2-20 生き残った者たち
◆
生き残るのは辛いものさ、と声がしたので、私はそちらを見た。
例のタバコの男性が低い声で言った。
「しかし生き残らなければ、死ぬだけさ」
私はぐっと目元を拭って、彼に向き直った。
「あなたも生き残った口ですか?」
そうやり返すと、男性がやっぱり低い声で笑い始めた。
「辛辣だな。確かに俺も生き残った」
立っているのも落ち着かんな、と彼が言うので、私はそっと彼の横に腰を下ろした。
冬の空気が急に意識されて、一度、肩が震えた。
男性がタバコを口元に当て、しばらく動きを止め、それから大切にするように柔らかく息を吐いた。
「お嬢さんの名前は?」
「ユナです。あなたの名前を、私は知りません」
「なんだ、他の奴らに聞かなかったのか?」
「ええ、失礼だと思ったので」
律儀な奴だ、と男性が笑みを見せる。
「俺はジューナというものだ。ルガの奴は、俺の副長だったよ」
ルガが副長?
ニコニコと笑いながら、ジューナが言う。
「俺が元は隊長だった。ファンナの昔馴染みでね、加入した。ただ、部下はルガともう一人を残して全滅し、俺はもう戦うのをやめた」
あまりはっきりとはしないけど、生き残ったものの、引退した、ということか。
藤の傭兵隊の裏庭にいるのも、そういう繋がりらしい。
「もう何年も前で、戦いの腕なんてすっかり鈍っていてな、もう戦場には立てんだろう」
表情には苦い笑みを見せながら、ジューナが言う。
「お前も俺みたいになるか? どうだ、ユナ」
奇妙な質問に聞こえるのは、私の感覚のずれからくるのか。
俺のように、戦いを放棄するのか、という問いかけだけではなく。
俺のように戦えなくなるのを受け入れるか、という問いかけではないのか。
私はじっとジューナを見た。
戦うことを、やめたくない。
私はずっと、戦うことだけを考えてきたし、戦うためにすべてを、他人さえも犠牲にしてきた。
それを今、やめるなんて、どうして言えるだろう。
「ファンナには俺から話をしてやろう」
すっとジューナが立ち上がったので「待ってください」と引き止めていた。
自分でも予想外な、大きな声だった。
立ち上がったジューナがこちらを見下ろす。
表情には感情がない。冷徹で、冷酷な光が瞳に宿っている。
それを私は射抜くように見据えた。
「私はまだ戦います」
じっとジューナは黙って、私を見ていた。
「なら、泣くようなことはするな」
フッとジューナの目元が緩み、しかしそれ以上は彼が身を翻したので、目で追えなかった。
裏庭に一人きりになり、座り込んだまま、意味もなく地面を見ていた。何本かのタバコが捨てられている。
私はまだ、戦えるはずだ。
親しい人の、仲間の死を、背負いながら。
どれくらいそこにいたか、傭兵の一人が呼びに来た。ファンナが呼んでいる、と言う。
立ち上がって、一人きりでファンナの執務室へ行った。
中に入って、思わず足を止めたのはそこにジューナがいるからだった。しかもさっきまでのくたびれた服装と違い、ちゃんとした着物になっていた。
ファンナは自分の席で、短剣の刃を確認していた。
その視線がこっちに向く。
「ルガは死んだときのことを見ていたか?」
何の前置きもなく、ファンナが問いかけてくる。
「隊を二つに割って、奴隷級の魔物を効率的に倒そうとした時、隊の一方に奴隷級が殺到し、もう一方には騎士級の魔物が向かったようです」
「お前の方には奴隷級が行ったのか? 何体だ?」
「三十体は超えていました。こちらは三人でしたが、すぐにシグと私だけになって、あとは必死でした」
ふむ、とファンナが視線を短剣から私に移し、次にジューナの方を見た。ジューナは無言で、ファンナに何か目で合図をしたようだ。
「三十体を倒し切り、騎士級も倒したと?」
問いかけに答えるのは簡単だった。
ただ、心が引き裂かれる思いもした。
「シグが、私をかばって、騎士級の攻撃を止めました。そこを私が、攻撃しました」
ファンナがわずかに目を細めた。
「お前のファクトのイレイズについては知っているつもりだが、威力を隠していたか?」
ファンナには私のファクトのことは打ち明けていた。しかし実際に見せたことはない。
問いかけは静かで、私は気持ちを強く持った。
「本気で発動したのは、あの時が最初です。あんなに必死になったことは、ありません」
「騎士級もろともに、シグを消し飛ばしたか」
シグの遺体は見つかっていないようだ。私が全てを、髪の毛の一本に至るまで、消してしまった。
「いいだろう、ユナ。これ以上、聞くべきことはない。ここから先は、別の話だ」
「なんでしょうか」
別の話、というのは見当がつかなかった。ジューナがここにいるのと関係する話題だろうか。
椅子を軋ませて、ファンナが椅子にもたれた。
「お前の剣術のほどは良く知っている。ただ、お前のファクトはランサーだったな?」
「はい、そうです。槍を使ったことは、ほとんどありませんが」
「不愉快なことに、お前の剣術がもう少し出来が悪ければ、別の展開もあったな」
何を言われているか、すぐにはわからなかった。
剣術ではなく、槍術で敵に当たるべきだった、と言いたいのかと思った時には、話は先に進んでいた。
「ジューナとお前で、二ヶ月、調練を積んで来い。春に帰ってくればいい。物資は届けさせる」
二ヶ月? 調練?
そういうことだ、と言いたげにジューナが笑みを見せていた。
(続く)