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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第二部 彼女の別れと再会
62/213

2-20 生き残った者たち


     ◆



 生き残るのは辛いものさ、と声がしたので、私はそちらを見た。

 例のタバコの男性が低い声で言った。

「しかし生き残らなければ、死ぬだけさ」

 私はぐっと目元を拭って、彼に向き直った。

「あなたも生き残った口ですか?」

 そうやり返すと、男性がやっぱり低い声で笑い始めた。

「辛辣だな。確かに俺も生き残った」

 立っているのも落ち着かんな、と彼が言うので、私はそっと彼の横に腰を下ろした。

 冬の空気が急に意識されて、一度、肩が震えた。

 男性がタバコを口元に当て、しばらく動きを止め、それから大切にするように柔らかく息を吐いた。

「お嬢さんの名前は?」

「ユナです。あなたの名前を、私は知りません」

「なんだ、他の奴らに聞かなかったのか?」

「ええ、失礼だと思ったので」

 律儀な奴だ、と男性が笑みを見せる。

「俺はジューナというものだ。ルガの奴は、俺の副長だったよ」

 ルガが副長?

 ニコニコと笑いながら、ジューナが言う。

「俺が元は隊長だった。ファンナの昔馴染みでね、加入した。ただ、部下はルガともう一人を残して全滅し、俺はもう戦うのをやめた」

 あまりはっきりとはしないけど、生き残ったものの、引退した、ということか。

 藤の傭兵隊の裏庭にいるのも、そういう繋がりらしい。

「もう何年も前で、戦いの腕なんてすっかり鈍っていてな、もう戦場には立てんだろう」

 表情には苦い笑みを見せながら、ジューナが言う。

「お前も俺みたいになるか? どうだ、ユナ」

 奇妙な質問に聞こえるのは、私の感覚のずれからくるのか。

 俺のように、戦いを放棄するのか、という問いかけだけではなく。

 俺のように戦えなくなるのを受け入れるか、という問いかけではないのか。

 私はじっとジューナを見た。

 戦うことを、やめたくない。

 私はずっと、戦うことだけを考えてきたし、戦うためにすべてを、他人さえも犠牲にしてきた。

 それを今、やめるなんて、どうして言えるだろう。

「ファンナには俺から話をしてやろう」

 すっとジューナが立ち上がったので「待ってください」と引き止めていた。

 自分でも予想外な、大きな声だった。

 立ち上がったジューナがこちらを見下ろす。

 表情には感情がない。冷徹で、冷酷な光が瞳に宿っている。

 それを私は射抜くように見据えた。

「私はまだ戦います」

 じっとジューナは黙って、私を見ていた。

「なら、泣くようなことはするな」

 フッとジューナの目元が緩み、しかしそれ以上は彼が身を翻したので、目で追えなかった。

 裏庭に一人きりになり、座り込んだまま、意味もなく地面を見ていた。何本かのタバコが捨てられている。

 私はまだ、戦えるはずだ。

 親しい人の、仲間の死を、背負いながら。

 どれくらいそこにいたか、傭兵の一人が呼びに来た。ファンナが呼んでいる、と言う。

 立ち上がって、一人きりでファンナの執務室へ行った。

 中に入って、思わず足を止めたのはそこにジューナがいるからだった。しかもさっきまでのくたびれた服装と違い、ちゃんとした着物になっていた。

 ファンナは自分の席で、短剣の刃を確認していた。

 その視線がこっちに向く。

「ルガは死んだときのことを見ていたか?」

 何の前置きもなく、ファンナが問いかけてくる。

「隊を二つに割って、奴隷級の魔物を効率的に倒そうとした時、隊の一方に奴隷級が殺到し、もう一方には騎士級の魔物が向かったようです」

「お前の方には奴隷級が行ったのか? 何体だ?」

「三十体は超えていました。こちらは三人でしたが、すぐにシグと私だけになって、あとは必死でした」

 ふむ、とファンナが視線を短剣から私に移し、次にジューナの方を見た。ジューナは無言で、ファンナに何か目で合図をしたようだ。

「三十体を倒し切り、騎士級も倒したと?」

 問いかけに答えるのは簡単だった。

 ただ、心が引き裂かれる思いもした。

「シグが、私をかばって、騎士級の攻撃を止めました。そこを私が、攻撃しました」

 ファンナがわずかに目を細めた。

「お前のファクトのイレイズについては知っているつもりだが、威力を隠していたか?」

 ファンナには私のファクトのことは打ち明けていた。しかし実際に見せたことはない。

 問いかけは静かで、私は気持ちを強く持った。

「本気で発動したのは、あの時が最初です。あんなに必死になったことは、ありません」

「騎士級もろともに、シグを消し飛ばしたか」

 シグの遺体は見つかっていないようだ。私が全てを、髪の毛の一本に至るまで、消してしまった。

「いいだろう、ユナ。これ以上、聞くべきことはない。ここから先は、別の話だ」

「なんでしょうか」

 別の話、というのは見当がつかなかった。ジューナがここにいるのと関係する話題だろうか。

 椅子を軋ませて、ファンナが椅子にもたれた。

「お前の剣術のほどは良く知っている。ただ、お前のファクトはランサーだったな?」

「はい、そうです。槍を使ったことは、ほとんどありませんが」

「不愉快なことに、お前の剣術がもう少し出来が悪ければ、別の展開もあったな」

 何を言われているか、すぐにはわからなかった。

 剣術ではなく、槍術で敵に当たるべきだった、と言いたいのかと思った時には、話は先に進んでいた。

「ジューナとお前で、二ヶ月、調練を積んで来い。春に帰ってくればいい。物資は届けさせる」

 二ヶ月? 調練?

 そういうことだ、と言いたげにジューナが笑みを見せていた。



(続く)

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