2-21 調練
◆
ミテアの街を徒歩で出立したのは、ファンナから調練を言い渡された翌朝で、早朝に、誰に見送られることもなく私とジューナは最低限の荷物で建物を出た。
ジューナは歩きながらもタバコを吸っている。
あまりにも呑気で、どういう調練をするつもりなのか、想像がつかなかった。
街を抜け、歩き続けていく。冬の気候が戻ってきて、防寒着を通しても冷気を感じる。ジューナは平然としている。タバコは次々と捨てられ、一箱が終わったところでまるで計ったように、「ここらでいいか」とジューナが言った。
場所は丘が連なる地帯で遠くに農耕地も見えるけど、人家はない。集落はあるいは、丘をいくつか越えた先かもしれない。街道はとっくに外れ、間道もそばにはない。
「野営の支度でもしておくれ」
ジューナはもう地面に厚手の布を敷き、腰を下ろしている。
言われるがままに、今までの調練で学んだとおりの、小さなテントを張る作業をして、それが出来上がったら、今度は「薪を集めてきておくれ」と声が飛んでくる。
周囲を見ても木立はない。
「ま、戻ってこられるように。迷うなよ」
頷いて、ジューナに背を向けて、私は適当な方向へ歩いた。丘に上がり、そこから降りて行き、また丘へ上がった。振り返るともうジューナは見えない。
丘をもう一つ越えた。すぐ眼下に小川が流れているのが目に入った。これで水は確保できる。ジューナは把握していたとも思えないけど、あるいは、おおよそを知っていたのかもしれない。
遠くを見ると、木立が見え、集落も見えてきた。畑も広がっていて、農夫たちが耕している様も見えた。冬の間にも田畑の手入れをする必要があるんだろう。
そちらへ行くと、農夫がこちらに気づいて姿勢を変えた。
声をかけられる距離になり、その農夫はかなり年を取っているとわかる。
薪が欲しいのですが、と言葉を向けると、いいよ、と返事があった。どれくらい必要か、と言われたので、二ヶ月ほど、定期的に欲しいと頼んでみた。
「すぐそばかね。こちらから運んであげようか」
それを私は丁寧に断った。調練だし、薪を運ぶのも訓練にはなりそうだ。
食料について確認するようには言われていないけど、私はいつか、食料を売ってもらうかもしれない、とは伝えておいた。農夫は軽い調子で頷いている。
特に銭に困っているようでもないし、余裕のある風情だった。
他の農夫たちはもう仕事に戻っている。
「私はユナというものです。よろしくお願います」
挨拶すると、こちらこそ、と農夫は笑っている。
譲ってもらった薪を背負ってジューナの元へ戻った時には、太陽はもう傾きかけていた。
布の上にごろりと寝転がっているジューナが、少しだけ頭を上げてこちらを見た。
「寒くないんですか?」
あまりに余裕な態度だったので、逆にこちらが刺々しい口調になってしまった。それを歯牙にもかけずに「意外に日差しが暖かい」と返事があった。
火を起こすか確認すると、その前に稽古をしよう、とジューナが起き上がった。
そしてミテアの街を出る時から持っていた布に包まれた長い棒を手に取った。
「お前はこれを十分に扱えるようになれ」
投げつけられた棒を受け取ると、長さの割に重い。
布を外した時、自然と手が震えた。
ルガを倒し、シグが命を捨てることでやっと倒せた、あの騎士級の魔物が持っていた槍だった。
「魔具としては大したことはないが、使えるだろう」
ジューナの声が遠くで聞こえる。
私は布を地面に捨て、槍を握った。
強く、握った。
槍の扱い方を、私は知っている。
知りすぎるほどに、知っている。
そう理解した時、槍を振るい、ピタリと構えていた。
やるか、とジューナが私の前に立つ。剣を持っているようではない。
ただ、ジューナは私が捨てたばかりの布を手に取っている。
「いつでも来い」
さすがに私も眉をひそめた。
「武器を持っていないじゃないですか。その布で何ができるのですか?」
「突いてみろよ」
躊躇いはすぐに捨てた。
踏み込んで、槍を突き出す。
布が掲げられ、それを穂先が引き裂、けなかった。
まるで布ではない手応えで、穂先が食い込まず、滑っていく。
姿勢が乱れる。
ジューナが踏み込む。布が翻り、体に触れた瞬間、私の体に衝撃が走った。
普通に布が触れたという感じではない。
まるで何か、布自体が私を跳ね飛ばしたようだった。
転がり、槍を構え直す。
「さて、ユナ、時間はそれほど残されていないぞ」
会話をしている暇はなかった。
槍を構え、地面を蹴る。連続の突きを、するするとジューナが回避し、そして布で槍を跳ね返す。技量が並大抵ではない。これが第一線を退いていた傭兵の技か。
布に関しては、間違いなくファクトが作用している。
ただ、それだけではない。別のファクト、運動に関係するものがある。
布が槍を跳ね返し、その勢いで槍を振り、横薙ぎへ。それさえも布が弾く。
やっぱり運動、武術に関するファクトだ。
ダブル・ファクトなど傭兵では珍しくもない。ただジューナは、その二つを組み合わせる術に長けている。
畳み掛ける事で、突破を目指す。
目まぐるしい連続攻撃で、手数で受けを上回ることを目指すが、ジューナは予想していたらしい。
防御の瞬間に槍の穂先が流れていく方向を誘導されてしまう。
穂先が逸れるがために、攻撃と攻撃の間隔が思ったように制御できない。
それでもひたすら攻撃を続ける。どこかに隙があるはずだ。
押し込める、という確信が不意にやってきた。
必殺の一撃を繰り出す。
穂先がまっすぐにジューナの首元に突き進む。
布がその刃に巻きついた。
巻きついた時、どうされたのか、槍が跳ねて、私の手からもぎ取られている。
宙に槍が舞い上がり、ジューナが布を手元に巻き取っている横で、地面にまっすぐに突き立った。
「あまり老人を疲れさせるな」
笑いながらジューナが肩で息をしている。大げさな動作というより、そういうおどけた態度なのかもしれないけど、息は本当に上がっているようだ。
でもそれは私も同じだ。疲れ切っていた。もしかしたら、ジューナよりも疲れているかもしれない。
どっかりとジューナが腰を下ろす。
その時、周囲が薄暗くなっているのに気付き、長い時間、攻防を続けたのが理解できた。
「食事にしよう。ファンナが物資を届けてくれるはずだが、今日は、携行糧食だな。小川があっただろう、水を汲んできてくれ」
私は地面に突き立っている槍を見て、一度、深く息を吸い、吐くと「行ってきます」とジューナが差し出す瓶を受け取った。
少しずつ薄暗くなり、空気が冷えていくのを感じながら、私は丘へ上がっていった。
ふと振り返ると、遠くの稜線へ日が沈むところだった。
太陽は、姿を消す一瞬前に、強く光る。
私は太陽に背を向け、丘を降りていった。
闇が、周囲を包み始める。
(続く)




