2-22 目の前にいる人よりも
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野っ原に野営しているのだから、風を遮るものがない。
ある夜など、季節はずれの嵐で突風が吹き、張ってあったテントが丸ごと引きちぎられそうになり、夜通し、ジューナとともに押さえていた。
昼間はひたすら調練で、午前中は体力作り、午後は乱取りだった。
ジューナのファクトも徐々に見えてきた。
一つは物体に反発力を与えるファクト。これが一枚の布を最強の盾に変える。だから槍で突いても薙いでも、穂先は布に触れた瞬間、弾かれる。
それだけでは盾を自在に生み出せる、という程度だったがもう一つのファクトは、おそらく「シールダー」だろう。盾の扱いに長けるファクトだけど、ジューナのそれは防御だけに留まらない。
自在に盾を扱うその技術が、面で私を圧倒しようとしてくる。
彼が盾に変えた布に跳ね飛ばされることも再三だった。
乱取りはランサーとシールダーの技比べとなったけど、実際的にはジューナの方に分がある。
私の武器は槍で、実際的に攻防に使える面積が狭い。
動きのバリエーションも、突く、打つの二つに大別されて、それ以外がない。
しかしジューナには、布でこちらを打つことができるし、突きに近い形で、広い面積で圧迫することができる。
両者がこのバリエーションを発展させるものの、私の受けはジューナの受けには及ばず、私の攻めはジューナの鉄壁を崩せず、手も足も出ない日々が続いた。
それでもジューナは私の相手をし続けた。
これ以上やっても無駄だな、と彼は言わなかった。発破をかけることもないけど、決して雑な相手の仕方もしない。
私の技は、ファクトとして完成されている範疇を、徐々に超え始めた。
盾で受けられることを前提に、ジューナの技を前提に、細かな技の組み合わせを瞬間瞬間で組み替え、繋いでいく。
半月ほどが過ぎたまだ冬の空気が残っている日に、私の槍の穂先がジューナの布の盾、その防御をすり抜け、彼の肩に触れた。
しかしその肩、正確には服それ自体がファクトで盾になったため、傷を負わせることはなかった。
さっと間合いを取ったジューナが、自分の肩を確認し、それからニヤッと笑った。
そしてタバコを取り出し、火をつける。
「ユナ、例のファクトを使ってこい」
「え……?」
「騎士級を倒したという奴だ。槍と連携させろ」
でも、と私は言いかけ、その先を言えなかったのは、ぐっとジューナが腰を下げたからだ。
そう、ジューナには自信が漲っていた。
つまり、私のファクトに耐える確信があるのだ。
どこまで信用するかは、考えなかった。
ジューナの実力は、よく知っている。
だから、私が手を抜く理由はない。
私が槍を構え、地を蹴ると、ジューナが槍の一撃を布で受ける。
イレイズのファクトを、視線に乗せる。
ジューナの手が布をかざしたのは、まさにその一瞬で、布の表面で不可視の物理力が弾ける。
そのまま布が翻り、私を打ち据える。
合わせて後方に跳んだので、威力は弱まっているけれど、息が詰まる。
着地したところへ、すでにジューナが間合いを詰めてきている。
イレイズを連続発動。
見えないはずなのに、ジューナが布を打ち振るい、それで私のイレイズが相殺される。
なんだ? 見えないはずなのに。
視線を読まれている?
わざと視線を外そうとするけど、間合いが近すぎる。ジューナの無敵の盾となった布が、迫ってくるのが見えた。
それを見ずにジューナを攻撃する。
読めないはずだ。
そのはずなのに、ジューナがさっと腕を掲げ、その外套の袖が何かを受けて揺れる。
袖を盾に変えたのか。
布が私を今度こそ、正確に打ち据えた。
ぐらっと姿勢が乱れる。息は瞬間的に止まっている。
視野が揺れている。膝から力が抜けそうになる。
踏ん張り、イレイズを多重発動。
ステップを踏むようにジューナが後退しながら、布を正確に操って自分に当たる攻撃を跳ね除けている。
追撃を諦めた時には、呼吸は再開し、足にも力が戻った。
「結構、やるなぁ。冷や汗をかくのも久しぶりだ」
そう言いながら、ジューナは口元のタバコを指で挟んだ。
彼は攻防の間も、タバコをくわえていたのだった。
技量に差がありすぎる。
「そう青い顔をするな。まだ一ヶ月はある。少しはマシになるさ。この老人を打ちのめすのは、若者の義務だぞ」
よくジューナは自分を老人だというけど、実際にはまだ四十にもなっていないだろう。
自分はもう身を引く存在、という意味で、老人と言っていると感じる。
そんな発想の人間を倒すのは、なるほど、私にとっては義務のようなものかもしれない。
私は槍を振って、構えを取り直した。
嬉しそうにジューナが笑い、布を一度、さっと広げた。
最強の盾を破る最強の攻撃がどこにあるのか、それはわからない。
超高位の戦闘能力を、どうやって打ち破れるかも、やっぱりわからない。
でもここでやめるわけにはいかないと思うのは、やっぱり背負ったものが多くあるし、同時に、結局は自分自身の欲、願望なんだろう。
ルッカ、カン、イク、ルガ。
私が強ければ、死なないで済んだ人がいる。不幸にならないで済んだ人がいる。
そして、シグ。
私がいたせいで、死んだ人もいるのだ。
ただ、そんな全てのさらに向こうに、私自身が強さを求めているということがある。
強さを求めたから、大勢を巻き込んだけど、この欲求だけはまだはっきりと手元にある。
強くなりたい。
誰よりも。
まずは、目の前にいる人よりも強くなりたい。
ジューナが動き始める。私も動き出す。
技比べ、度胸比べ、そして、意地の張り合いだ。
布に打ち据えられてよろめきざま、槍がジューナに触れる。しかし服は破けもしない。
その間に私のイレイズのファクトを、ジューナは布の盾で受け流している。彼の髪の毛が風でも吹いたように激しく乱れる。
足が地面を踏みしめ、抉り、土を跳ね上げる。
空気を破るように槍が、布が、体が躍動する。
空気自体が熱を帯びたように感じる。
冬なのに、体がその寒さに反して熱い。
汗が雫になって、宙に散って、光る。
(続く)




