矛盾
殿、つまり平 忠盛公は今の平家の棟梁だ。その後継者として俺の一応の主である、清――清盛――の名前が上がっている。
女が家の跡を継ぐ、というのはかなりおかしいな、とこの世界に来た頃は思ったが、そのことを清に聞くと驚くような答えが返ってきた。
曰く、今より六年ほど前、関白藤原忠実公が鳥羽上皇に進言し、才覚があれば例え女であっても家を継ぐことができる、という院宣を発布したらしい。これにより、これまで才はあれど女という理由で片隅に追いやられていた庶子たちが台頭し、この院宣を出した院への成功――言っちゃえばわいろ――を献上するようになったとか。
正直、わからないことだらけだ。平安京周辺限定とはいえ貨幣が流通していたり、男女の壁が低くなっていたりとまるで20世紀後半の日本を見ている気分だ。
すぐれた才能を持つものを集めたい、というのは藤原家の思想とはまるで違うし、そもそも歴史書において老害とすら言われている藤原忠実がこんな革新的なアイディアを出せるとかとても思えない。こんなものゲルマンのちょび髭が某選民思想教団を虐殺しない、と言っているようなものだ。
まったくもって整合性がない。
鳥羽上皇もそうだ。忠実は院から煙たがられていた、というのにその進言を聞き入れ、前代未聞の院宣を発布している。権力に貪欲であり、自己以上の権力を持とうとするものを摂関家であろうと排斥していったあの鳥羽上皇のやり方とは思えない。
むしろ、男女分け隔てなく重用しよう、というのは信西入道の考え方だ。まぁ、あの人も女性までも、とは言っていなかったけど。
この政治ドクトリンから察するに、おそらく忠実公の裏には俺とおn……
「夕霧!聞いておるのか!」
「え、あ、はい!」
「そうか、であれば言わずともわかるだろう。さぁ、ゆけ!」
え、どこに?
まったく話を聞いていなかった俺に一体どこにいけとおっしゃるのだろうか?
順当にさっきまでの話から考えると清のところだけど、それはつまり俺に馬鹿みたいに平安京の右京を走り回れ、ということでしょうか?いや、きっと違うだろう。そうに違いない。きっと、お茶でも用意してこい、という意味に違いない。
「家貞様、さっそく茶を淹れてまいります」
「何を言っておる。とっとと姫様をここにお連れせよ」
つまらん冗談を言うな、と有無を言わせず圧力で俺をねじ伏せた。やっぱり、俺に清を呼べってことでしたのね。疲れるから嫌なんだけどなぁ。
「承知しました。では着替えた後に」
「おう。だが、貴様相も変わらずあの珍妙な衣装を好んで着ておるな。貴様の郷里の衣装とゆうが、悪目立ちせんか?」
家貞さんのいう珍妙な衣装というのは現代日本の学生御用達のブレザー制服だ。洋装というのはたしかにこの時代では珍しいかもしれない。日本に初めて洋装の人間が入ってきたのは1543年、ポルトガル人が種子島に漂流したのが初めてだ。
それまで日本の人間にとって外国の服と言えば、中国のあのだらっとした服だけだ。
「思い入れが深いので」
「まぁ、もう片方の娘も似たようなものであるからな」
いつのまにか家貞さんのただよわせる空気は穏やかなものへと変わり、必然口調もやわらかく、ややひとなつっこさのあるものに移っていた。さて、俺もちゃっちゃとこのやや着にくい直垂を脱いで着心地よろしいブレザーに着替えましょう。
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