということは、きっとテオドールもやるって言うだろうな、と。
(……テオドール、働き過ぎて倒れないかな)
そんな心配をしながら、アリスはビクトリアに付いて鍛冶小屋の裏に周った。
そこは、壁と屋根がある大きめの廃墟だった。
その真ん中で、後ろ向きの男性が、粘土で風呂桶のようなものを作っている。
「なんですか、あのお風呂みたいなやつ」
「炉です。あの中で製鉄するのです」
ビクトリアとそんな会話をしていると、男性が振り返った。
白髭のがっしりした老人で、如何にも鍛冶師といった雰囲気だ。
彼は陽気に手をあげた。
「おう! 姫様!」
近くにあったタオルで手を拭くと、つかつかと近づいて来る。
そして、ビクトリアの後ろにいるアリスを見て、ポカンとした顔をした。
続いて、「まさか」という顔をする。
「……もしかして、このちびっ子が、昨日話していた、魔法研究者か?」
ビクトリアが笑顔で微笑んだ。
「ええ、そうよ。こちら魔法研究者のアリスさん」
「こんにちは、アリスです」
大きな人だな、と思いながら、アリスがぺこりと頭を下げる。
「お。おう、ガンツだ、よろしくな」
そう挨拶を返しながら、ガンツがどことなく不安そうな顔をした。
ちょっと補足:
粘土で風呂桶的な炉を作って製鉄する方法は、日本古来の「たたら製鉄」を参考にしました
某もののけ姫に出て来るような大規模なものではなく、村の鍛冶屋なんかが細々とやっていた製法です。
執筆にあたって「たたら製鉄」について調べたところ、これがなかなか面白かったので、興味がある方はぜひYouTubeで見てみてください!




