嵐の前夜の日常
蹴られ、年甲斐もなくなさけない悲鳴をあげてしまったが、そこは三ヶ月の成果で華麗にぶざまを回避する。うつぶせに倒れそうになる直前、受け身をとって衝撃を緩和!さらに、突き出した両手の筋力を使って大!爆!転!
華麗に俺は蹴り飛ばされた、という事実をなかったことにした。そして、周りからは、おお、というどよめきが走った。
「無様ね。三ヶ月も家貞からなぁにを学んだんだか。受け身とったまではいいけど、そのあと何やってるのかしら?前転でもしようとしたわけ?」
あれ?おかしいな。なんで俺のことを見下ろしているんだ?ていうか、肌になんか冷たいものが。今俺はひょっとして倒れてる?
確かに俺は地面に倒れている。だとしたら俺が今まで見ていた華々しい栄光は何だったんだ?さっきまで俺のことを賞賛していた通行人の視線が、いつの間にか冷たく、哀れなものを見る目に変わっている。めちゃくちゃ痛い。その視線が痛い。
「んで?あんたはなぁにをしに来てるわけ?ひょっとして倒れるために来てるの?」
金色の長髪をたなびかせ、清はそのビー玉ほどの大きさの金色の瞳で俺を見下ろした。受け身を取ったおかげで衝撃は緩和できたが、胸板を打ちつけたせいで少し痛めたかな。若干息苦しい。
「あーうん。家貞さんからお前ら二人を連れてこいって言われてさ。でも、それはむりそーかな?」
「そりゃそうよ。あたしが行くわけが……」
いや?そうじゃない。
「おい、きよぉ?お前は何をしているんだ、この高平氏が!」
そう、無理だ。
だって、
「この佐藤義清の前で随分と勝手きままにしてくれたものよなぁ。花の右京が貧民街になるところであったぞ?」
ようやっと検非違使の方々が到着したわけですからね。
参上した検非違使たちを引き連れているのは「容姿端麗、文武両道、美句麗句を言わせれば女はみんな腰抜けさ」のキャッチフレーズで歴史上知られている佐藤義清その人だ。
その貴公子あるいは今源氏と見まごうばかりのただよう雰囲気に心なしか周囲で、あぁん、だのあっはぁんだのと黄色い声が聞こえてくる。ついでに誰かが倒れる音も。
しかして、その貴公子は今眉間にシワを寄せ、頬を引きつらせていた。
明らか、怒りを沸き立たせており、今にも腰の太刀を抜きそうな勢いだ。
「……そこもと……ら。お縄失礼いたす」
それでもその怒りを押さえつけ、てきぱきと義清は仕事をこなしていく。彼は逃げようとする清、ではなくこちらもまた逃げようとする茜の手首をひねって、押し倒すとまるでフィルムのコマ撮り同士をつなげたかのような神速で茜の両手両足をがんじがらめにした。なんかしゃちほこみたい。
清もまた義清の部下にあえなく捕まってしまった。あとついでに盗人の男もだ。
「じゃ、あとはお前だな。事情を聞こうか?」
「これって任意ですか?」
「いや、命令だ。ついてこい」
ですよね。
自然といえば自然だな。当事者であり、なおかつ騒動を拡大したアホ二人組と一番面識が深いからな。
ほんとうにひどい一日だ。
かくして、その日の夕日が見える頃になってようやく俺たちは開放され、その後清と茜は当然家貞さんに叱責され、俺は今忠盛公に呼び出しを喰らっていた。




