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「おい、あれはマスターのネーポムクじゃないか?」
誰かがそう言ったのを皮切りに皆が次々とネーポムクの名を口にし始めました。これは騒がれる前に移動したほうが良さそうですね。
「え?私が見られてたわけじゃないの?」
やっと我に返ったパウラが落ち着きを取り戻したようでエアハルト共々ホッとしました。
そして直ぐに移動しようとしたのですが遅かったようです。
「マスター!おはようございます」
エアハルトが空気が読めない奴だなと零すと、カールハインツが元気に手を振りながらこちらへやって来ました。
「マスターの移動に馬を用意してありますからこちらへどうぞ」
私達が見えていないかのように振る舞いネーポムクだけを連れて行こうとしています。
「俺の馬もあるのか?」
一応聞いてみました。
「チッ」
舌打ち一つしか返って来ません。無いって事ですね。
「アスカム山脈まで半日かかる。ネーポムクは前の方に行っておくか?俺達はここで皆と歩いて行くよ」
エアハルトが気にする風でも無く話しています。
「ではそうしよう。だがお前たちも私が見える位置に居るようにしておけ。いざという時の為に」
私達が了解して頷くと、カールハインツがキッとこちらを睨んだあとネーポムクに微笑みました。
「大丈夫ですよマスター。私が常にお傍に控えておりますから」
そう言って嫌そうな顔のネーポムクの背を押して行ってしまいました。
本当に空気が読めないわね、とパウラが言いました。
「おい、お前達。今の人はネーポムクだろ?」
いつの間にか遠巻きに見ていたA級冒険者の内の一人が近づいてくると尋ねて来ました。
「そうだけど」
私が答えるともう一人男が近寄ってきました。
「じゃあ、お前は弟子か?」
「まぁ、そうだな」
人類の詠唱を教えてもらっていますからね。間違いでは無いですよ。
「お前みたいなみすぼらしい感じの奴が弟子なれたのか?まぁ、確かに魔力は多そうだな」
魔法師らしい男も加わり気がつけば周りを囲まれています。A級なので私の仮の魔力量もわかるようですが、隠している強さまでは気づかれません。
「マスターの力は健在なのか?」
「引退したっていうのは嘘だったのか?」
「武者修行の旅に出たって本当か?」
などなど矢継ぎ早に質問されいい加減に面倒くさくなってきた所へ凄い話が耳に入りました。
「弟子のエルマーに負けて引退させられたって本当なのか?」
誰かが言ったその一言で周りはシンと静まり返りました。急に皆が目を伏せながら周りの人達の様子を窺っています。
「ネーポムクが負けた奴がいるのか」
私が聞き返すとそいつは急にモゴモゴと何か言いながら逃げて行きました。
なんだアイツ?
他の者達もバラバラと解散しまた私達から距離を取りました。
エアハルトが散っていった内の一人の剣士を捕まえると話を聞き出そうとしました。
「さっきの話は本当か?」
「えぇ……俺は見ての通り剣士だ。だから魔法師の話はそんなに詳しく無くて……」
「でも魔法師じゃないからこそ言える話もあるだろ?」
横の繋がりというか、しがらみというか。魔法師同士の内々の話なんかは口止めされたりするようですが、そこは剣士には関係が無いらしくお互いの派閥の噂なんかは相手の方が詳しかったりすることもあるようです。
「噂で聞いただけだぜ。数年前に腕を上げてきたエルマーが魔法師師団長の席をかけて対決してネーポムクを打ち負かせたって」
「そいつもマスターなのか?」
「いや、副師団長だ。マスターは強さだけじゃなくて国への貢献度も加味されるから若いエルマーにはまだ無理だろ」
なるほど、マスターの称号を与えられるのに必要なのは強さと年の功って事ですね。だけど実力そのもので負けたのならネーポムクのプライドが傷ついたってことは間違い無いでしょう。
それで一人旅ですか。へぇ~。
エアハルトが剣士にお礼を言って離れると複雑そうな顔をした。
「ネーポムク、ここへ来るのは嫌だったんじゃないか?」
「そうね、大丈夫かしら?」
二人して前の方で騎乗しているネーポムクを見ています。
「別に平気だろ。自分から来るって言ったんだし」
私は気にせず水筒の水を一口飲みました。さっき食べた干し肉のせいで喉が乾いたのです。
「それはロータルがどうしても行くって言うからでしょう。ネーポムクは本当は来るつもりじゃなかったんじゃないの?」
「俺はついて来いなんて言ってない」
何だか責められている気がします。
「そんな言い方しない。口尖ってるよ、拗ねないの」
「パウラが文句言うからだろ」
「ただ心配をしているだけ。別にロータルを責めてるわけじゃないよ。ごめん、私も言い方が悪かったわ」
パウラがまた私を弟扱いして頭を撫でてきます。それを払いのけてエアハルトの側に行くと彼が前を見るように示します。
「見ろよ、あいつがエルマーってやつじゃないか」
前方で騎乗しているネーポムクに、同じ様に騎乗した男が近寄って行きます。
これは近くで話を聞くに限りますね。
エアハルトもパウラも同じ気持ちだったのかお互いに何も言わないまま静かに素早く前方に移動しました。
「これはこれは、マスター。お久しぶりです。昨日カールハインツから話を聞いた時は耳を疑いましたよ。またお会いできて光栄です」
慇懃無礼という態度だとエアハルトが教えてくれました。
ネーポムクが師匠なのに馬から降りもせず軽く会釈だけで挨拶をすますのはイケないそうです。
「あぁ、息災だったかエルマー。なによりだな」
ネーポムクはそんな奴の態度を気にする様子も無く彼の方へ顔を向けず軽く返しています。それがエルマーには気に入らなかったようで。
「あの日マスターがいなくなって随分探しましたよ。師団長の席を辞するとだけ書き置いて次に誰を推薦するかを明記していなかったので」
なるほど、対決して負けてすぐに逃げたけどムカつくから何も決めないで放ったらかしたのですか。ネーポムクらしくて笑ってしまいます。エアハルトとパウラもちょっと笑いを堪えています。
「師団長は実力だけでなく人徳も必要だからな。心当たりが浮かばなかったのだ」
この言葉にエルマーがムッとした顔をしましたが直ぐに冷静な顔を作りました。
「あぁ、マスターにはおわかりにならなかったのですね。ですが陛下はよくご存知だったようで直ぐに私を副師団長に任命してくださいましたよ。師団長になる為には副師団長を三年つとめないといけませんからね。もうすぐです」
ネーポムクはそれでも表情を変えません。
「お前の父親のメイシー侯爵は国へかなりの貸付があるのだからそのお陰であろ。父上に感謝するのだな」
おふっ、人類のドロドロした人間関係が浮き彫りの修羅場だったのですね。お気の毒ですねネーポムク。エアハルトとパウラも、うへぇって顔してますよ。
「なっ……私が実力で貴方を負かせた事をお忘れのようですね。いやいや、流石のマスターも時の流れには逆らえませんね」
お、やっとネーポムクがエルマーの方を見ましたね。ムカついたようです。
「お前に遅れを取ったのは儂の不徳の致すところ。深く反省した」
ギラッとした目を向けられたエルマーが流石に少し下がりました。
「二度目は無い、と、思っておけ」
ダメ押しにエルマーは頬を引きつらせながら去って行きました。ここでやり合うのは得策ではないと思ったのでしょう。
ネーポムク、なかなか格好いいじゃないですか。




