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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第二部 彼女の別れと再会
64/213

2-22 目の前にいる人よりも


     ◆



 野っ原に野営しているのだから、風を遮るものがない。

 ある夜など、季節はずれの嵐で突風が吹き、張ってあったテントが丸ごと引きちぎられそうになり、夜通し、ジューナとともに押さえていた。

 昼間はひたすら調練で、午前中は体力作り、午後は乱取りだった。

 ジューナのファクトも徐々に見えてきた。

 一つは物体に反発力を与えるファクト。これが一枚の布を最強の盾に変える。だから槍で突いても薙いでも、穂先は布に触れた瞬間、弾かれる。

 それだけでは盾を自在に生み出せる、という程度だったがもう一つのファクトは、おそらく「シールダー」だろう。盾の扱いに長けるファクトだけど、ジューナのそれは防御だけに留まらない。

 自在に盾を扱うその技術が、面で私を圧倒しようとしてくる。

 彼が盾に変えた布に跳ね飛ばされることも再三だった。

 乱取りはランサーとシールダーの技比べとなったけど、実際的にはジューナの方に分がある。

 私の武器は槍で、実際的に攻防に使える面積が狭い。

 動きのバリエーションも、突く、打つの二つに大別されて、それ以外がない。

 しかしジューナには、布でこちらを打つことができるし、突きに近い形で、広い面積で圧迫することができる。

 両者がこのバリエーションを発展させるものの、私の受けはジューナの受けには及ばず、私の攻めはジューナの鉄壁を崩せず、手も足も出ない日々が続いた。

 それでもジューナは私の相手をし続けた。

 これ以上やっても無駄だな、と彼は言わなかった。発破をかけることもないけど、決して雑な相手の仕方もしない。

 私の技は、ファクトとして完成されている範疇を、徐々に超え始めた。

 盾で受けられることを前提に、ジューナの技を前提に、細かな技の組み合わせを瞬間瞬間で組み替え、繋いでいく。

 半月ほどが過ぎたまだ冬の空気が残っている日に、私の槍の穂先がジューナの布の盾、その防御をすり抜け、彼の肩に触れた。

 しかしその肩、正確には服それ自体がファクトで盾になったため、傷を負わせることはなかった。

 さっと間合いを取ったジューナが、自分の肩を確認し、それからニヤッと笑った。

 そしてタバコを取り出し、火をつける。

「ユナ、例のファクトを使ってこい」

「え……?」

「騎士級を倒したという奴だ。槍と連携させろ」

 でも、と私は言いかけ、その先を言えなかったのは、ぐっとジューナが腰を下げたからだ。

 そう、ジューナには自信が漲っていた。

 つまり、私のファクトに耐える確信があるのだ。

 どこまで信用するかは、考えなかった。 

 ジューナの実力は、よく知っている。

 だから、私が手を抜く理由はない。

 私が槍を構え、地を蹴ると、ジューナが槍の一撃を布で受ける。

 イレイズのファクトを、視線に乗せる。

 ジューナの手が布をかざしたのは、まさにその一瞬で、布の表面で不可視の物理力が弾ける。

 そのまま布が翻り、私を打ち据える。

 合わせて後方に跳んだので、威力は弱まっているけれど、息が詰まる。

 着地したところへ、すでにジューナが間合いを詰めてきている。

 イレイズを連続発動。

 見えないはずなのに、ジューナが布を打ち振るい、それで私のイレイズが相殺される。

 なんだ? 見えないはずなのに。

 視線を読まれている?

 わざと視線を外そうとするけど、間合いが近すぎる。ジューナの無敵の盾となった布が、迫ってくるのが見えた。

 それを見ずにジューナを攻撃する。

 読めないはずだ。

 そのはずなのに、ジューナがさっと腕を掲げ、その外套の袖が何かを受けて揺れる。

 袖を盾に変えたのか。

 布が私を今度こそ、正確に打ち据えた。

 ぐらっと姿勢が乱れる。息は瞬間的に止まっている。

 視野が揺れている。膝から力が抜けそうになる。

 踏ん張り、イレイズを多重発動。

 ステップを踏むようにジューナが後退しながら、布を正確に操って自分に当たる攻撃を跳ね除けている。

 追撃を諦めた時には、呼吸は再開し、足にも力が戻った。

「結構、やるなぁ。冷や汗をかくのも久しぶりだ」

 そう言いながら、ジューナは口元のタバコを指で挟んだ。

 彼は攻防の間も、タバコをくわえていたのだった。

 技量に差がありすぎる。

「そう青い顔をするな。まだ一ヶ月はある。少しはマシになるさ。この老人を打ちのめすのは、若者の義務だぞ」

 よくジューナは自分を老人だというけど、実際にはまだ四十にもなっていないだろう。

 自分はもう身を引く存在、という意味で、老人と言っていると感じる。

 そんな発想の人間を倒すのは、なるほど、私にとっては義務のようなものかもしれない。

 私は槍を振って、構えを取り直した。

 嬉しそうにジューナが笑い、布を一度、さっと広げた。

 最強の盾を破る最強の攻撃がどこにあるのか、それはわからない。

 超高位の戦闘能力を、どうやって打ち破れるかも、やっぱりわからない。

 でもここでやめるわけにはいかないと思うのは、やっぱり背負ったものが多くあるし、同時に、結局は自分自身の欲、願望なんだろう。

 ルッカ、カン、イク、ルガ。

 私が強ければ、死なないで済んだ人がいる。不幸にならないで済んだ人がいる。

 そして、シグ。

 私がいたせいで、死んだ人もいるのだ。

 ただ、そんな全てのさらに向こうに、私自身が強さを求めているということがある。

 強さを求めたから、大勢を巻き込んだけど、この欲求だけはまだはっきりと手元にある。

 強くなりたい。

 誰よりも。

 まずは、目の前にいる人よりも強くなりたい。

 ジューナが動き始める。私も動き出す。

 技比べ、度胸比べ、そして、意地の張り合いだ。

 布に打ち据えられてよろめきざま、槍がジューナに触れる。しかし服は破けもしない。

 その間に私のイレイズのファクトを、ジューナは布の盾で受け流している。彼の髪の毛が風でも吹いたように激しく乱れる。

 足が地面を踏みしめ、抉り、土を跳ね上げる。

 空気を破るように槍が、布が、体が躍動する。

 空気自体が熱を帯びたように感じる。

 冬なのに、体がその寒さに反して熱い。

 汗が雫になって、宙に散って、光る。



(続く)

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